4.NTRは許さない絶対にだ

ジェーンの手から依頼書をするりと奪い取ると、そのままギルドの受付へと足早に向かった。

空いてる場所は……。


「レイルさん、こちら空いてますよ」

「! あぁ」


知ってる受付嬢の人から声を掛けられた。

俺が冒険者になった頃からの付き合いのミーシャさんだ。


「珍しいですね、レイルさんが依頼受付に来るのは」

「あぁー、はい……あいつ怒らせちゃって」

「なるほどぉ」


クスリと笑って依頼書に目を走らせるミーシャさん。

確かに受付で彼女に会うのは久しぶりだ。

銀色の長い髪をさらりと耳の方に流す仕草も、笑顔と一緒に出るえくぼも、久方ぶりに見た気がする。


「クロライト迷宮の依頼、ですね。これはレイルさん達なら楽勝ですね!」

「へへへ、ミーシャさんもそう思いますか?」


つい、俺たちを褒められて嬉しくなって、そんなことを聞き返してしまう。


「もちろんですよ! レイルさんも……えぇと~……」

「あぁ、ジェーンですよ、相棒の」

「あぁ! そうですジェーンさん! 私物覚えは良い方なのに、やっぱり魔術だとそこらへんも関係ないんですかね?」

「みたいですねぇ」


──ジェーンの正体隠しの魔術は、記憶にも作用する。

何度も受付で顔を合わせているはずのミーシャさんでさえも、あいつの名前を忘れてしまう。

唯一パーティを組んでいる俺だけは例外で、魔術の作用を姿と声のみに限定してくれているらしい。


「レイルさんとジェーンさんのパーティはウチのギルドの筆頭成長株ですからね! むしろこの程度の依頼で満足してもらっては困りますよ?」

「ははは、頑張ります」


何とも嬉しい言葉を掛けてくれる。

俺とジェーンのコンビはこんなにも期待されているのか。


「あっ、でもでも無理はしないでくださいね? 怪我なんてしたら元も子もないんですから」

「今更無理なんかしませんよ。あいつに怒られちゃうんで」


うぅ、ミーシャさんの優しい言葉が胸に染みるぜ。

ジェーンにもちょっと見習ってほしい。


「はい、それではここにサインを──……私が代わりに書きましょうか?」


受付の席から身を寄せて、小声で囁くように話してくれる。

字が書けない俺を気遣って、昔は毎度彼女に代筆してもらったんだっけ。

本当は代筆屋まで持って行くのが正当な手続きなんだけど、優しい彼女はいつもこうしてくれた。

けれどもう今は必要ない。

だって、あいつに教えてもらったからな。


「大丈夫ですよミーシャさん。──今の俺は字が書けるので!」

「なんと! 頑張ったんですね!」


思わずキメ顔。

書けるのは自分と相棒の名前のみだけど。


「……ふふっ、変わりましたねぇレイルさん」

「そうでしょう。あいつにみっちり教えられたお陰ですよ」

「あ、いえいえ。それもですけど、そうじゃなくて」

「え?」


どういう意味だろう。

文字が書けるようになった以外にも、俺はどこか変わっただろうか。


「雰囲気がずいぶん柔らかくなりました。昔はもっと切羽詰まった印象がありましたけど」

「えぇ? そうでしたっけ……?」

「はい。私、覚えていますよ。レイルさんが初めてこのギルドに来た時のこと」


懐かしむような目をして話す彼女。

それはつまり、もう三年も前のことになるわけだ。

あの頃から変わったとすれば、きっとそれはあいつとの出会いからだ。


『仲間を探すんだ』


──思い出すのは虹の記憶。

ポンコツの頭でも、忘れちゃいけない記憶ものは覚えている。


『きっと君に一番必要なものは、仲間だ』


あの人の言った通り、俺に必要なのは仲間だった。

ジェーンに出会えたおかげで、俺はようやく冒険者になれたのだと思う。


「俺が変わったのなら、それはきっと、全部あいつのおかげですよ」


依頼書になんとか二人の名前を書き殴る。

俺と、相棒ジェーンの名前。


「……はい、受理しました。それでは、こちら探索許可証です。仲良く頑張ってきてくださいね?」

「はい!」


書類を受け取り、ミーシャさんの言葉を背に受けて返事をした。

さぁ冒険の始まりだ。

酒場の席で待っているはずのジェーンの元へ──


「オマエ」

「うわぁびっくりした!!」


行こうとしたところで、突然目の前にジェーンが飛び出してきた。

慣れてるとはいえど、このビジュアルが急に出てくると心臓に悪い。


「ど、どしたジェーン? なにかあったのか?」

「オマエ。やけに。あいつと。仲良さそうだったな」

「え? あぁ、ミーシャさんか?」


ジェーンの指がミーシャさんを指し示した。

やけにセリフが途切れ途切れなのはなんでだ?


「えっと、俺が冒険者になった時に受付してくれたのがあの人でさ。色々世話になってたんだよ」


「  ふぅん  」

「ジェーンに会う前からだから、もう3年の付き合いになるかな?」

「  さんねん  」

「……ジェーン?」

「  なに  」


なんだろうこの会話。

やけに間が開いてる感じがする。


「なんかお前様子が変じゃないか? ……もしかしてまだ怒ってる?」

「  ぜんぜぇん  」


どうしようジェーンがおかしい!

見たことない状態になってる!


「  あたまぐちゃぐちゃになりそう  」

「頭!? 大丈夫か!?」


頭はやべぇ!

どうしよう、診療所に連れて行った方がいいのか!?


「と、とりあえず依頼は中断して……あ! メディック! メディーッック! メディックの方いらっしゃいませんか!?」


重症のジェーンを抱えてギルドの中から衛生魔術師メディックを探す。

もう冒険者は大方依頼に出ていった時間帯とはいえ、探せば一人くらいは──!


「わあぁっ!? ばっ、バカ落ち着けっ、ただのスラングだよ! オレはどこも痛くないッ!」

「えっ。そ、そうなのか。びっくりさせるなよ……」


本当に驚いた。

いきなり頭ぐちゃぐちゃなんて言うからてっきりなんかの病気かと……。

……にしても、ジェーンの身体って細いし軽い。

昨日上に乗っかられた時も思ったけど、女の子ってこんなもんなんだろうか?


「おう、今日も賑やかだなお二人さん。メディックはもういらないのか?」


そんなことを考えていたら、横合いから声を掛けられた。

ジェーンを抱えたまま振り向くと、知っている同業者おなかまだった。


「あぁ、ダニー。おはよう、勘違いだったみたいだ」


人のよさそうな笑みを浮かべたおっさん冒険者に挨拶を返す。

ダニーとは何度か組んだこともある。

彼は熟練の冒険者だ。

冒険者になりたての頃は色々と教えてもらったっけ。


「ははぁ、こりゃまたお熱いことで。今日はデートかい?」

「んなわけあるかッ! 今から迷宮に行くところだっての!」


そんな茶化した声掛けにも、ジェーンは律儀に反応した。

というかデートって。

……もしかしてダニーはジェーンが女って知っているのか?


「はっはっは、冗談だよ冗談。それよりこんな時間に珍しいな?いつもはもっと早いだろ?」

「あぁ、ジェーンがちょっと」

「寝坊しただけだよ……」

「ほぉー……なるほどねぇ……?」


ニヤリと笑ったダニー。

なにがなるほどなんだろう。


「いやいやなんでもないよ。若いっていいなって思ってな」

「オマエなんか変な勘違いしてるな!? 寝坊しただけだぞ本当にっ!」

「あぁ、うんうん。おっさんにはちゃんと伝わってるから安心しとくれ」

「伝わってないだろっ!?」


うぅん。

ダニーは手練れだから、ジェーンの魔術も何らかの方法で防げるのかもしれないな。

ダニーはいいヤツだからジェーンのことを言いふらしたりはしないだろうけど、少し心配だ。


「な、なぁダニーの方もこんな時間にどうしたんだ?」


ダニーとジェーンの話に横入りして、無理やりに話題を変えた。


「あぁ、それがよう」


ダニーの突き出た樽腹にパンチを入れていたジェーンを向き事変えて引っぺがして、彼の言葉の続きを待った。


「コランダムの迷宮の依頼を受けてたんだが、ダメになってな」

「……駄目?」

「あぁ、どうもあそこらへんに帝国の奴らが潜んでるらしくてな。付近一帯に王国騎士団の警戒網が張られてんだ」


帝国。


「帝国ぅ? あいつらホントどこにでもいるな……」


「最近多いんだよなぁ本当……。勘弁してほしいぜ」


「この前も王都で揉め事起こしてたろ。関所の奴らは何してんだ一体」


「あそこの奴ら全員懐柔されてんじゃねぇかって噂だけどな。ま、ウチの王様は賢いし大丈夫だろ」


「……だといいけどな」


帝国。






























イル





レイル





レイルッ!? おいっ!」


「あ」


「おい、どうしたんだボーッとして」

「あぁいや悪い。話聞いてなかった。なんだって?」

「いや、なんだってじゃなくて……オマエがどうしたんだよ?」


心配そうな声で見つめてくる(多分見つめてる)ジェーン。

いかん、ぼーっとしてた。


「いや、ごめん。ぼーっとしてただけだ。どうもしてないよ」

「風邪でも引いたかレイル? 大丈夫か?」


ダニーにも心配されてしまった。

本当申し訳ない。


「風邪なんて引いたことないぜ。馬鹿は風邪引かないって言うだろ」

「自分から言うやつがあるかよ……」


呆れたようにため息をつくジェーン。

いや、本当に大丈夫なんだ。ただ   してしまっただけで。

オレの身体が丈夫なのは事実だし、特に問題はない。


「まぁ、お前がぼーっとしてるのは前からだが……あんまり無理はするなよ? お前さんも、仲間のことはちゃんと見ててやれ」


抱えたジェーンの頭らしき箇所を撫でながら、ダニーはそう言った。

まるで父親みたいだった。


「危なっかしすぎて目ぇ放せらんないだろこんなヤツ……」

「はっはっは! 全くだ! いい相棒を貰ったなレイル!」

「! あぁ、俺もそう思ってるんだ!」

「声がでっけぇよ……」


いかん、つい。

ダニーがジェーンを俺の相棒と認めてくれたことが嬉しくて、声が大きくなってしまった。


「おう、じゃあそろそろ俺は行くぜ。気ぃつけてな」

「あぁ。そっちも飲みすぎるなよ」


ひらひらと手を振って酒場の方へ向かっていくダニーを見送った。


「……で? オマエはいつまでオレを抱っこしたままいるつもりだ?」

「ん? ああ」


機嫌の悪そうな声でジェーンが訊ねてきた。

別に忘れてたわけじゃないぜ?


「このまま迷宮に向かおうかなって」

「はぁっ? このまま!?」

「あぁ、体力節約できるし、俺が運ぶから転ばないだろ?」


我ながらナイスアイデアだと思う。

俺が触れてるのは嫌かもしれないけど、転ぶよりはマシだと思ってくれ。


「い、嫌に決まってるだろ!? そんな恥ずかしい真似できるかっ!」

「えー? 恥ずかしいか? 誰も気にしないと思うけどなぁ」

「周りがよくてもオレがダメなんだよっ!」


言い合いながらギルドを出た。

今日もいい天気だ。

光の龍の恩恵が強い。


ジェーンの抗議を軽く流して、そのまま通行路を小走りで突き抜けた。

せめて竜車までは運ばせてくれ。


──細くて軽い、ジェーンの重さを感じていると、無性に怖くなる。

もしもジェーンがいなくなったら、俺はもうダメだ。

きっと生きていけない。

失いたくない。


フラッシュバックしてくる地獄きおくの断片を振り払う。

胸に抱えた熱の尊さだけが頼りだった。

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