第3話

「いらっしゃいませ――」


 意を決してブティックに入ると、存外若い店員が私を迎えた。

 てっきりおばさんの経営するブティックかと思っていたが、それは偏見らしい。

 大学生くらいに見える店員は、私の顔を見るなり、はっと何かに気づいたかのように目を開いた。


「また来てくださいまして――」

「え?」


 また、と彼女は言う。

 私がこの店に来たのは、全くの初めてだというのに。


 いったんうろたえてから、ああこれは昔よくあったパターンだ、と思い返す。

 学生時代、つまりまだ私と妹の生活圏が重なっていた頃の。


「あの、それはつまり私と同じ顔の人間がここに来たことがあるってことですよね」


 子供の頃、しょっちゅう言われたのだ。『さっきもそれ私に言ったよね』とか『あれ、さっき帰らなかった?』だとか。

 だから対応には慣れていた。

 ここ数年来、この台詞を言うことは絶えてなかったというものの。


「多分、以前ここに来たのは、私の双子の妹です。よく間違われるんですよね」


 そう言って、《万人受けする笑顔》を私は浮かべた。


 どこが似ているのか、当人同士は全くわからない。

 でも第三者は私たちは似ているのだと指摘する。

 そういう意識が私を苦笑させた。


 店員さんはほんの一瞬目を泳がせてから、


「そうでしたか。失礼しました」


簡潔に謝罪の言葉を述べて軽く頭を下げた。

 そのほどよい反応に、少しだけ安堵した。

 たいていはこの後に、

『そっくりですね』だとか、

『よく見れば○○のパーツが違いますね』だとか、余計な一言がつくものだ。


 放っといてよ、とそれを聞いて思う。不快なんだ、似ていようが似ていまいが、比べられるのが。

 別に好き好んで双子として生まれたわけじゃないから、セットでカウントしないでよ――心の中で何度も叫んだ。


 だけど今日はその”余計な一言”が付かなかったので、ひとまずよしとする。


「……あの子、ここ来たんだ」


 この店の外観を見たとき、運転していた先輩にとっさに車を停めるように頼んだ。どういうわけかわからないけれど、衝動的に、直感的に。

 それはひょっとしたら――いや、こんなことを考えるのはやめよう。


 巷間言われる”双子のテレパシー”なんて私たちの間には成立したことがないのだから。


「ゴルフからのお帰りですか?」


 私の沈思黙考を打ち破るように、店員さんが尋ねる。

 つい暗い方へ暗い方へ思考が走りがちなのを止めるかのような一言に、どこか救われた気がする。

 私は今度は《女性に好感を持たれる笑顔》を作り、うなずく。


「一応ってところです。涼しいところで助かりました」

「冬はよく雪の積もるような地域ですからね。とはいえ、ここ最近は温暖化もあって積もることは少なくなりましたが」


 女性店員はふんわりとした微笑みを浮かべてそう説明すると、「どうぞごゆっくりご覧になってくださいね」と奥へ消えた。

 つきっきりであれこれお勧めされるのかと思いきや、そういう店でもないらしい。


 ディスプレイされている服は幅広い年齢層に対応しているようだった。シニアやミセス向けから、ヤングまで、カジュアルからエレガントまで、なんでも揃えている。ちょっとした宝物探しの様相だ。


 今来ているのはただのスポーツウェア。

 普段私って何を着ているんだっけ、という疑問が頭をよぎる。

 仕事中は事務員の制服を着ている。制服で一日のほとんどを過ごすから、あたかもそれが私の体の一部のような具合だ。

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