第3話

 猫が逃げていった先は――探していた服屋だった。

 何回も写真で見たから、一発でわかる。

 いや、言い方を変えよう。

 「ブティック」とか「洋品店」と言った方がしっくり来る外観。

 あたしがいつも買いに行くような、キラキラしたオーラやイケイケのオーラはこれっぽちも感じられない。

 ダサいっちゃダサい。


 こういう個人経営のお店って、入るのを躊躇してしまう。

 服屋でも、服屋じゃなくても。

 大型の商業施設やチェーン店だと気兼ねなく入れる。

 店員としゃべることなく買うこともできる。

 気に入った服がなければ何も買わずに出られる。

 そういうことをしても、心がちっとも痛まない。


 個人のお店だと、店員に見られている感じがする。

 店が小さいから、スタッフとの距離が近い。

 だからおばちゃんとか、誰でもいいからしゃべりたいって人には向いてる。

 たいていこういうお店って、おばちゃんが経営しているイメージだし。


 あいつはだから逆にここで服を買えたんかもな。

 ちゃんとアドバイスしてくれるお節介な人がいた、とか。


 どんな人か、見てやろう。


 ショーウインドウをちらっと見てから、ひと呼吸。

 売ってる服の年代、けっこう幅があるな。

 なんて思いながら店の手動ドアを開ける。


 誰もいなかった。

 ガラス戸越しに見ても、誰かがいそうな雰囲気ではなかったが、こうして入ってみても同じだ。

 大丈夫か? いろんな意味で。

 ひっそりした雰囲気の中を進んでいくと、


「にゃああああ」


 足下にさっきの白猫がいた。

 めっちゃいやがってるじゃん、あたしのことを。

 とわかるくらい、顔を伏せて悲鳴を上げた。

 このリアクション、もはや人間味がするわ。


 何で? あたし何かしたか?


「きっと香水の匂いだと思います」


 唐突に女の人の声がして、思わず飛び上がった。

 こう見えてあたし、びびりなところがある。


「この猫、匂いにはけっこう敏感で」

「ああ、あたしの香水、ダメだったんですね……」


 自分で自分の体を嗅いでみるが、わからない。

 いつもと同じ量をつけているんだけどな。


「つけすぎ、なのかな……」

「わたしは問題ないですけど、敏感な人はちょっと苦手かもしれませんね」


 そう言ってから女の人は、「わたしも昔、失敗したことあるので」とフォローを入れてくれる。


 そっか。

 この量がつけすぎだって、誰にも言われたことないけど、みんな黙ってるだけなのかな。

 そう考えて、ぞっとした。

 周りの人って実はあたしの嫌なところ知ってるけど、言ってくれてないのかも。

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