第37話

 渚が第一投目を投じる。投げられたボールはゆっくりと揺れながら進み、見事1番前のピンに当たる。だが、全てのピンを倒すには至らず、結果は六本となった。


「んー、一番前のピンには当たったんだけどなあ」

「簡単にはいかないさ。スペアを狙えばいいぞ」


 幸い、きちんと狙えばスペアを取れる位置にピンは立っている。渚は頷くと、二投目を投じる。コントロールよくボールは転がっていき、狙い通りのピンを弾く。そのピンに弾かれて、残りのピンを2本倒した。


「あー惜しい。あと1本残っちゃった」

 惜しくもスペアならず。だが、九本も倒したのだから上出来だろう。

「ナイス、ナイス。惜しかったな」

「うん。次こそはスペア取って見せるんだから」


 渚は負けず嫌いを発揮しながら、こちらへ戻ってくる。


「最後は氷岬の出番だな」

「上手くできるかしら」

「大丈夫だよ、氷岬さん、俺が手取り足取り教えるから」


 そう言って駿が氷岬の手を取り、丁寧に構えから投げ方からを教えている。氷岬はされるがままに受け入れ、真剣に駿の説明を聞いていた。


「とりあえずやってみるわ」


 そう言って氷岬が定位置に立つ。ボールを構え、勢いよく前に踏み出すと大きく腕を振った。少し不安定なところを見せながらではあるが、なんとかボールを前に投げることに成功する。

 ボールはゆらゆらとレーンの端を転がっていく。ガーターに落ちるか落ちないかぎりぎりのところで踏ん張り、なんとかピンを倒すことに成功する。結果は2本。初めてならこんなものか。


「やったわ。倒れたわ。ねえ、見たかしら」


 興奮気味に氷岬がはしゃいでいる。いつもの落ち着いた様子からは考えられないぐらいにはしゃいでいる。余程嬉しかったのだろう。なんだかいつもと違う氷岬が可愛く見えてきた。


「見たよ、氷岬さん。初めてにしては上出来だ」


 駿が早速褒める。


「ううん、金子くんが教えてくれたおかげよ、ありがとう」


 氷岬は満更でもなさそうに駿の手を取り、感謝を述べている。氷岬の方から駿に触れるとは。駿は顔が喜んでいた。


「たいしたことはしてないよ。まだまだ始まったばかりだし、今日はめいっぱい楽しもうぜ」

「そうね。楽しむわ」


 二投目も3本を倒し、氷岬の第1ゲームは5本という結果に終わった。

 それからボーリングは意外にも白熱し、僅差で終盤までもつれこんだ。駿はほとんどがスレートかスペアで、高得点を出せば、氷岬は途中ガーターを連発したりと失投が続いたりもしたが、本人は楽しそうだった。

 一方の俺たちは俺がスペアを量産し、渚も時々スペアを取るといった感じで、チームとしてうまく機能していた。

 そんなわけで意外にも勝負は拮抗し、僅かに俺たちがリードという展開でラストゲームを迎えた。残すは氷岬のみ。勝負の行方は氷岬に託された。


「氷岬さん。気楽にね」


 駿がリラックスさせるように、氷岬の肩を叩く。自然なボディタッチ、駿のやつ、意識してやっているな。

 氷岬は気にした風もなく、ボールを手に取り、定位置へ。大きく腕を振り、ボールを投じる。ボールは真ん中に落ち、ゆらゆらと左右に揺れながら、意外にも真っすぐ進んでいく。そして、真ん中のピンに命中した。


「7本よ。今日の最高記録だわ」


 氷岬が飛び跳ねて喜んでいる。確かに1球で7本を倒したのは初めてだな。


「じゃあこれが最後ね」


 氷岬はボールが戻ってくるのを待って、手に取った。

 最後の一投を噛みしめるように溜めると、前へ踏み出す。投じられたボールは狙い通り残りのピンに命中する。スペアだ。


「これってスペアってやつかしら」

「凄いよ氷岬さん。ボーリング初めてでスペアを出すなんて。俺が教えた成果が出たかな」


 お調子者の駿が鼻の下を撫でている。確かに凄い。氷岬はあのゲームの時と同じように、信じられないスピードで成長を遂げていた。


「最後にスペアが出せて良かったわ」

「最後じゃないよ。氷岬さん。最後スペアを出したら、もう1度投げられるんだ」

「そうなの。ラッキーね」


 駿の説明を受けて氷岬が嬉しそうにボールを手に取った。

 そして投じられた最後のボールは勢いよく1番前のピンに転がっていき、見事に弾き飛ばした。そして、残りのピンも一気に倒し、全てのピンがレーンに横たわった。


「ストライクかよ」

「ストライクね」

「ストライクだね」

「ストライクだな」


 信じられない光景を目の当たりにした俺たち四人は、しばらく呆然と立ち尽くす。


「やったあ!」


 氷岬が飛び跳ねて喜ぶ。駿とハイタッチを交わしている。


「負けたね」


 渚が残念そうに肩を落とす。氷岬がラストでスペアとストライクを出したことにより、合計スコアが俺たちを上回った。


「やったわね、金子くん」

「やったね、氷岬さん」


 2人の喜びあう姿を見ているとなんだか妬けるな。


「次は負けないようにしようね、拓海くん」

「おう」


 負けず嫌いの渚が早くも再戦を望んでいる。でも氷岬がこのまま成長すれば勝ち目ないんだよなあ。俺はこれ以上上手くなれる気がしないし。

 それから俺たちはスポーツコーナーで時間の許す限り遊びつくした。

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