【本編】
とある村の少年の、燃える森の記憶
「見てロッテ! 森が燃えてるよ!」
写し鏡のような僕の分身は、おもしろがって笑っていた。僕も笑った。何がそんなにおかしいのかを思い出せなくなるまで、二人で声を上げて笑い転げた。
それからしばらくして、その子は死んだ。僕が殺した。
僕が殺さないといけなかった。
その後、気づいたら森で目が覚めて、一緒にいたはずの母も消えていた。
森が真っ赤に燃えていた。
戯れに画用紙を塗りたくって描いたはずのその光景が、そうして現実になった。
僕たちをこんな風にしたのは、いったい誰で、なんだったのだろうか。
僕たちの村を占領していた兵隊たち?
戦争を始めた人間?
母がよく言っていた、森の奥に棲んでいる魔女の呪い?
ふざけて森を赤く塗った僕らのせい?
それとも…………?
燃える森の向こうから、僕が住んでいた村の方から、低い呻き声のような、人間の声とも分からないような悲鳴が聞こえたような気がした。あれが村を『消す』ということなんだと、後になってから知った。
あの中に母がいたのかどうかも分からなかったし、今でも知る術など無い。
行くあてもないくせに、僕は走り続けた。
やっと火の手から逃れられたと思ったら、今度は空気が割れるように冷たくて、息を吸うたびに喉が焼けるように痛かった。「生きる」ことがあれほど苦痛だなんて、その時までは知らなかった。
まだ地面に残っていた雪が、やけに明るい月に照らされて、不気味な誘導灯のように光っていた。あれほど月を見上げて空想したり、雪の中で一日中遊んだりしていたものを、その時はまるで、彼らが僕を苦しめ続けたい意志を持っているみたいだった。
僕はここまで来ても、「死」を選べなかった。あの時、勇敢に死んでおけばよかったと思う。後でことがこじれる前に。今は平気でできることが、その時はまだできなかった。
わけも分からずに走り続けて、いつの間にか森を抜けた。腕も脚も、顔も、足の裏も、着ていた服もズタズタに切り裂かれて血まみれだった。
空の向こうが薄紫色に霞みかかっていた。その下には、国境地帯の草原と有刺鉄線が一直線に広がっていた。いるはずの見張役の兵士も、野生の動物すらいなくて不気味だったのを覚えている。地雷にも当たらなかった。
あれを幸運といえば聞こえはいいが、僕に言わせれば全てがうまくいきすぎていた。それを越えた後の人生がどうなるか、その時の僕にも想像はついていたのに、何を血迷ったのか、僕は向こう側に行くことを選んでしまった。
だから、そのせいで死ねなくなった今、『あの時いなくなった、もう生きているかも分からない母にもう一度会うために生きているんだ』と自分に言い聞かせるしかなくなった。
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