第9話 聞きたくて、聞きたくない ~7月23日①~
次の日、学校に行くとすぐに茜に告白した相手が誰か分かった。
2組の神崎君。
最早名前の響きからしてカッコいいが、実際に高スペックイケメンでもある人だ。
運動も勉強もできる上に、性格もよくて友達が多い。
生粋の陽キャという感じだが、陰キャにも優しいタイプの人だ。
俺も一度だけ委員会で一緒になったが、業務連絡でちょっとだけ話した感じでもスペックの高さを鼻に掛けない良い奴という事がすぐに分かった。
人の好さが全身から滲み出ている感じなのだ。
本当に非の打ちようがない。
そんなだから、神崎君はもちろん学校でも目立っている。
だから噂が回るのは早かった。
瞬く間に学校中の噂になって茜は質問攻めになっていた。
茜もきっと、神崎君からの告白を断ったりはしないだろう。
なんせあの神崎君なんだからな。
そう思うと、気分はダダ下がりだった。
良い事なのに、祝福するべき事なのに、素直に「おめでとう」と言えない自分が居て、茜からの再三の呼び出しメールにも「用事がある」「無理」と言って断っていた。
学校では同じクラスだ、当たり前のように顔を合わせたが、茜が何か言いたげな顔をする度に見なかったふりをして避けまくった。
どう反応していいか分からなかったのだ。
その結果。
家に帰ると、丁度スマホが着信を告げた。
ディスプレイには『茜』の文字。
無視していたのだが、何度も何度もかかって来る。
流石に6回目で根負けしてとりあえず出てみると、一言。
「今すぐ来い!」
たったそれれだけ言ったかと思うと、通話がブツリ切れてしまった。
ハァーッとため息を吐く。
典型的な良い逃げで、有無を言わせない命令だ。
無視しておけばいいのだろうが、こういう時に放っておけないのが多分チキンと言われる所以なんだ。
だって声、めっちゃ怒ってたし。
怒らせる事をした自覚はあるし。
あー、マジ切れだったなぁー、茜。
コレ絶対に「アンタ如きが私を無視するなんて」ってめっちゃ怒られるパターンだ。
重い腰を上げ、自室を出る。
サンダルを履き、外に出て、隣の家にすぐ入る。
おばさんに挨拶し、足取り重く階段を上がり、部屋の前で一度深く深呼吸をしてから扉を開けた……のだが。
居ない。
ついさっき、自分で呼びつけたくせに。
トイレにでも行ったのだろうか。
いや、前を通ったけど電気は消えてた。
じゃぁリビングに?
いや、挨拶がてら顔を出した時、おばさん以外には居なかったじゃん。
そこまで考えて、ちょっとどうでもよくなった。
とりあえず、怒った茜に面と向かう事への緊張から解き放たれ、ハァと深くため息を吐く。
5日ぶりかな、ここに来るの。
まぁそのくらいじゃぁ何かが変わりばえしたりはしないけど。
いつもの場所に腰を下ろし、「あ」と思わず後悔する。
ここは良くない。
どうしても目が反射的に例のラジカセへと行くし、そもそもここで手持無沙汰にするとアレを聞くという習慣がついてしまっている。
もうダメだろ、流石にアレを聞いてしまうのは。
そう思うのに、悪魔な俺が囁いた。
――アレを聞けば、茜がどうするつもりなのか、どうしたのか、分かるんじゃないか?
赤いハコをチラリと見やる。
茜が神崎君の告白をどうしたのか、流れている噂話に進展はない。
もう返事をしたのか、まだなのか。
それさえ分からないこの状態で、茜に直接面と向かって聞ける勇気もない俺からしたら、『音声日記』はたった一つの手がかりだ。
こんな時にこんなものに頼るなんて我ながら女々し過ぎると思うけど、そんな自分を認めてでも茜の本心が知りたい自分が居る。
プルプルと震える指を再生ボタンの上に乗せ、ごくりとつばを飲み込んだ。
つい先日まで埃をかぶっていた筈の何の変哲もない骨董品相手にこんなにも複雑な気持ちを抱く事になるなんて、全く想像だにしなかった。
目当ての内容が録音してある保証なんて無い。
それでもどうしても緊張が先立って、ボタンを押すのがとても怖い。
それでも意を決してカチリとボタンを押した。
ジーッという些かのノイズ音の後に、良く知る声が聞こえてくる。
<7月23日>
聞きたいような、聞きたくないような。
難しい男心がグラグラと揺れる。
それでもラジカセの前に正座して耳を
聞いて、自分の気持ちに分切りを付けたいからだ。
<今日も周りの視線がすごかった。はぁー……もうさぁ、人の恋路云々なんて当事者たちの問題じゃん? それをみんなして聞きたがるとか、流石に疲れてきちゃうよね。一番手っ取り早いのはみんなが知りたがってる事をそのまま答える事なんだろうけど、それも何か違う気がするし。まぁ結局こんな風に思っている内は、こういう感じなんだろうなぁ。あーめんど>
『人の恋路』って事は、やっぱりこれ、神崎君絡みの話っぽいな。
まぁなんか神崎君への気持ちとか結果とかよりも、周りに対するうんざり感がかなり前面に押し出されてるけど。
<それになんか今日も授業中、ずっと視線を感じるし>
授業中まで、周りに注目されてるのかよ。
そりゃぁ確かに愚痴りたくもなるかもな。
アイツあれで、結構努力して勉強で上位取ってるし。
あ、もしかしたら今日の呼び出しも、愚痴のはけ口が欲しかったのかも。
<私から逃げまくっておいて、もうホントに何なんだろうねあのヘタレ。マジで意味分かんない>
ん?
ヘタレ?
<ホントいくじなし。……ねぇ、アンタの事を言ってんのよ? 分かってる?>
はははっ、一体何言ってんだよ、茜。
日記っていうか、ラジカセ相手に喋ってんの?
呼びかけても答えてくれないだろうよ。
こりゃぁよっぽどストレス溜まってんな、はははっ。
<アンタねぇ、人の日記、勝手に聞いてんじゃないわよ。変態ヘタレバカシュンが!>
「え、な、んで……!」
目をひん剥いた。
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