面倒を見てやってと言われても、マリにできることなどほとんどない。サックが置いてある場所を手を引いて教え、後は日高に言われたことを繰り返すだけだ。

 目をつぶってじっとしていればいい、その他のやらなきゃいけないことは、慣れてくれば自然と分かる。そもそも誰かに教わる行為ではないんだから。

 「ありがとうございます。」

 と、それでも琴葉は素直に礼を言った。マリはなんとなく座りの悪い気分で、客を引くときは隣に立つから、と約束をして、彼女の部屋を出た。

 そして夕方、マリが琴葉の部屋へ彼女を迎えに行くと、彼女は鏡台の前に座って化粧をしていた。目が見えないからだろう、ひどく不器用な手つきだった。目の周りを囲む墨は震えて歪み、口紅も所々はみ出している。

 「……やってあげる。」

 見ていられなくて、マリは彼女の肩を引いて身体を引き寄せた。琴葉は少し驚いたように身を強張らせた後、困ったように少しだけ微笑んだ。

 「いつも、宗太さんにまかせっきりだったから、上手くできなくて……。」

 「……そう。」

 マリとて化粧は上手くない。懐紙で墨と紅を拭い取ってやった後、震える指でごまかしごまかし化粧を施した。

 自分の顔を飾るときよりも、倍近い時間がかかった。

 「……これで、いいでしょ?」

 問うてから、彼女にはそれを確認するすべがないのだ、と、マリは少しばかり慌てた。 しかし琴葉は、にこりと微笑んで頷いた。

 「ありがとうございます。」

 それは、マリを完全に信じきっている返事だった。マリはその信頼にたじろぎ、辛うじて、どういたしまして、と呟いた。

 この信頼だろうか、と思った。この信頼に、あの女衒もほだされたのだろうか。

 マリは黙ったまま、鏡台の引き出しを開け、櫛と髪油を出して彼女の髪を梳いた。彼女の美しさは肌の白さと髪の美しさだ。丹念に髪を梳き下ろしていると、彼女はやはり困ったように笑った。その顔を見て、マリはなんとなくはっとして櫛を鏡台に置いた。

 「表に椅子があるから、そこに座って客を引けばいいよ。にこにこしながら手でも振っていれば大丈夫。」

 「はい。」

 怖くはないの、と、聞きたくて喉の奥で声が潰れた。ここに売られ来た以上、身の上はそう変わらない。目が見えようが見えまいが、大した差なんてないのだ。

 行こう、とマリが手を引くと、琴葉は素直に立ち上がり、当たり前のようにマリの肘を取った。ワンピース越しにでも分かるくらい、冷たく痩せた手をしていた。

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