第8話 楽しそうに、衝撃暴露。揺れる俺 ~7月18日~



 あの後、幼馴染同士の甘ずっぱいラブロマンスの始まりをどうしても想像してしまっていた俺だったけど、結果を言うとそんなものは全く始まったりしなかった。


 変わり映えのしない毎日が過ぎていく。

 

 あぁ、もしかして夢だったのかもしれない。

 ……いや、もしあれが夢だったら、それはそれで「もしかして俺は深層心理で茜にあぁいう態度を取って欲しかったのか?」と思わなくてはならなくなって、またややこしい事になるんだが、どちらにしても拍子抜けな日々ある。



 いやまぁ、そうだよな。

 もしアレが夢じゃなかったとしても、あんなのは一瞬の気の迷い。

 もしくは俺の自意識過剰が過ぎたんだ。


 俺が誰かにモテるとか、そんな事ある筈無いじゃん。

 バッカだなぁー。

 大丈夫、別に期待とかしてないし。

 全く全然してないしー……。


「……はぁ」


 今日も今日とていつものように、茜の部屋に呼び出されデー。

 そして今、部屋には誰も居ない。

 せっかく茜に頼まれていた買い物品を持参してきたっていうのにだ。

 本当に、使われ甲斐の無い幼馴染である。



 ドカッといつもの場所に腰を下ろし、後ろに両手をついて何となく天井を見上げた。

 

 シンと静まり返った室内。

 なるべくと上げた視線なのに、すぐにブレるのは俺の心が弱いからか。


「……うーん」


 思わず目が吸い寄せられる、赤いハコ。

 しかし、この前聞いてそれ以降、妙な気持ちになったばかりだ。


 元々聞いて良いものではなかったんだし、この辺で聞くのは辞めておいた方が良いんじゃないか?


 そんな風に思う一方で、やはり気にもなってしまう。


 ――もしかしたら、なんか俺の事を喋っているかもしれないし。

 そう思うともうダメだった。


 この前のアレは何だったのか。

 ただの気まぐれだったのか、それとも無理して平静を保っているのか。

 面と向かっては絶対に聞けない答えが分かるような気がして、結局欲に負けてしまう。


 

 カセットを手に、一つため息。

 そしてポチリと再生ボタンを押し込んだ。



<……7月18日。今日はねぇ、ふっふーん。ちょっとニュースがあるんだよ♪>


 何だろう。

 今日、いや、昨日か。

 えらく機嫌がいいみたいだけど。


<実は私……告白されましたーっ! きゃぁーっ!! 実は初めてなんだよねぇ、誰かに告白されたのって>


 えっ。

 と思った時だった。


「しゅんくーん?」


 俺の名を呼ぶ声に、慌ててラジカセを止める。

 反射的に背中に隠すが、バッと見た扉は開く気配がない。

 

「しゅんくーん?」

「は、はーい?」


 多分一階からだ、おばさんが俺を呼んでいる。

 慌てて扉を開けつつ答えると、丁度階下から見上げていたおばさんの顔が見えた。


「ごめんねー、ちょっとお使い頼みたいのよー。晩御飯にみりん使いたかったんだけど、もう無くって。茜が帰ってきたら、ちゃんと言っとくから」

「あぁはい、分かりました」

「ありがとー」


 家族同然の幼馴染だ、たまにはおばさんからこうして買い物に走らされる事もある。


 すぐにラジカセを元の場所に戻し、俺は足早に家を出た。


 

 スーパーまでは、徒歩で10分ほどかかる。

 隣に行くだけだと思っていたから、履いているのはサンダルだ。

 ザリザリッとヒビの入ったアスファルトの上を歩きながら、先程の中途半端に聞いてしまった音声日記について考える。



 茜のヤツ、一体誰に告白されたんだろう。


 っていうか、まだ告白された事なかったんだな、ちょっと意外。 

 いやまぁアイツ、気が強いから、周りがちょっと尻込みする気持ちも分かるけど。


 そんな、色々な思考が浮かんでは消えする中で、一番気になっていた言葉が口からポロリと零れ落ちた。


「茜、なんかちょっと嬉しそうだったよなぁ……」


 もしかして、ソイツの事好きなのかもしれない。

 そう思った瞬間、心の奥がソワついた。


 これはアレだ、幼馴染の恋路なんだ、それなりに気になるのは当たり前っていうかだな。

 でも、やっぱり告白にオーケーするのかな。

 そしたら俺も、もうこうやって茜に呼び出される事も無くなるんだろうなぁ、流石に。


 ……いやいや別にいいじゃんか。

 これは、上から目線で「宿題、教えなさい!」って言われたり、カツアゲ紛いに「マンガ貸しなさいよ」って言われたり、パシリよろしく「ちょっと買い物してきてよねっ」とか言われなくて済むようになるっていう話なんだ。


 良いじゃないか。

 そういうのが無くなれば、今まで使っていた時間が空くんだぞ?

 俺は俺の為だけに、放課後の膨大な時間を使えるようになる。

 学校とかでも、お節介を拗らせた幼馴染から無駄に怒られる事も無くなる。


 良いじゃんそれで。

 それで良いのに……。


 俺は知らない。

 こんな胸の痛みなんて、今までずっと知らなかった。



 その日俺は、おばさんからのお使いを済ませ、茜に会わずに家に帰った。

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