第240話 来訪者
その日、ギルドを訪ねてきたのは岩山の国の染織師だという女だった。
職能ギルドはまだ専科できるほどの人員が足りていないため役所が代行している。正しくは役所業務が各職能ギルドに委託されているのだが気にしている者は少ない。
「残念だが染めの仕事は今少ないよ」
もう少しすればタイルを染めたいなどの依頼も出る余裕が出るだろうが、今はない。
「えっと、その、迷宮素材を確認したくて」
しどろもどろで呟く女にこちらは「ああ」と納得する。
「冒険者ギルドにも顔を?」
「あ、はい」
「探索者が増えるのは町としてありがたいですね」
旅装の女は照れたように「はい」とだけ返してくれる。専門職系の人には時折り彼女のように対人が不得意な者もいるものだ。鍛冶屋の親父や薬師のおっさんには頑固者が多いし、武闘派脳筋界隈にもそういう層はいる。どの界隈にも専門バカはいるものだ。うちの嫁もそうだがそこがまたイイんだ。うん。
「宿は決まってますか」
「いえ、知り合いを訪ねてから決めるつもりです」
「それでは紹介もあるだろうけれど、有料だが長期短期とも宿泊斡旋もあるので困れば夕方までにもう一度どうぞ」
町を訪れた旅客にはあまり悪い印象を持ってほしくもなく、念の為に案内をだしておく。人の出入りが多過ぎて安全確保は時に難しいのだ。
「ありがとうございます」
頭を下げた彼女は切り出し難そうに口元を動かす。
「なにか?」
促せば意を決したように顔を上げた。
「ハインツ錬金工房は近いのでしょうか?」
「ルチル君の錬金工房ならふたつ筋むこうですよ。ただ今はクノシーに出掛けて留守にしていますが」
うちの娘と一緒に出掛けているよ。
「すれ違ったみたいですね」
少し心細そうな様子に重ねて宿の希望は短期か長期かを問うてみた。
「少なくとも夏の期の間は迷宮素材を調べたいと」
「なら中期滞在用の未使用工房の貸出しがありますよ」
「工房?」
「ああ。いくつか再建中でしてね。ただ使ってくれる薬師やらの職人はまだ集まっていません。使わなければ建物はいたむので今なら格安で貸せるんですよ」
ルチル君の工房のそばも空いていたはずだしね。
「でも、賃貸料……」
「ああ、探索にもいくんでしょう? なら素材の販売もできるだろうし、加工品の売り出しも期待していますよ。もしよければ工房としての不具合を報告して貰えればありがたいですしね」
試供品でも楽しみだし、工房再建に関してはギルド関係者がティクサーに到着していないこともあって参考意見が欲しいのも事実だ。宿をとるより工房一期貸しの方が自炊の手間はあるがこの手のお嬢さんには安く、安心できる可能性が高い。ルチルくんもじき帰ってくるだろうし。
雑務を兼務している職員に工房までの案内をしてくると伝える。
「困ったことがあれば役所のマーカス。私に話を持ってきてくれればいくらかはなんとかしてみせよう。お嬢さん」
ルチル君にはネアが世話になってるしな。
恩を売っておいて損はないだろう。
「マーカス……さん」
ん?
「あ、いえ、あの、年のはなれた妹さんとか、その、おられます?」
「ん? 六つはなれた妹はいますが?」
王都で婿をとった話を三年前くらいに聞いたはずだ。
「あ、いえ、その、知り合いに、ネアちゃんという子がいて」
「ネアは娘ですが」
お嬢さん、オルガナ嬢は岩山の国でネアと過ごしたらしい。
岩山の国を旅程になぜ入れたタガネくん!!
岩山の国は奴隷制度をもつ男尊女卑が激しい、むしろ旅行客でも時には売り飛ばしてしまうような倫理観の国でもある。
ネアによくしてくれたのだろうと思えるこのお嬢さんのことは贔屓しようと心に決めた。
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