新生のルカヌス③
「主さま。どうか私にご命令を」
ふと気がつくと、私の前に誰かいた。膝をつき、忠を尽くす騎士のように首を垂れている。身なりからしてその女は冒険者のようだった。職業は盗賊か。露出の多い軽装で動きやすそうだ。
言うまでもなく、彼女とは初対面だ。私に冒険者の知り合いなどいない。
だというのに、彼女は私を主人のようになんらかの命を待ち侘びていた。
「あなたは……」
と、そこまで言って、気がついた。
彼女の首筋からなぞるように溢れた血。目の前が真っ赤に染まったような気分だった。私は彼女の体を抱きしめて、その流れる血を舐めとる。
「あ、主さま……」
「っ、あ、ごめんなさい、私……!」
「いえ、構いません。どうぞ、わたくしの血をお吸いください」
「……!」
血を、吸ったのか。私は。
それはつまり、
「あなたは、
「上位吸血鬼と、主さまのご慈悲で賜りました」
「上位、吸血鬼……」
体が震える。上位吸血鬼はA級
そんな化け物を、私が作り出したのか?
段々と記憶がよみがえってくる。
そうだ。私は、この町に来てすぐ吸血に及んだのだ。たまたま視界に入った彼女を強引に路地裏へ連れ込んで。暴漢のように彼女の体を弄りながら、血を……
「どこか優れないところでもございますか、主さま」
「……その敬語はやめて」
「いえ、それはできません」
「命令よ。私は、あなたに敬われるような人間じゃないの」
「……承りました」
そう。私はもう、人間ではない。その事実の再確認に、私は項垂れた。項垂れて、まだ空腹であることに気がつく。同時に、不死王の命令も。
「力を試せ……それってつまり、眷属を作れってこと?」
新生した体に備わる機能を試せ。そういう意味であれば、もう完了していると思うが命令が解けた感覚はない。
「お腹が空いたわ」
「それじゃあ食事にしましょう」
幾分か砕けた口調の眷属が言う。いや、これが本来の彼女なのかもしれない。
「よければ、わたしが人間を連れてきましょうか?」
「いえ、私も一緒に」
言葉を止める。不意に人の気配を感じ、私は路地の入り口に目を向けた。そこには四人の男女が、こちらに向かって手を振っていた。
「あれは、冒険者?」
「どうやらわたしの仲間たちのようです」
彼女を探しにきた冒険者か。少し、厄介かもしれない。
首にぶら下がっているプレートはB級を指している。なかなかの手練れだ。それに、付き合いの長さは知らないが彼女の仲間だ。そう無下に扱えないだろう。
「あれにしましょう。主さま」
「あ、あなたの仲間なんでしょう?」
「昔の話です。今は主さまに仕える忠実な下僕。それを証明してみせましょう」
瞬間、彼女が疾走をはじめた。
石畳を砕き、一息で距離を詰めた彼女は、いつの間にか抜いていたナイフを先頭の男に突き立てた。舞う鮮血。何が起きたのか理解できていない様子の冒険者たち。好機とばかりにナイフを振るう眷属。ものの数秒で、B級冒険者を討伐した眷属が戻ってくる。
「主さま。好みはありますか?」
「え?」
「男がいいか、女がいいか。どちらもイケる口でしょうか?」
「え、えと……お……女の方で」
なんとなく、男は嫌だなという感覚があった。
「わかりました」
うなずく彼女。今し方、仲間を手にかけたと言うのに、そこに一切の後悔も躊躇いも感じられなかった。
これが、不死種。
「僭越ながら、一匹だけわたしに頂けないでしょうか?」
「……構わないわ。四人いるのだから、半分に分けましょう」
「いえ、半分もいただけません!」
「いいの。あなたが狩ってきたのだから。それとも、男の血は嫌い?」
「……いえ。いただけるのでしたら」
言葉とは裏腹に、心底嫌そうに顔を歪める眷属。
男が嫌いなのだろうか。それとも、吸血鬼とはいえ吸えれば誰でもいい、というわけではないのか。
訊くよりも先に、冒険者の前にたどり着く。
「生きてるの?」
「はい。生きたままの方が、場合によっては眷属にもできるので」
凄まじい技量だ。血溜まりに沈む四人は、一見死んでいるようにもみえる。
「……っ」
ずっと感じていた匂い。近くまで来て、より濃厚に香る血の香りに、私は我慢の限界を迎えた。
「主さまはこちらを。わたしはこの男たちをいただきますね」
返事をするのも億劫だった。早く血を吸いたい。熱く疼く子宮を満たしたい。
血溜まりに沈むまだ幼い顔つきの女を抱き上げる。着実に死へと近づいている彼女の白い首筋へ、私は本能のままに牙を突き立てた。
「ん……っ」
口腔に広がる血と香り。甘い。少しだけ乳の味がする。けれど、これまで生きてきた二〇年間で、これほどまでにおいしいと感じたものはなかった。
甘い。甘い。なんて甘美なの。
もっと飲みたい。強く牙を食い込ませていく。
「ん、ぁ……は、ぅ」
女の吐息が艶かしいものに変わる。下腹部の底から湧き上がる熱に浮かされて、私は彼女の体に手を這わせた。小さな膨らみ。余計なもののない腹。総じて華奢な肉体を愛撫して、揉みしだく。女が喘げば喘ぐほど、快感に沈めれば沈めるほど色濃く甘い血が口の中に広がった。
やがて、私の指で絶頂を迎えた女は、その気配を変えていく。
二度、三度からだを震わせ。
目を開けたその時。女は私たちと同じ、吸血鬼へと変性していた。
「あ、ぁぁ……あなた、様」
「んっ……!?」
熱を孕んだ瞳。伸ばされた腕が私の首に絡みつき、唇を唇で塞がれた。次いで責めるように這入ってくる舌。無理やり絡ませて愛撫してくる舌に、私は戸惑いながらも受け入れいていた。
「そこまでです」
「あん……」
「……っ」
引き剥がすように、口許を真っ赤にした眷属が女を押し退けた。
「主さま。まだもう一体残っております。こちらはもう心臓が止まりかけていますので、お口にするならお早めに」
「そ、そうね……」
「あなた様ぁ、わたしにも血を分けてくださぁい」
「相変わらず図々しいわね、マリィ」
「あら、マグノリア。相変わらず男遊びは健在ね」
「また秒殺されたいの?」
「魂まで吸い込んでほしい? このビッチ」
目線で火花を散らす二人の傍らで、私は最後の一人と行為に及ぶ。
彼女は眷属にした二人と違い、大人の体つきをしていた。一番そそられる肉体。加えて、この血の味……
「アマリリスは処女だから、きっととんでもなく甘いんだろうね」
極上のデザートが溢れる。
筆舌に尽くし難い甘さ。とはいえ飽きを感じることなどなく、無限に喉を潤し続けても求め欲すだろう血の味。
これが処女の血の味。吸血鬼が執拗に狙う理由がわかった。
「主さま、僭越ながらお手伝いさせていただきます」
「ぁ……」
気がつくと、私は血を吸いながら下半身を弄っていた。熱を発し疼きつづけるその箇所に、自分のではない手が這入る。
「あなた様、対価に少しだけ血を吸わせてくださいね」
「無礼よ、主さまの血を吸うだなんて……!」
左右に張り付いた眷属が、服の上から私の体を愛撫する。口から流し込まれる快感と、複数の手で弄られる快感に頭がおかしくなりそうだった。
こんなのを知ったら、もうやめられない。
何度も体を震わせ絶頂を迎えながら、私は三体目の眷属を作り出した。
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