第236話 雑談と散策

 結局。

 この日は特に依頼を受けることなく、町をぶらつくことになったネア・マーカスとティカちゃん、弟くんですよ。

 お弁当を持たされてぶらつきますよ。

 砂っぽい石畳。石を積んだ上から粘土っぽいものを塗った建物の壁。朽ちかけた木造建築は解体中。

 町は今変わっていっている真っ最中です。

 ドキドキもするんですが、ちょっとだけしんどくもあります。増える雑踏が苦手なのかもしれません。他所の町なら平気なのにな。

 まばらだった木々や下草もちゃんと刈らなければすぐに鬱蒼としてしまうと新しい町の人たちが語り合う横を通り過ぎていきます。昔は、いえ、春頃は町中を歩いても人と会わないことはザラでした。

 今は、ちょっと外に出ればすぐ誰かを見かけます。人がいないと思っても人の気配がとても近い。人の声や行動音が絶え間なくあります。

 たぶん、これが町が息を吹き返しているということなんだとは思います。いいことです。

 マコモお母さんもグレックお父さんもマオちゃんもハーブくんもいる家族関係は心地良いし、ティカちゃんは大好きです。

 なにも、問題はありません。

 そのはずです。

 ただ、私の無知を補っていく必要はわかっています。

 年を越えるごとに細くなっていっていた木々はいまや幹を太く、青々と夏葉を広げています。通り過ぎていく風すら力強さを思わせて。

 ここは、ティクサーです。

 間違いなく。

 大地が豊かであることはいいことです。

 人が多く活気があることはいいことです。

「ネア?」

「私、悪い子だ」

 どうしてだろう。

 いいことだってわかってるのに。

「は? なぁに。いきなり」

「だって、町が」

 町が元気になって。

「町が?」

「活気を持つのはいいことなのに、私はうれしいのに嬉しくないんだよ」

 あの、滅ぶしかない諦観の漂う空気を恋しく思っているのだ。

 その空気を感じられなくて、ここを居場所と感じられなくなる瞬間がくるのだ。

 これは、悪いのは私だ。

「はぁ。何かと思ったわ。ネアがこの町を好きだって話なわけね」

 は?

 いや好きだけど?

 え?

 好きなら発展を喜ぶべきだよね?

「別にいいでしょ。ネアは静かだったこの町を好きだったから変動期で活気付いている今の町を好きになれるか不安なんでしょ。元住民かもしれないけど私も含めて余所者いっぱいだし」

「町を一緒につくっていくんでしょ?」

 同じ町の住人だもの。

「あまーい。いいことネア。群れた新入りに居場所を奪われる先住者なんてよくある話なの。親切には親切が返ってくるとは限らないわ。むしろ、軽んじてくるヤカラもいるんだから」

 ピッと指を立ててティカちゃん力説。

「とーくーに、一定の年齢のお山の大将的男の子たち! それぞれはやさしいとこあっても群れるとダメね!」

 何か、ティカちゃんには思い出がありそうです。なにか、あったのって聞いたら「なにもないわよ」となんかあったんだなと思わざるをえないお返事をもらいました。

「姉さんはたまには静かな時間がほしい感じなんだね」

 弟くんの言葉に私はよくわからないなりにそうかもとこぼしておいた。

 そっか。この町を嫌いなわけじゃないんだ。

 前の状況を好きでいてもいいんだ。

 あのどーしよーもないさびれて落ちていくような空気が、うん。好きだったんだ。

 時々おなかはすいたけど、居心地がよかったんだ。

「新しく変わっていくティクサーも好きでいられるといいわね。まぁ、警備隊員さんに困った人たちがいるのがすでにわかっているのがナンだけど」

 何気ない仕草で髪を捻って弄びながらティカちゃんが視線を逸らす。

「私だってネアにとっては異物な余所者よ。騙そうとしてるかもしれないのよ?」

 は?

「ないに決まってるでしょ。ティカちゃん大丈夫?」

「ちょ! ネア! だいじょうぶってなによ! どーゆー意味よぉ!」

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