5着目:懐かしのニュートラ

第1話

 昨日久しぶりに会った長男の嫁の様子がおかしい。


 つい最近までは空気のように目立たない大人しいおしとやかな子だったのだ。


 嫁入りする前、長男が「紹介したい女性がいるから」と我が家に招いたときから、二人目の孫が中学入学を目前にした今年のお盆まで、いつだって私の言うことに意見せず、ただひたすら「お義母様の言うとおりです」と優しく微笑む子だった。


 とても穏やかで、長男と喧嘩するところなど一度も見たことがない。

 気立ての良い子だった。


 長男が何かで腹を立てても、今どきの若い嫁たちのように言い返したり揚げ足を取ったりなど皆無のようだった。

 何事も戦わず争わず、不満は腹でぐっとこらえて丸くその場を納める術に長けている。

 昨今では珍しい、良いお嫁。


 きっと私や長男とお嫁は馬が合うのだと信じていた。そのことにいたく満足を覚えていた。

 生活の雑事から親戚付き合いの仕方、孫の教育方針まで、何から何に至るまで、しきたりの意味を理解し、私のやり方に納得してくれているのだとばかり思い込んでいた。


 それが、昨日唐突に、お嫁は変わってしまった。

 思い返せば、これまでは舞台の上で密やかに動く黒子のように黒かグレーの服しか身につけなかった嫁が、突然目がチカチカするほどのピンクのフレアスカートを履いたところが始まりなのかもしれない。


 この隣の集落にある「例の洋品店」で買ってきたのだろうか。


 長男は長男だというのに実家には住まずに、ここから電車で一時間ほどかかる住宅街に嫁と二人の子どもの四人で暮らしている。長男の職場にほど近い街だ。


 同居してほしいという思いは強くあったものの、その理由は腑に落ちたので、新婚当初に多少長男との意見対立はあったものの、私が折れた形だ。


 でもいずれはうちに住んで私たち夫婦と同居する予定、だった。


 子どもは田舎の自然豊かな環境で育てた方がいいのだ。

 都会の学校に行けば、毒気を吸う。

 悪い友達にそそのかされて、いけない遊びを覚えて、学業が手につかなくなった孫の話を友人からたっぷり聞かされていた。毎晩遅くまで学生同士で溜まり場にたまって、ゲームに没頭している若者の様子を聞くと、気が気じゃない。

 なんといっても、長男や次男がこれほど立派でいい子に育ったのは、この田舎ののんびりとした環境のお陰だと私は自負していた。

 だから、孫にも、長男のようにのびのびとしたいい性格の子になってほしいと願っていた。

 都会へ出るのは就職してからで十分じゃないか。


 しかし昨日の嫁はまるで別人のようだった。


――私には私なりの子育ての方針があるの。塾も受験もこの先の進路も、本人の意志や適性を大事にしてあげたい。それを尊重できないならば、私は息子と一緒に出て行きます。


――お義母さん。この先も同居はできません。私、子どもがある程度手がかからなくなったら、外で働きたいんです。


 言われたときの衝撃が今でも胸の中で残響となっている。

 何も言い返せなかった。

 どうしてこんな風になってしまったのだろうか。

 私はただ、長男一家を幸せにしてあげたかったのに。


 家にいても鬱々するだけ。

 久しぶりに隣の集落に買い物でも行こうかしら。


 自宅の車庫に停められた夫の軽自動車のハンドルを握る。

 こう見えても優良ドライバーだ。

 年の割に、私、しっかりしているでしょう?

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