第27話

 次の週末。俺は再び汐見とのデートに出掛けた。

 駅前で待ち合わせし、汐見と合流する。


「おはよ、藤本くん」

「おっす、汐見。今日は早いな」

「うん、楽しみだったから早く来ちゃった」


 可愛い。今日も汐見の化粧はばっちり決まっていた。女子の化粧を見慣れないから凄く綺麗に見える。


「それじゃ、行こうか」


 電車に乗る。目的地は遊園地。

 電車に乗って約1時間。目的地までは結構な距離がある。電車の中ではどんな乗り物に乗るか、遊園地のホームページを見ながら物色する。


「この急流すべりとか乗ってみたいよね。びしょびしょになるかな」

「だろうな。でも合羽を貸し出してくれるみたいだぞ。濡れる心配はそんなにしなくてもいいんじゃないか」

「甘い。甘いよ藤本くん。こういうのは合羽をしていてもずぶ濡れになるって相場は決まってるんだから」

「だったら乗るのやめとくか」

「ううん、乗るよ。濡れるのも楽しいんじゃん」


 目を輝かせながら語る汐見は本当に楽しそうだ。余程今日が楽しみだったらしい。

 そんな話をしながら電車に揺られていると、1時間なんてあっという間だった。

 目的地に着いた俺たちは電車を降りると、駅を出てすぐにある遊園地のゲートでチケットを差し出す。


「お2人様ですね。楽しんできてくださいね」


 両手を振りながら、俺たちを見送ってくれるスタッフさんに手を振り返しながら、遊園地の中へ足を踏み入れる。

 日曜日ということもあり、中はそこそこ混み合っていた。


「結構混んでるな」

「どうする?」

「こういうのは乗りたいものから乗っていかなきゃ損だろ」

「なら、さっき言ってた急流すべりか」

「うん。いきなりびしょびしょになる覚悟はできたかな」

「ああ、もちろんだ」


 俺たちは急流すべりを目指す。急流すべりの前には50分待ちという立札が掛かっていた。


「50分待ちか。短いほうだな」

「だね。あっという間だよ50分なんて」

「そうだな」


 俺たちは行列に並ぶと、雑談に興じる。お互いの趣味のこと。学校でのこと。とにかく取るに足らない色んなことだ。


「この間は悪かったな急に」

「ほんとだよ、いきなり帰っちゃうんだもん。どうせ氷岬さんなんでしょ」

「うっ……今日は1日汐見に付き合うから許してくれ」

「そうだといいな」


そんな話をしているとなるほど確かに、50分なんてあっという間に過ぎた。


「いよいよだね」


 スタッフに合羽を貸し出され袖を通す。その直後に案内され、マシンに2人して乗車する。機械音の後にマシンが動きだす。最初の小さな水の坂を下ると、早くも水が流れ込んでくる。


「きゃっ、冷たい」


 汐見が水を避けるようにしながらこちらに体を預けてくる。とは言っても、ベルトで固定されているので少し体が触れ合う程度だが。

 そうして小さな水の坂をなんどか下っていった先に、最終的には坂をゆっくりと上っていき、このアトラクションの見せ場である急流が待っている。


「きゃー、落ちるー」


 悲鳴に近いのに、楽しそうな声だった。急流を勢いよくマシンが下っていく。一瞬の浮遊感を味わった次の瞬間、とんでもない量の水が上から降ってくる。

 確かにこれじゃ合羽をしていてもびしょびしょだな。全身に浴びる水を心地よいと感じる。


「最高だよ!」


 それは汐見も同様だったようで、水に濡れながらはしゃいでいる。

 コースを1周したマシンはやがてスタート地点へと戻った。


「楽しかったね」


 マシンから降りた汐見が開口一番そう言ってくる。どうやらご満足いただけたようだ。合羽をスタッフに返却した後、俺たちは次のアトラクションへ向けて歩き出す。


「濡れたけど、いい天気だからすぐに乾きそうだな」

「それじゃ、乾かしに次はジェットコースターに乗ろうよ」

「ジェットコースターか。了解」

「ん? ひょっとして藤本くんジェットコースター苦手だった?」

「何も心配はいらない。それに今日は1日汐見に付き合う約束だからな。さあ、行くぞ」


 俺は汐見を先導し、ジェットコースターに向けて歩き出した。

 正直なところ、ジェットコースターは苦手だ。遊園地に来たことはあるがジェットコースターに乗ったことはない。俺はどうも絶叫系マシンと相性が悪いらしい。

 急流すべりは一瞬の出来事だからまだ我慢ができるが、ジェットコースターは継続的にびびらされるからな。薄々感じたはいたが、汐見は絶叫系好きそうだな。

 ジェットコースターの所には60分待ちの立札が。なんでもくるくると回転しながら進行するジェットコースターらしく、人気があるようだ。

 待ち時間の間。再び俺たちは雑談に興じる。

 いよいよ順番が回ってきて、俺たちもマシンに乗った。汐見と向い合せで座る。これだけで普通のジェットコースターと違うことがわかる。

 ごくり、と生唾を飲み込む。運命の時はやってきた。

 ゆっくりとマシンが動き出す。もう後戻りはできない。正面を見ると汐見がわくわくしているのがわかる。表情が豊かになっているからだ。


「後ろから落ちるのってどんな感じなんだろ」

「少なくとも心臓は止まりそうになるだろうな」

「叫ぶの我慢できないだろうな。藤本くんも恥ずかしがらずに叫んじゃっていいからね」


 そう言って悪戯っぽく微笑みかけてくる汐見。俺はそれどころじゃないんだよな。ただでさえジェットコースターは苦手なのに、後ろから落ちるタイプだなんて。ちょっと正気を保っていられるか自信がない。

 ゆっくりと勾配が強い坂を上っていく。ゆっくりゆっくりと上っていくその時間が、死刑台に送られる死刑囚の気分を味わうには十分だった。

 やがてゆっくりと先頭車両が下り始める。


「きゃあああああああああああああああああああああああああっ!」

「いやあああああああああああああああああああああああああっ!」


 2人して絶叫する。我慢なんてできるはずもなかった。回転しながら勾配の強い坂を下るマシンは純粋な恐怖を掻き立てた。

 早くも乗ったことを後悔し始める俺。汐見を見ると、満面の笑みでこの絶叫マシンを楽しんでいた。

 コースを1周してスタート地点へと帰還した。その頃には俺の顔は青くなっていたことだろう。ただでさえジェットコースターが苦手なのにそのうえ回転式ときた。ぐるぐる回るコースターは乗り物酔いを引き起こすには十分だった。あっちへ揺れこっちへ揺れ、景色がぐるぐると回る様は三半規管をやられる。素人にはきつい乗り物だった。


「お疲れ。楽しかったね。ぐるぐる回るの最高だったよ」


 ベンチに座って休憩しながら明るい声で汐見が言う。俺はまともに返事ができずに、ただ小さく頷いた。


「あちゃー。やっぱり藤本くんジェットコースター苦手だったんだね」

「言うな。女子の前でかっこ悪いとこ見せたくなかったんだ。普通のジェットコースターならまだ耐えられた自信はある。けどあれはダメだ。回転式とか何考えてる」

「あれがドキドキしていいのに。でもそっか。苦手な人には辛いよね」


 そう言うと汐見は俺の背中を擦ってくれる。


「お、おい」

「よく頑張ったね。えらいえらい」


 汐見の手の感触が背中から伝わってきて、気持ちがどんどんと落ち着いてくる。ただここは遊園地で人が行き来する往来だ。視線が痛い。


「もう大丈夫だからその」

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん。もうちょっとこうしてよ」


 そう言われてしまっては俺に言えることは何もない。


「さ、そろそろ行こう。もう休憩は十分できたでしょ」


 俺たちは次なる目的地に向けて歩き出す。


「ちょっと早いけど、お昼ご飯にしない」

「そうだな。お昼時になると混むだろうしこれぐらいの時間の方が空いているかもな」


 そう話がまとまったところで俺たちは昼食を取る店を探す。

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