第3話


 思わず飛び出た言葉に、彼女――結衣さんは苦笑いした。

 厳しいなこの人、なんて心の中で思っているんでしょうね。

――そうよ、私は若いだけの何にもわかっていない女には厳しいの。


「祖母をよくご存じなんですね。どうぞおかけください」

「ソファなんて結構よ。まだまだ健脚なんだから」

「……失礼しました」

「ねえ、あなた。このお店、昨日派手なピンクのフレアスカートを四十代の女の人に売ったでしょう?」


 かまをかけると、結衣さんは目を丸くした。図星。やはりここの店だったのね。


「はい。本当に昨日のことで……でもどうしてそれが」


 私はわざとゆっくり丁寧な口調で答えてみせる。

 それが年配の女の篤実な態度というものよ。


「昨日来たお客はね、うちの長男のお嫁さんなの。あの人、どうやら『あれ』を着てから人が変わったんじゃないかしらって思うのよ」


 おかしなことをいう老婆だとあきれるだろうが、感じた事実を率直に伝える。

 絹子さんならわかってくれるだろう。

 この若い孫に伝わるかはわからないが。


「……変わられた……かもしれませんね」


 どう答えるべきか思案している風に結衣さんは答える。

 そこで言葉を終えるかと思いきや、違った。


「お嫁さんはきっと……服の力を存分に引き出されたのでしょうね」


 たまげた。

 同時に、安堵した。

 この答え、さすが絹子さんの孫娘だ。


「服のこと、愛しているのね」

「もちろんです」

「じゃ、私に合う服をお願いするわ」


 無茶ぶりをすると、彼女は狼狽しつつも、「わかりました」と承知した。


「でもひとまずおかけになりませんか。お久しぶりのショッピングはゆっくり楽しみましょう」


 しつこくソファを勧められ、私は腰掛けた。


 それにしてもこの子は観察眼が鋭いわ。

 久しぶりに私が服を買いに外出したことを見抜いている。


「そのことば、まさか外出無精の年寄りに対する皮肉じゃないでしょうね」

「え! そんな。お気に障ったようでしたらすみません」

「でも正解ね。なぜわかったのか一応聞いておこうかしら」

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