8.愚者は姫と踊る
この国の、王女。
ジェーンが……ジルアが、王女。
嘘だ、なんて言葉も出てこない。
だって、心のどこかで認めてしまっているから。
こんなに綺麗な人が、冒険者なんてやっている方がおかしかったんだ。
「二人とも、大人しく王宮まで付いて来てほしい。抵抗はしてほしくない」
「……二人? なんでレイルまで付いてく必要があるんだ」
スヴェンの言葉をジェーンが思わず聞き返した。
「レイルもまた関係者だからだ」
「関係者って……」
「レイル、君にはジルア王女の誘拐の疑いが掛けられている」
「……はぁ!?」
俺が王女を誘拐。
なるほど。
そういうことになるのか。
「ふざけるな! レイルは何の関係もない! 私が城から逃げたのは、私だけの責任だ!」
「もちろん分かってますよ。ただ、あなたの立場がそうはさせてくれない」
「……なんだと?」
「この一年もの間、あなたがいなくなったことで王国は少なからず被害を被っています。その責任は誰が取るか、ということですよ」
「そんなもの、私がっ!!」
「あなたが責任を取ることはできません。なぜならばあなたは王女です。国を代表する存在です。そんなお方が自分の意思で立場を放り出したなどと、どこに報せることができましょうか」
「……そん、なの」
「あなたが巻き込んだこの男が、責任を被せるのに何よりも適任だと、そう判断されたんですよ」
確かに。
それなら綺麗に収まると思う。
「……ふざけるな。立場がどうのこうの、うるっせぇんだよ!! 知ったことかっ! レイルにそんなことするならっ、スヴェン義兄さんだろうがぶっ飛ばしてやる!!」
スヴェンに向かって杖を向けたジェーン。
それは、ダメだ。
俺はジェーンの方に向かい合って両手を広げた。
「ジェーン、待ってくれ」
「レイル!?」
「大丈夫だ。俺のことなら気にしないでくれ」
ここでジェーンが怒ってしまうと話が拗れる。
どうあってもこの男には勝てないし、逃げられない。
それに、ジェーンがこのまま冒険者でいるのは間違っていると思った。
彼女は貴種だ。
それも、尊すぎる王の血族。
いくらジェーンが願っても、生まれは変えられない。
きっと
「俺がジェーンと一緒にいることを願ったんだ。秘密を抱えたジェーンを怪しいとは思ってても、一緒にいることが楽しすぎて……。俺はジェーンのことを深く考えないようにしてた。……だから、これは自業自得なんだ」
「なんで……レイル……?」
信じられないものを見ているような目で俺を見るジェーン。
嫌だな。
そんな顔させたくないのに。
「……君ならそう言ってくれると思っていた。レイル」
スヴェンが優しく言った。
俺がこうするって分かってたみたいな口ぶりだった。
でもその通りだ。
俺は相棒のためならこの身を捧げたっていい。
それでジェーンが助かるのなら、俺はそれで満足なんだ。
「そんなことされてオレが嬉しがるとでも思ってるのかっ!? ふざけんな! 何も分かってねぇ! なんでオマエはそんなっ、そんなッ!!」
「ジェーン」
暴れようとするジェーンの腕を掴む。
こうするしかないって、お願いだから分かって欲しい。
「なんでだよぉ……」
歪んだ表情、悲痛な声。
翡翠色の綺麗な瞳が雫で滲んでいく。
見ているだけで悲しくなる。
「……ジルア王女。あなたが王宮で生き苦しさを感じていたのは知っているつもりです。けれど、王族としての立場を放棄することは許されないことだ。……理解、してくれましたか?」
「……」
滔々と諭すスヴェン。
ジルアは拳を強く握りしめ、身体を震わせていた。
やがて、スヴェンの言葉を聞き入れたのか、小さく頷いた。
よかった、分かってくれたみたいで──、
「ようし。分かったならOKだ。いやあ、説教なんてしたくねぇなぁ!」
「「……は?」」
態度がガラリと変わって、明るい口調になったスヴェン。
「あ、ちなみにさっきの誘拐云々で連行するというのはウソだ」
「えっ」
「……はあぁっ!?」
唐突な謝罪からの説明で、俺たちは唖然とした。
ウソ……? 一体どういう……?
「覚悟を問うとかいうやつだよ。悪かったな、騙すような真似をして」
「う、嘘って…… 、義兄さん!!」
「いやあ、はっはっは! スマンスマン怖がらせて。……でもな」
そこで言葉を区切るスヴェン。
そして、真剣な面持ちに戻ってジェーンと向き合った。
「そういう結末になる可能性は十分にあった」
「!」
それは、そうだろう。
王女であるジルアが一年もの間行方を晦ましていたんだ。
大事にならないはずがない。
その責任だって比例していく。
さっきの俺を誘拐犯にする案の方が現実味のある選択肢のように思えた。
「……姫さん、あなたはもう少し自分の周りの人達の事を考えた方がいい。……あなたの姉君も、王も、ずっとあなたの心配をしていたんだ」
「……姉さんはともかく、父上はオレのことなんて何も考えてないだろ……」
「そんなことはない。……あなたも本当は分かっているはずだ。優しいジルアなら」
スヴェンが跪いて、ジェーンを見上げてそう言った。
諭すように、それでいて優しく、ジェーンに語りかける。
「この1年もの間、あなたが行方を晦ましたという事実が公になっていなかった理由が分かりますか?」
「……そんなの、体面上の問題だろ。わざわざ失態を晒す必要なんかない」
「それは違う。……本当のことを言うと、姫さんが王都を抜け出した半刻後には、もう足取りは掴めていた」
「……は?」
「姫さんのこれまでの詳細は全て把握されてる。リシアの街で偽名を使い冒険者になったことも、レイルという冒険者に出会ってパーティを組んだことも」
「ちょっ、ちょっと待て!? どこにいるのか知ってたのなら、なんで今まで捕まえに来なかったんだよ!!」
「それこそが、王の温情ですよ。姫さんが王族としての在り方に苦しんでいるのをあの方は知っていて、姫さんの気持ちを汲んで自由にさせてあげていたんです」
「なっ……」
絶句したジェーン。
気持ちを考えたら無理もないだろう。
「君たちには監視が付けられていた。万が一のことがあってはならないから、常に君たちの動向を見守っていた」
スヴェンがおもむろに手を挙げた。
すると、迷宮の岩壁の隙間から男が現れた。
ここまで俺たちを運んできた竜車の御者だった。
「……全部、掌の上で踊ってたってことかよ……」
「それだけあなたが大事に扱われていたと考えてほしいところです」
王国の姫という立場は、それほどに重い。
当然のことだ。
「ともあれ、一年間あなたは王族としての立場を捨て、束の間の自由を得ました。本来享受できることはなかったはずの、それを」
「っ……!」
「猶予的にも十分だったはずだ。それに、君たちの監視には莫大な人員と予算が掛けられている。いつまでもこのままというわけにもいかない」
「……それは」
「帰りましょう、姫さん。一度王とあなたは話し合うべきだ」
「……ッ………………分かった」
ジェーンは事態を受け入れたようだった。
それが正しい選択だ。
「さっきはああ言ったが、レイル。君にも王宮にはついて来てもらいたい。姫さんのことを知ってしまった以上は、色々と調整しなければいけないことがあるんだ」
「……あ、あぁ。俺なら大丈夫だ」
「レイル。君のこともこの一年間監視して、十分に人となりが分かっているつもりだ」
「俺を……?」
「あぁ。君は冒険者としての姫さんを任せるに足りると信用された。だからこそ君は姫さんと、この一年間一緒に過ごせたんだ」
俺が、認められて……?
認められていたから、ジェーンと一緒にいられたのか……?
「再度繰り返すが、二人とも今から王宮まで付いて来てくれ。いいな?」
有無を言わせない口調だった。
従う他ない。
ジェーンの顔を見ようとしたけど、ずっと俯いていて、表情は分からなかった。
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