第49話聖女アルメティニスに対する反応


 私の言葉にみんな一斉に声を上げる、と思った。だが、予想に反して返ってきたのはシンとした静けさだった。


(…………?)


 どう、したのだろう? 私が追放された先代の聖女・アルメティニスであることはそれなり以上に驚くべきことのはずだ。フィリムさんが冗談で言った古の召喚術が使えることから、古代から生き続けている生きる伝説みたいな存在なんて程ではないが、それでも……いや、そんな素っ頓狂な正体ならあまりのことに唖然としてしまうのもあるかもしれないが、追放された先代聖女なんて絶妙な自分のいる位置との近さ加減ではないか。普通に驚きのポイントを刺激してしまうと思う。

 それがないと言うことは……やはり竜の女の子三人やフィリムさんも、そんな重大なことを隠していた私に対して怒っているのだろうか? そう不安になる。みっともないがうかがうように四人の顔を見てしまう。


「…………」


 フィリムさんはノーアクション。驚いた顔をしているワケでも呆けた顔をしているワケでもなく、かといって極端に硬い顔をしているワケでも温和な顔をしているワケでもない。こちらの正体に本格的に探りを入れてきて、こちらが話すと知った時の真面目な顔のままだ。


「…………」

「…………」

「…………」


 竜の女の子たち三人、ミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃん。こちらもノーアクション。いや、少しだけ気まずそう、か? 活発な性格のミスラちゃんはもとより比較的冷静なエスちゃんとリルフちゃんでも、こう言ってはなんだが、フィリムさん程、精神年齢は高くないと思う。驚きに対して、自分の感情を抑えて冷静でい続けることができるとは思えない。


「……むぅ」


 不安が胸の中で本格的に渦巻いた時、沈黙を破って声を発したのはミスラちゃんだった。身構えるように彼女の方を見てしまう。


「……ずるいぞ、アルメお姉ちゃん」

「……ご、ごめんなさいっ」


 ずるい。ずるいですよね……。私はこの子たちの保護者のような顔をしておきながら肝心なことは隠していた、いや。


「ミスラたちに嘘をつくなんて。聖女ではないと言っていたではないか」

「……うん。ごめんなさい」


 隠していたどころではない。この子たちは竜の直感とでも言うのか初対面の時に私が聖女ではないか? と尋ねているのだ。私は、嘘をついた。自分自身のためだけの嘘を。それは責められるべきこと。


「うー……」


 しかしなおも何かを言いたそうにミスラちゃんは上目遣いで私を見る。やっぱり許してはくれないのでしょうか……。


「ミスラ」

「ガキっぽい。ですわよ」


 が、そんなミスラちゃんを諫めたのは隣で微妙な顔をしていたエスちゃんとリルフちゃんだった。二人の同胞の言葉を受けてミスラちゃんもバツが悪そうにそっぽを向く。


「ふん。嘘つきのアルメお姉ちゃん、いやアルメティ……なんだっけ? お姉ちゃんは嫌いだ」

「アルメティニス」

「様付けした方がよろしいでしょうか? アルメ様、いえ、アルメティニス様」

「そ、そんな大した存在じゃないから……っ。これまで通り、アルメでいいわ」。


 というか、リルフちゃんは元々、私に様付けしているような……?

 なんだか竜の女の子三人は微妙な表情をしていたと思えばやわらかい雰囲気を出してこちらに話しかけている。エスちゃんとリルフちゃんは既に分かりやすい笑顔と言ってもいい。ミスラちゃんは不機嫌そうにそっぽを向いているが、それは本心からの不機嫌と言うよりどちらかと言うと……。


「ミスラ、いつまで拗ねてるの?」

「やっぱりガキっぽいですわね」

「誰がガキだ! エス、リルフ!」


 うがー、と二人に食って掛かるミスラちゃん。その姿は良い意味で私のことなどどうでもいいと言っているようで、こちらに都合の良い見方をしているだけかもしれないが、なんだか、安心してしまう。


「はっはっは! 先代聖女で現救世主が何を呆けた顔をしているんだ?」


 そこにフィリムさんの笑い声が響き渡る。歴戦の女戦士である彼女らしい豪快なものだ。


「フィ、フィリムさん……」

「もう少し堂々と構えてもらわないと困る。昔はどうでもいいが、今はウチのギルドの看板。救世主なのだからな」

「あ、あの……怒っていらっしゃらないので……?」


 声音と態度からそれは察せれているが、私はおそるおそる口にする。自分の弱い心が嫌になるが、そんな弱い心の私と違って器の大きいフィリムさんはやはり笑みを浮かべたまま私を見る。


「言ったはずだ。昔はどうでもいい。今が大事だ。すくなくともウチのギルドにきて私が見てきた今のお前は無辜の人々を救うために力の限りを尽くそうとしているし、同じギルドのメンバーである私たちの力になろうと努力しているし、チビたちの母親をやろうとしている。……信頼するには充分だ」

「フィリムさん……」


 そんなこと言われるだけの立派なものではない、と反論したかった。私はそんなに凄いものではないのだ、と。


「むしろすっきりしたな。歴代聖女の中でも慈しみ深さで評判だった先代聖女のアルメティニスであればこの性格も納得だと。どうせ、ギルドマスターは最初から知っていたのだろう?」

「え? それも知っていたので?」

「まぁ、あのギルドマスターのことはよく知らないなりに知っているからな」


 知らないなりに知っている。フィリムさんの言葉は矛盾しているようだが、意味は分かる。

 底の知れない人物であるが、どこの馬の骨とも知れない、いやギルドにとって害になる存在をギルド内に居座らせ続け、あまつさえ、ギルドの看板に仕立てあげるような人間ではないと信頼しているのだろう。


「さて、聖女アルメティニス様? お前が向き合うのは私ではないと思うが」

「……そうですね」


 私は再びフィリムさんから竜の女の子三人に視線を移す。

 どうやら竜の子たちは私に対して本気で怒っているワケではないようだが、それでも心を尽くしてこちらの意図は伝えないといけないだろう。

 仮にも彼女たちの保護者を気取るのならば。

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