第51話聖女と竜の子
「落ち着いたか?」
フィリムさんの言葉に私は頷いたが、まだ涙の跡が残っているだろう。こんなに泣いたのは久しぶりだ。聖女の座を降ろされ、追放された時も泣くことはなかった。あの時は衝撃が大きすぎて、涙すら出なかったと言うべきか。それにフィリムさんに指摘された通り、堪え続けていたのかもしれない。全てを。聖女の座を追放されたことではない。奇跡魔法が発言し、聖女の素養が見出され、王城にやってきた後も、聖女になった後もずっと。色んなものを私は胸の内側に隠して、そんな自分に気付きすらしないでやってきたのかもしれない。
それを崩してくれたのは。
「ふふっ」
「な、なんだ? アルメお姉ちゃん? ミスラたちを見て……」
「アルメ、泣き止んだ?」
「アルメ様? 何を笑っておられますの?」
さっきまでわんわん泣いていたかと思えば、微笑みを浮かべているのだ。不審に思うのも無理はないが、困惑する竜の女の子三人の姿も愛おしいと思う。この子たちがいたから、この子たちが自分の中の感情を動かしてくれた。聖女になってから、ずっと聖女としての義務感で凍らせていた感情を溶かしてくれた。それはこの子たちの純粋無垢な気持ちだ。何の打算も邪悪もない純粋なる想い。その熱が私の中の氷結していた心を溶かしてくれたのだ。
「ううん。ありがとう。ミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃん」
最後にもう一度、涙をぬぐって、私は再びの笑みでお礼を言う。安い言葉に聞こえたかもしれないが、それは私の心からの想いであった。
「何故、お礼を言われるのか分からないが、まぁ、お姉ちゃんが元気になったなら良かった!」
「ふふ」
「アルメ様に泣き顔は似合わないですわ! 聖女のような微笑みこそアルメ様に……ああ、聖女だったんですわね……失礼」
「あはは、大丈夫。今の私は聖女じゃないから。力を失って追放された元・聖女よ」
自嘲の笑みがもれる。卑屈だと自分でも思ってしまうが、これは事実だ。私が力を失ったことにも今の聖女・ミスティアや彼女と結託するゴルドバーグ公爵たち貴族の関与が疑わしいものの、仮に彼女たちが何かしたとしてもそれを見抜けなかった私の落ち度には違いないし、やはり私は追放された元・聖女。聖女の称号は私には不釣り合いだ。
「むー? アルメお姉ちゃんが聖女でないなら、誰が聖女なんだ?」
「あのミスティアがいちおういまの聖女」
「あの人ですか? 言っては何ですが、とても聖女には見えませんでしたが……」
「そうだよな! やっぱりアルメお姉ちゃんが聖女だ!」
「いぎなし」
「ふふん。ミスラにしては的を射たことを言いますのね!」
竜の子たちは三人でそう言って盛り上がる。え、えーっと……。私はもう聖女なんかじゃないんですけどね……どうしましょう。
「ははは! 子供の目の方が真実を見抜くとも言うが、それは正しいな」
私が困惑していると豪快なフィリムさんの笑い声。
「フィリムさん……」
「ふふ、アルメ。どうせお前のことだから自分は聖女じゃないなどと思っているのだろう?」
「よ、よく分かりますね……ですが、それは事実です」
この歴戦の女戦士の慧眼にかかれば私ごとき小娘の考えていることなどお見通しのようだ。しかし、言った通りそれは事実である。
「たしかに今のお前は聖女という地位に就いてはいない。しかし、その人間を評してどう思うかは周りの自由だ。私もお前は聖女だと思うがね」
「フィ、フィリムさんまでそんなことを……」
二心のなさが伺える快活な笑みで言われてしまっては照れ臭くなってしまう。
「ま、これでアルメ。お前の抱えていた秘密に関する問題は解決だ」
「そ、そうなんですかね……? 私は解決したようには思えないのですが……」
「あのチビどもの顔を見ていれば問題はないと分かるだろう」
フィリムさんの言葉で私は竜の女の子たちの方を見る。何やら三人で盛り上がっているようだが、その表情は輝かしい笑顔。感情表現が激しいミスラちゃんは勿論のこと、落ち着いた性格のリルフちゃん、あまり感情が表情に出ないエスちゃんも。みんなキラキラとした顔をしている。
「…………うーん」
あれだけの無邪気な好意を私ごときが受けていいのかと思ってしまうが、とりあえず、今はこれでいいのだと自分を納得させるには充分なものであった。
「……で、お前が聖女なのは分かったが、アルメ」
そこで場を引き締めるような声音でフィリムさんが言う。ハッとして振り返ればその目は真剣な眼差しで竜の女の子たちを見つめている。
「あいつらの正体も知りたいな」
「あ……」
私は思わず言葉に詰まってしまう。そういえば、そうだった。いや、そういえば、で片付けていい話ではないのだろうが。元々、この話は竜の女の子たち三人の目的……もっと言ってしまえばフィリムさんの言葉通り、正体をフィリムさんに打ち明けることが元々の趣旨だった。
流石に私も身を硬くしてしまう。フィリムさんが善人なのは分かっているが、それでも彼女たちの正体……竜の子であることを告げるのは。
「いいぞ、お姉ちゃん」
そんな私の躊躇に構わず、ミスラちゃんが気楽な声を出す。
「ほう。そのお姉ちゃんは誰を指しているんだ、ミスラ」
「フィリムお姉ちゃんの方だな、この場合は」
「ふっ、では話してくれるということだな」
ミスラちゃんは笑みを浮かべてフィリムさんを見ている。そこに警戒心などは感じられない。フィリムさんも少し拍子抜けした感じであったが、それに笑みを返す。
「ミスラちゃん……」
私は思わず声をかけてしまうが。
「大丈夫だ。アルメお姉ちゃん。今度はミスラたちの番だ」
「かくしごとは、やっぱりよくない」
「フィリム様にも我々のことを知ってもらいましょう」
竜の女の子たちの瞳に揺らぎはない。さっぱりとした清々しい表情をしている。
既に三人の中で覚悟は決まっている。ならば私がそれを止めることはできない。
「わかったわ」
仮にも彼女らの保護者のつもりでいるのなら、過保護は良くない。子供たちの自主性を尊重して、時には信頼して任せることも大事であろう。
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