9.彼方から幸せを願う
スヴェンに連れられて、クロライトの迷宮の入り口まで戻っていく。
背後では御者の男が俺たちを油断なく監視していた。
あの男も王国騎士なのだろう。
竜車に乗っていた時は分からなかったが、こうして見ると隙が無い。
道中、首が切り飛ばされた竜の死骸があった。
何か強力な力で捩じ切ったかのような跡だった。
「……竜を倒したのは、スヴェンなのか?」
「ん? ああ、俺がやった。成竜に成りかけの幼竜ってところだったな。運が良かった」
「……さっきので幼竜なのか!?」
さっきの竜は少なく見積もっても30フィートくらいはあったぞ……?
それで幼竜って、じゃあ成竜って一体どれぐらいの……?
「成竜はあんなもんじゃないぞ。……しかし、本当に間に合ってよかったよ」
「間に合って? 俺たちを監視してたんじゃないのか?」
「団長である俺が直々に監視につくわけにゃいかんだろう。俺はさっきまで王都で軍の訓練をしてたんだよ」
「軍の訓練? ……王都で?」
「あぁ、緊急連絡を後ろのアイツから受けてな。飛んできたってわけだ」
「飛んできたって……」
王都とこのクロライトの迷宮までどれくらいの距離がある……?
少なくともリシアの街からここまで以上の距離があるはずだ。
それを一瞬で移動したというのか……?
「……スヴェン義兄さんは
「……マジで?」
俯いていたジェーンが口を挟んできた。
「詳しくは違うんだがな! まぁ似たようなもんさ」
よく分からないが、
あらゆる場所へ一瞬で移動できるとされる、あまりにも便利な魔術。
そんな能力があるからこそ、ジェーンを自由にさせるという決断もできたのかもしれない。
どこにいても連れ戻すことができるという、首輪を付けさせていたんだ。
「それにしても、竜に遭遇するなんて姫さんはやっぱり持ってるなぁ。滅多にありませんよこんなこと」
「何がだよ……。それより、あの竜はどこから来たんだ? 自然発生したやつか?」
「恐らくはそうでしょうなぁ。近年新規で見つかる竜は地下に多いんです。地母龍様の残滓が地下に多く眠っているからでしょうね」
地母龍。
始まりの
かの龍の残滓はこの大地に多く存在する。
「詳しくは調査が必要ですな。まだ竜がいないとも限りませんし」
「……なぁ、なんで義兄さんは今日、私たちを連れ戻しに来たんだ? 明確に今日が期限って決められていたのか?」
「いいや、そんなものは決められてませんでしたよ。王は姫さんがいなくなって三日経ったぐらいから、ずっとさっさと連れ戻せと仰ってましたが」
「……なんだそれ。じゃあなんで私は今まで──」
「冒険って、楽しいでしょう」
スヴェンが振り替えることなく、脈絡のない言葉を断言した。
「危険を冒す。苦難を味わう。困難を乗り越える。成功を手にする。そして、それを分かち合う仲間。……俺も昔は冒険者でした」
「…………」
スヴェンの言葉には重みがあった。
それだけの過去があり、今があるのだろう。
「だから、姫さんの気持ちは分かるつもりです。……王宮暮らしの中では決して味わうことのできない、感情が」
スヴェンはジェーンの……ジルアのことをよく理解しているようだった。
当然だろう。
たった一年の付き合いの俺と、ジルアとして生活していた長い期間を知っているスヴェンでは比べるべくもない。
その事実が、なぜかは分からないけど、俺の胸の中を掻き乱した。
「王宮の中で見たことがないほどに楽しそうな姫さんの姿があった。それを見ていた者たちは皆、王に抗議したんです。もう少し様子を見るべきだと」
「……は?」
「もちろん俺も抗議しましたよ。ストラスも、アプレザル婆も、監視を行っていた騎士たちも全員です」
「なんだよ、それ……」
「姫さんに自由に生きて欲しいと、皆がそう願ったんですよ。最終的に反対していたのは王だけになりましたね」
……ジェーンは、愛されている。
いや、好かれていると言うべきか。
彼女を知るものが皆、彼女を守っていた。
反対している王でさえも、結果的に一年もの間ジェーンを好きにさせていたことから、彼女を尊重していたことが伺える。
「結果として監視期間はここまで引き延ばされましたが、これをいつまでも続けるわけにはいかないのは皆分かっていました。……そして今日、俺が出陣しなければいけないほどの事件が起きた。それが全てです」
「……じゃあ、なにか。たまたま自然発生した竜が出てこなければ……私がドジを踏まずに竜から逃げきれていれば、もっと長く冒険者を続けられていたのか」
「……さっきも言ったが、いつか終わりが来ることは決まっていた。それが遅いか早いかの違いだけだ」
ジェーンのせいではないと、スヴェンは暗にそう言っている。
確かに今日のことがなければ猶予は伸びただろうけど……結局はこうなっていたはずだ。
けれど、その猶予は、俺とジェーンにとって──……。
「おっ、ようやく外が見えてきたな」
迷宮の入り口が見えた。
とっくに陽は沈んでいて、夜になっていたようだった。
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