第34話焦りの現・聖女※

 一体、なんなのよ。

 私、ミスティアは聖女の塔の聖女の部屋の中で歯噛みした。

 あの下賤の娘、アルメティニスを追放することで奪い取った聖女の座。それが早くも揺らぎ始めている。認めたくはないことだが、それは事実だった。

 聖女の祈りの力が薄れている。あるいはなくなっている。民の間ではそんなことが言われているようだ。

 このアルカコス王国は代々、聖女の祈りの力による加護により魔物が人里を襲うことのない国だ。しかし、あの女を追放して私が聖女になった途端、魔物たちはこの王都を始めとする町や村を襲うようになった。

 それらの印象を払拭するために私の、第18代目聖女のお披露目会を開いたが、これが藪蛇だった。

 お披露目会の途中で魔物たちが王都を襲ってきたのだ。それは下賤だが、腕っぷしだけはある冒険者たちが撃退したようだが、このことで既に市民から私への信頼はがた落ちだ。

 いや、市民だけではない。

「聖女様、国王陛下がお呼びです。すぐに顔を見せるように、と」

「……分かっているわよ」

 この国の王を始めとする王族。私と結託して王族の権力を削ぎ、自らの権力を強めようとする貴族たちにも私への不信感を持たれている。

 このままでは計画が狂う。ゴルドバーグ公爵と結託して、実質的なこの国の支配者になってやることが私の狙いだったというのに。ゴルドバーグ公爵にまで見限られたらどうなるか分からない。

 何故なら、今の私の聖女の力、奇跡魔法は偽りのものだからだ。

 だが、それでも魔物たちをこれまでの聖女のように抑え付けることはできるはずだった。それがどうして上手くいかないのか。

 腹が立つ。が、今は国王の呼び出しに応えるのが先決か。

 私は聖女の塔を出て王城の謁見の間に向かう。その途中、嫌な相手と出会った。王女のプリマシアだ。

「これは王女様。ご機嫌麗しゅう」

「聖女、ミスティア。貴方は今の状況をどう考えているの?」

 こちらが機嫌を取ってやろうというのにプリマシアは挨拶もなく私を睨む。生意気な……!

「貴方が聖女になってからというものの魔物たちはこの王都を始めとするアルカコス王国の町々を襲ってばかりいるわ。こんなこと前の聖女アルメティニスの時にはなかったわよ」

 プリマシアの言葉にはらわたが煮えくり返りそうな気分を味わう。アルメティニスの時にはなかった。それは私があの下賤の女に劣っていると言われているようで我慢ならないことだった。

「……申し訳ありません。もっと神様の御加護を受けられるように精進します」

 だが、それをここで王女であるプリマシアにぶつけることはできない。私はそっけない返事だけをすると国王のもとに向おうとする。

「お父様もお怒りだったわ。少しは覚悟していった方がいいわよ」

 そんな私の背中に余計な言葉をかけてくるプリマシア。やはり生意気な王女だ。こいつは先代聖女……あの下賤の女、アルメティニスと親しかったというが、それもあるのだろう。こんなところで友人の仇討ちをしたいというのか。

「プリマシア王女様は随分と先代聖女に肩入れしているようで」

 だから、言ってやった。軽い皮肉を。しかし、それを「当たり前よ」とプリマシアは堂々と認めた。

「アルメティニスは本物の聖女だったわ。民のことを想い、困っている人を助ける。自分の力でこの王国を守ろうとする……正真正銘の聖女よ」

「……まるで私が聖女でないような言い方ですね」

「そう言ったつもりだけど?」

 こ、このくそ王女……。私が聖女ではない、ですって?

「ふざけたことを言わないでください。私は第18代目聖女です。れっきとした、ね」

「そう思っている人はあまり多くはないと思うわ。私を含めて」

 最後までふざけたことを言う。私はふん、と苛立ちげに顔を背けてさっさとプリマシアの側から立ち去った。

 謁見の間に入り、数歩進み、膝を折る。

「国王陛下。この度は私をお呼びとのことで……」

「うむ。聖女ミスティア。お主に訊きたいことがある」

「はっ」

 何を訊かれるかは分からないが、それなりに話術には自信がある。上手く受け流して、こっちのペースに。

「お主は本当に聖女か?」

 だが、流石にこれは想定外だった。は? と間抜けな声がもれる。今、なんて言われた?

「こ、国王陛下? 今、なんと?」

「お主が聖女かどうかを問うておる」

 国王は年齢を重ねた人間だけが出せる威圧感を持って私に強い声をかけてくる。

「と、当然です。私は第18代目聖女ミスティアです」

「ならば何故、魔物たちは我が国の領地を侵すようになった? 先代の聖女アルメティニスの代まではそんなことはなかったぞ」

「そ、それは……」

 そこで気付く。私と結託しているゴルドバーグ公爵も謁見の間にいる。国王の座る玉座から離れたところに立っている。

 私は擁護を求める視線をゴルドバーグに送ったが。

(なっ……!?)

 ゴルドバーグは視線をそらし、私からのメッセージを拒んだのだ。

 そんな馬鹿な。まさかゴルドバーグ。私を見限るというのか。

「ミスティア。お主に聖女の資格がないと判断すれば余はいつでも行動に移すつもりだ」

「こ、行動とは……?」

「アルメティニスへの追放命令を撤回し、再び聖女の座に就け、お主には聖女の座を降りてもらう」

 ガツン、と頭を殴られたかのような衝撃に襲われた。そんな、そんな馬鹿な……。

(どうしてこうなるのよ!?)

 私は内心で焦燥感と共に、何もかもうまくいかないことへの苛立ちを叫ぶのだった。

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