共同戦線(2)

 ディゼルド領に蓄えられた糧食を荷駄に積み上げ、ディゼルド領を出発するまでそう時間はかからなかった。ここには経験者が多くいたから。

 軽快に馬を駆っていける騎士たちと異なり、糧食を運ぶ荷駄部隊は足が遅い。私はレイジや父上に「まずは現状を把握してきてほしい」といい、一部の部隊を先行させた。


 荷駄部隊が前線の陣に到着したのは、レイジや父上の率いる騎士団が陣に着いてから一日が経った後だった。


「それで、戦況はどうなっているの?」


 本陣の天幕で、私はレイジたちに問う。そこにはレイジのほかにも父上、グライン侯爵の姿があった。そしてもうひとり、陛下に手紙を届けた青年の姿も見受けられる。


「ステラリア様、私から報告しましょう」


 グライン侯爵が告げる。彼は天幕の端に立っており、この陣の総指揮官を担っているようだった。


「敵の人数はまだ全容を把握できていませんが、皆さまが援軍に来られてようやく同数か少しあちらが多いくらいと考えております。確かに攻撃を仕掛けてきたのはあちらですが、一気に攻め込むのではなく、大盾を構えた槍兵を先頭に堅実に前進してきており、こちらとしても迂闊には飛び込めないのです」


 私たちが確実にディゼルド領に張り付いているうちに勝負を決めるのであれば、速攻で押してくるはず。じっくりと戦えば援軍に来る可能性は考慮されているはずだけど、それでも勝算があるということ……?


「確かに大盾による漸進は優れた戦術だが、俺たちが援軍に来たのであれば崩す手段はあるだろう。問題はこちらの糧食がどれだけもつかだが……ステラ、現在の糧食でこの部隊全員をどれだけの期間賄える?」

「そうね……領地にあるだけを急いで積んできたから、ここの人数であれば一か月ってところかしら?」

「……は?」


 レイジがぽかんとした表情で私を見る。もしかしたら、本気で驚いた表情を見るのはこれがはじめてかもしれない。


「あの短時間で、一か月分の糧食を集めて積み込んだと?」

「ええ、そうよ。他の領地にも支援を求めれば、とりあえず一年は戦えるんじゃないかしら」


 レイジは頭を抱える。


「流石は資源大国イクリプス。短期決戦を選んでよかったよ」


 これまでのポーラニア帝国との戦争でも、火を使った糧食の焼き討ちは過酷な山道を超えてきた帝国軍には大きな打撃を与えてきた。

 長期戦を覚悟しながら相手の弱点を狙えたのは、こちらの糧食が尽きないという安心感が大きかっただろう。


「でしょうね。とはいえ、向こうが長期戦を覚悟しているのにこちらがそれに応じる必要もないわ」

「そういうことだ」


 レイジはいくつかの作戦案を出し、グライン侯爵がそれに意見を出してまとめていく。帝国皇太子に対しても臆することなく意見するグライン侯爵はとても頼もしい。


「では、それでいきましょう。ステラリア様、後方支援はお任せいたします」

「ええ、任せてちょうだい。帝都騎士団との連携にはクラリスを出すけれど、グライン騎士団との連携はどうしましょう?」

「息子を出します。これでなかなか勇気のある、自慢の後継者です」


 そう言って侯爵が示したのは、手紙を届けた青年だった。なるほど、彼がグライン家の令息だったのか。


「ネスター・グラインと申します。ステラリア様、どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく。おかしなことがあればすぐに連絡をよこしてちょうだい」


 布陣は整った。相変わらずルナリア王国の狙いは読めないけれど、私とレイジがいて、ディゼルド騎士団と帝都騎士団がいて、勝てない相手なんていない。

 私は後方支援部隊ではあるけれど、レイジと同じ戦場に仲間として立てることに不思議な高揚感を覚えていた。


 ---


 戦況は圧倒的にイクリプス・ポーラニア連合軍の優位に進んでいた。

 相手の主力が大盾と聞いて相当な長期戦を覚悟していたけれど、うまく使いこなせていないのか正面からぶつかっても押し込むことができている。それに加えて投石を使った牽制も効いており、こちらの被害はほとんどないまま敵軍を押し返すことに成功した。


 ただ、相手も押し込まれながら体制を整え、簡単には崩れてくれない。

 援軍として参戦してから数日が経過したけれど、その間にじりじりと戦線を押し返してはいるものの決定的な打撃を与えることはできないでいた。


「レイジ、食事を持ってきたわよ」


 今日は状況把握も兼ねて私が帝都騎士団に食事を届ける役割を担った。

 料理を前線で作るのではなく、後方である程度の調理をしてから前線に運ぶことで、それなりに手の込んだ料理を前線で食べることができる。

 これは私が発案したもので、とくに騎士たちの志気を高めるうえで非常に優れた効果があった。


「ああ、ありがとう。戦場でこれほどの食事をとれるとは思わなかったな」

「ふふん、そうでしょう。私は常に前線にいたけれど、後方支援の重要性を忘れたことはなかったわ」


 レイジに褒められ、思わず胸を張ってしまう。


「それだけ質の高い食事をしても、ルナリア王国軍を撤退に追い込むには至らないようね」

「そうだな。戦線を押され、確実に負傷者は増えているはずなんだが、まだ奴らに諦める気配は見られない。これはまるで……」


 そこまで言って、レイジは押し黙る。


「まるで?」


 私が先を促すと、ややあってレイジは口を開いた。


「なにか意図があって、俺たちをここに長期間拘束しておきたいのではないか、と思ったんだ」


 私たちを長期間拘束しておきたい意図……?


 それを聞いて、私の全身に鳥肌が走った。


 その理由を口に出す、それより早く。


「殿下! 緊急事態です!」


 イクリプス王国の領民が着るような衣装に身を包んだ男がレイジに駆け寄ってきた。


「レイジ!」


 怪しい者をレイジに近づかせまいと一歩踏み出した私を、レイジが制する。


「待て、あれは俺の遣いだ。何が起きた?」


 レイジが促すと、男は息も絶え絶えに懐から手紙を差し出す。


「ルナリア王国が、我が国に宣戦を布告し、国境であるバスティエ伯爵領の砦に攻撃を仕掛けました!」

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