美術室

 一教員の不穏な噂に加えておまけにロイが医務室に運ばれるなどという事態に陥った生徒たちは、各自自習を言い渡された。

 「アシュリーさんはこの間に校内の散策でもしていただいて結構ですよ」

 担任教師は言った。

 「それなら、私が案内しましょうか?」

 そう持ちかけてきたのは、ステラと名乗る生徒だった。

 学級委員長だかなんらかのリーダー格だどいうことは見てとれた。

 「いいえ、いいんです。私、一人で行ってみたいんです。でも、ありがとうございます」

 カレンはにっこりと微笑んだ。

 カレンにとって、一人の方が気が楽だからだ。ただでさえ人見知りな上に、「転校生」などというものを演じなければならない上に、いざ自分が自己紹介をしている最中に、自分が何か変なことを言ったのか、男子生徒が気絶してしまったらしい。初日から怒涛の展開である。

 彼は無事だろうか。貧血か何かだろうか。ゆっくり休めているといいけれど。

 カレンは気を取り直して美術室を目指した。

 カレンにとって、美術など縁遠いものだった。

 彼女の一族アシュリー家は、豊かな感性などというものを養成させないように芸術全般を禁じている。家庭内では音楽や絵画の教育が行われたことなどなかった。


 「カレン・アシュリーと申します。どうぞよろしくお願いします」


 カレンは自己紹介でそう名乗った。ところが、彼女の家系がなりわいとする裏方稼業のための家名ではない。

 (美術室に行ったら、ちょっと絵でも描いてみちゃったりして...)

 この学校の生徒になったことだし、やましい気になる必要はないのだが、カレンは慎重にならざるを得なかった。家では禁じられていた美術と美術用具にもうすぐ対面できるからだ。


 どこかやましいような気になりながら、胸を躍らせながら教室を後にした。


 

 美術室を訪れると、誰もいなかった。鍵もかかっていない。

 カレンはなぜか周囲を警戒しながら扉に身を滑り込ませた。

 カビ臭さは感じるが、絵の具の匂いが充満している。

 生徒が残した数々の作品が飾られていたり、絵の具を乾かすために放置されていたりするものもある。

 色とりどりの作品に、カレンは目を輝かせた。

 こんなに素晴らしい作品作りに打ち込めるなんて、ここの生徒はなんて恵まれているんだろう。自分とは違って。

 心の底から羨ましがるカレンの目に涙が滲んだ。

 (今ならちょと描けるかも。誰もいないし…)

 カレンは素早く紙と色鉛筆を拝借し、まずは色を選んだ。

 (何色にしよう? 何を書けばいいんだろう?)

 悩むことものの数分、「あっ」と声を上げた彼女は、初めは慎重に、しかし次第に大胆に色を塗り始めた。

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