第18話 剣という名の希望
悲しそうに見えたから。
青い光の落下を見た時。
その時、あの方の横顔が見えた。
それは凄く悲しそうで。
それは凄く辛そうで。
私にはどうしてそんな表情をするのか分からなかった。
けれど、そう、あの時私が抱いた感情は人生で一番強い嫌悪。
――貴方のその顔を私は否定したい。
誰もが幸せを噛み締めていた。
食べたいだけの食料が手に入る。
あらゆる病気が直ぐに治った。
仕事から解放された。
娯楽を手に入れた。
それだけ揃えば人が堕落するには十分だった。
シェリフ様に課せられた課題は一つ。
午前7時から午後4時までの勉強会への出席。
それも、動画を見るだけの簡単な内容が殆どだった。
誰も真面目に取り組んではいなかった。
報酬も無く罰も無い。
今になって思えば、堕落が当前の事だと私でも分かる。
どうしてシェリフ様は、私達に強制しなかったのだろうか。
「貴方は真面目ですね」
他の皆が話半分に聞いている中で、使用人様の1人が私にそう声をかけた。
7日に1度のテストの結果から出た言葉だったらしい。
「シェリフ様には命を救ってもらった、ですから」
そう答える。
すると使用人様は私に聞いてきた。
「貴方は旦那様の力になりたいと考えているのですか?」
「はい」
「命を救って貰ったから?」
「それだけじゃ無いです。領主様が悲しそうな顔をしてたから。あの顔は嫌いです」
そう言ってはっとした。
領主様の顔を非難するなんて、またやってしまった。
けれど、使用人様はそう応えたのを見て、私に進級の許可を出した。
「期待してますよ」
「はい」
私を助けてくれた領主様が、辛そうにするのが耐えられない。
そんな意欲が力に昇華された。
それを可能にするだけの技術がこの場所には存在した。
宇宙船。
人工知能。
科学。
そんな
可能なだけの画像、映像、説明がこの船には有った。
動画を見て、それを思い返すだけ。
疑問を抱く余地は無かった。
それほどまでに動画の中の人物が発する説明は簡潔で、分かりやすかった。
「高等部では体術と機動装甲の初級操縦の会得も行って貰います」
今までの座学に加え、戦闘の訓練が始まった。
その時、私は初めて剣という物を握った。
少し私には大きな柄。
バランスの悪い木製の刀身。
だけど、それが大人扱いされている様に感じた。
人は生まれながらに役割を持っている。
物語に登場する英雄は、いつだって特別な出生で特別な人生を生きていた。
だったら私はただの村娘。
その役割は特別でも何でもない凡庸な物。
そう思っていた。
だから諦めていた。
けど違った。
違うという事実を理解した。
この船の教育はただ知識を蓄える物ではない。
考える力を培う事。
自己解決能力の向上。
その為の手札を増やす事。
それが、勉強であり修練であり訓練である。
人工知能に言わせれば、それが本当の教育らしい。
どれだけ学習の難易度を下げようが、それを鍛える事は並大抵の事ではない。
高い適性。
精神力。
やる気。
モチベーション。
それらが必要不可欠。
そんな教育の中で、私は常に疑問を抱いていた。
私が生きる理由。
人はいつか必ず死ぬと理解した。
死んだ後には何も残らないのが現実だった。
だとしたらどうして、私は生きているのだろう。
その解答も、検索エンジンを使えば幾つかの答えを知れた。
後世に名を遺す。
生きている間にどれだけ人生を楽しむか。
確かに、そんな答えもいいかもしれない。
けれど、焦がれる事は無かった。
感動は無かった。
知識を身に着け。
剣術を修め。
『Sランク認定試験開始』
『――失敗』
それでも私の力には限界がある。
努力が叶う時間は終わった。
努力だけで突破可能な試練は終わった。
私の前にはどう足掻いても突破不可能に思える、絶壁が広がっている。
『Sランク認定試験開始』
『――失敗』
毎日我武者羅にそれに挑んだ。
けれど結果は変わらない。
相手は人を越えた無機生命。
私の運動能力を超越した存在。
あらゆる技能を修めた存在。
そんなのを相手に、どう立ち向かえと言うのか。
『Sランク認定試験開始』
『――失敗』
問題解決の方法は、何も乗り越える事だけではない。
一番簡単なのは諦めてしまう事だ。
実際、村人の殆どが未だに初等教育を受けている。
そもそも、本気で勉強する気が無いからだ。
悪いとは思わない。
賢いとさえ思う。
楽に便利に不自由なく生きる。
その目的を達成しているのだから。
「でも、私は……それじゃあ家畜と何も変わらないと気が付いてしまったから」
挑んだ。
『Sランク認定試験開始』
『――失敗』
死ね。
『Sランク認定試験開始』
『――失敗』
クソが。
『Sランク認定試験開始』
『――失敗』
邪魔をするな。
『Sランク認定試験開始』
『――失敗』
この剣だけが、私の希望なのだ。
この力だけが、私の脱出なのだ。
この夢だけが、私の人生なのだ。
命を救われた。
何の価値もない村娘の命だ。
あぁ、ムカつく。
イライラが収まらない。
「本当に私はダメな子だ」
己の無力を地団駄でしか表現できない。
もう子供は卒業するんだ。
『Sランク認定試験開始』
『――失敗』
見てしまったから。
気が付いてしまったから。
その寂しそうで悲しそうで辛そうな、貴方の顔がずっと頭から離れない。
本当に大嫌いだよ。
領主様。
◆
だから私は捻じ曲げる。
必ず心から笑わせる。
「恐魔」
魔族の男から発される黒い魔力が、私の心に入って来る。
なるほど。
それは確かにどんな生物にも通用する魔法だ。
「でも、私はもう乗り越えた」
私の為に作られた細い刀身の剣。
相手を倒すのに力は必要ない。
人体の構造が頭に入っているのならば、それを崩してやればいいだけ。
魔族の槍の突きに合わせて体を捻り、剣を振るう。
4度。
「見事」
「やりますね」
一度の突きに対して、私の4度の剣戟は、魔族の男の四股を完全に機能不全にした。
しかし、完璧に避けたと思った突きは、私の鎧の一部を斬り裂いていた。
「少し魔法の効果を受けていたみたいですね」
発動された瞬間に『恐魔』という彼の魔法の内容は理解できた。
精神干渉系魔法の一種。
恐怖という感情を増長させる術式だ。
ビビれば負ける。
臆せば死ぬ。
だが、今、私の後ろには領主様が、シェリフ様がいる。
ならば、私の人生に何を臆する事があるというのか。
「よくやったリラ」
あの時よりは、少しだけマシな顔でシェリフ様はそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます