第45話
再び、普通のプールに移動した俺たちはビーチボールを取りに行ってしばらく遊んだ。
「なあ、渚。いつもみたいに勝負しないか」
ビーチボールで遊び終えた俺はひとつ提案をする。
「勝負? いいけど、どんな勝負」
「どっちが長い間水にもぐっていられるかってどうよ」
今度は負けるわけにはいかない。渚は泳ぐのが苦手で、水に慣れたとはいえまだまだ長い間水に顔をつけてはいられないだろう。
だからこの勝負は俺に圧倒的に有利だ。だけど負けっぱなしは悔しいから、俺は勝ちに行く。
「いいけど、いつもみたいに負けた方は勝った方の言うこと一つ聞くでいい?」
案の定、負けず嫌いの渚は勝負に乗ってくる。
「それでいいぜ」
「じゃあ、せーので潜るよ。せーの」
渚の合図で俺たちは二人して水に潜る。水の中でお互い向かい合う。すると、渚が不意に俺の方に向かってくる。そして、俺の肌に触れ、さわさわと撫でてくる。
くすぐったい。まさか俺の体に直接触れてくるなんて。確かにそんなルールは決めていなかったが。よっぽど勝ちたいらしい。
――負けるかよ。
俺も負けじと渚の肌に触れる。お腹を擽ったりして攻撃する。渚は水の中でもがくと、自ら顔を出した。
「はい俺の勝ち」
「んー惜しい。いい作戦だと思ったんだけどな」
渚の肌に触れてしまった。やられたとはいえ、少し積極的になりすぎただろうか。
「悔しいけど私の負けだね。さあ、命令は何」
「じゃあ今度膝枕してくれ」
「わかった」
良かった。渚に引かれた様子はない。渚に膝枕をしてもらうのは密かな俺の夢でもあったから。それが叶うことが確定したことで、俺は凄くハッピーだ。
1日中プールを満喫した俺たちはくたくたになった状態で電車に乗り込む。
「楽しかったね、拓海くん」
「ああ、はしゃぎすぎたな。おかげでくたくただ」
「膝枕ここでしようか?」
「それなんの罰ゲーム? 今度二人きりの時にお願いします」
「冗談だよ」
くすくすと笑う渚。勝負に負けた意趣返しだろうか。
「ねえ、この後、私の家に来ない?」
「当然、ちゃんと送っていくつもりだが」
「そうじゃなくて。私の家に遊びに来ないかってこと」
当然意味はわかっている。でもそんなのはまだ早い気がするのも確かだ。だからはぐらかそうとしたのだが、渚が引き下がる様子はない。
「わかった。お邪魔させてもらうよ」
電車から降りた俺たちは真っすぐに渚の家に向かう。
渚の家に着いた俺は、渚に誘導されるまま家の中にお邪魔する。
「どうぞ」
「お邪魔します」
「大丈夫だよ。今日親いないから」
親いないのか。ますますそういうつもりなのかと疑いたくなる。
「私の部屋こっちだから」
2階に案内される。部屋は綺麗に片付いていて、女の子らしい部屋だった。
「ジュース持ってくるから、適当にくつろいでて」
そう言われたので、俺は床に座ると、部屋を見回す。そこでまさかのものを発見した。写真立てに俺の写真が入れられており、飾られていたのだ。よく見ると中学の時の写真で、渚が中学の頃から俺のことを想ってくれていたのだと思うと満たされた気持ちになる。
「あ、それは……」
部屋のドアが開き、渚が固まる。俺が写真立てを見ているのに驚いたようだ。
「違うの。それは盗撮とかじゃなくて、学校の公式の写真だから」
必死で弁明する渚が可愛い。そういえば学校でなにかしらイベントがあった時に、写真を公式で販売していたな。それを購入したということなのだろう。俺も渚の写真を購入したことを思い出す。
「奇遇だな。俺も渚の写真買ってたわ」
「そうなんだ。じゃあ、中学の時から両想いだったんだね。嬉しい」
そうだ。俺と渚は中学の頃から両想いだったということになる。だから今その恋が報われて凄く嬉しい。この気持ちを大事にしていかなければならない。
「それにしても、今日は疲れたな」
「めいっぱい遊んだからね。そうだ、ここなら膝枕しても恥ずかしくないよ。しとく?」
渚が誘ってくる。俺は頷き、渚の下へ移動する。
「どうぞ」
「じゃあ失礼して」
渚の膝に頭を乗せて、俺は仰向けに寝転がる。心地いい感触が頭から伝わってくる。見上げれば、渚の可愛らしい顔がすぐそばにあった。渚と無言で見つめ合う。視線が絡まり、互いに目が離せなくなっていく。
俺は疲れもあってか、舟を漕ぎ始める。
「ゆっくり休んで」
渚の囁きがとどめとなり、俺は眠りの世界に誘われた。
意識が戻ったのは15分後だった。寝てしまったことを渚に詫びて、慌てて飛び起きる。
「いいよ。私が寝させてあげたかったんだから。もっと寝ていても良かったのに」
「そういうわけにもいかんだろ」
「いいんだ。拓海くんの寝顔を見てるとね、幸せだなって思えるの。こんな時間がずっと続けばいいのにって思うんだよ」
「ずっと続くに決まってるだろ」
俺がそう言うと、渚は静かに首を横に振った。
「どうかな。最近の拓海くん、心ここにあらずって感じだし」
「そんなことは」
「隠さなくてもいいよ。氷岬さんのこと、気になってるんでしょ」
核心を突く渚の言葉に、俺は何も言い返せなくなる。黙り込んだ俺に代わり、渚が言葉を重ねていく。
「やっぱり。そうだと思ったんだあ。最近様子がおかしかったから」
やはり渚には見抜かれていた。俺は隠し事にとことん向かない。
「渚が好きなのは本当だ。そこに嘘はない」
「だといいな。ううん、そうであってくれなきゃ困る。私はね、拓海くんのこと大好きだよ」
渚が出し抜けに俺の頭に手を回した。そのまま自身の方へ引き寄せ、唇を重ねた。
唇同士が離れ、渚が俺を見据えて微笑む。
「だからね。私は負けるつもりはないよ。別れるつもりもないし、これからも幸せな時間を続けていくんだ」
力強い渚の宣言に俺は思わず笑みがこぼれた。大事にしたいと思った。ここまで俺のことを想ってくれる渚をなんとしても。
「好きだ、渚」
今度は自分から渚を抱き、唇を重ねる。俺の想いが伝わるように。想いを込めてキスをした。俺たちのファーストキスは、ジュースの味がした。甘く、幸せな、そんなキスだった。
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