第215話 クノシー六日目猫はただしい

 工房内は穏やかなブラウン基調。高い天井。目立つのは窓の存在を許さない巨大な書架。灯りはどこか愛嬌のある作り物の猿が抱えている林檎型のランプ。いくつかテーブルも兼ねていそうな透明なケースに並べられたおそらく商品。直接は触れないよう配慮されているようですね。本棚前で感情の起伏を激しくさせているルチルさんからちょっと目を逸らしているネア・マーカスです。

 本棚から本を抜きとり設置されている椅子で読もうと移動すると、ルチルさんの手の中にあった本が崩れ落ちます。

 崩れ落ちては嘆き、本を開いて歓喜の声をあげる。繰り返すルチルさんにティカちゃんもちょっと困惑顔ですよ。

 ルチルさん、本当に錬金術好きなんだなぁとは思います。

「ここ、迷宮内なんだがなぁ」

 呆れ果てたようにぼやくドンさんの感じ方はティカちゃんに安心感を与えるようですよ。

「本棚前で読む分には本崩れないわ!」

 喜びの声をあげるルチルさん。

「特にめぼしい拾い物はなかったね。わけのわからない錬金工房そのままだし、なにか採取しようにも持って歩くと崩れ落ちやがる。クッソつまらないよ」

 吐き捨てるイゾルデさん。たぶん、敵が少なくてイライラしているようですよ。

「拘束系の罠である可能性もあるから注意しておくように。ハインツ、我々は他の場所も調査してくるが、ほどほどに切り上げるように」

「あー。そうね。わかっているわ。わかってはいるわ。頑張って切り上げるからちょっとだけ許してネぇ」

 ええ。そうなんです。目的地はまだ先なんです。実質ここも安全区画ですよね。スライム(地域清掃員)とか烏(町に植えられている樹木に巣を作っている)、幻影を見せる鱗粉を撒く幻影蝶、水路を駆けるちょっと大きなネズミ。ひなたでくつろいでいる猫くらいでしょうか。

 あ。猫ですよ。猫。

 私くらいなら乗って移動できそうなくらいの大きさの猫ちゃんですよ。

「わぁ。ふかふかでかわいいらしい感じだぁ」

 ブラッシングしてあげたい!

 あ、ブラッシング用のブラシ持ってないや。

「え?」

 きょろりとドンさんが私の視線の先を追って固まる。

「イゾルデ、でかいのいるぞ」

 落とした声で伝えれば警備隊長さんも警戒体制だ。

 その気配を猫ちゃんも察知したらしく耳が不自然に動いた。

「モリヤマネコは弱った冒険者を甚振るタチの悪い魔物だ」

 あ、狩った獲物をいたぶるのは猫の習性ですよね?

「かわいいと思ったとしても敵性の魔物である以上油断はしないように」

 そっかー。まぁ、そうだよね。うん。撫でたいし、ブラッシングしたい。今度、エリアボス蛇に頼んでみよう。


【エリアボス蛇に拗ねられませんか? それ】


 え?

 ええ?

 エリアボス蛇をかわいいと思うのと猫撫でたいは別枠の話ですよ?

 ティカちゃん大好きとマオちゃん大好きが両立するように。どっちも好きなんですよ?

 襲ってこない限りは戦闘を避けて町を抜けるルートを確認します。

 おんなじような町並みで建物に入って出てくると方向がわからなくなりますよね。

「あっちから来たよね?」

「ネア、逆」

「だって、差がわからないよ」

 ティカちゃんはなんらかの差を見出し、判別しているようです。

「あそこは雑貨屋さんで隣は刃物の研ぎ屋さん。こっちは代筆屋さんの看板が出てるでしょ」

 看板?

 ティカちゃんが指差すのは建物の壁面に貼り付けられたちょっと色の違う板。羽ペンの絵。ナイフと石の絵。ピクニック籠の絵がそれぞれ描かれています。

 絵でわかる看板すごいですね。

「錬金術工房はフラスコが描いてあったわよ?」

 えー。見そびれましたよ。

「普通にクノシーでも、ティクサーでもこの看板は変わらないわよ? 興味ないから意識していないだけでしょ。ネアはお店の雰囲気だけ見てたのね。絵看板は見て損はないわよ?」

 警備隊長さん曰く、入り口に絵看板を置くのは開業条件だそうです。税金の関係だそうですよ。お店するなら覚えていなければならないそうです。(行商にはいらない)

 気がつけば、イゾルデさんがモリヤマネコに喧嘩を売りにいって逃げられていましたよ。猫が去ってしまった。

 雑貨屋さんに鳥馬用のブラシがあったので、小銀貨一枚をブラシがあった場所に置いてみました。小銅貨は消えず、ブラシは消えました。

 スライムの魔核を置けば魔核が少し色が薄くなった気がしたのでもうひとつ追加します。ブラシのいくつかが色を変えましたよ? 魔核をもうひとつ追加します。欲しいブラシも色が変わったので手に取ります。魔核が消え、ブラシは手元に残りましたよ。

「ティカちゃん! 魔核でお買い物ができます! ルチルさんに教えてあげないと!」

 クノシーもどきの町。

 買えるものと買えないものがあることがわかりました。

 本は買えない物だったため、ルチルさんは期待したぶん嘆いていました。えっと、ごめんなさいね。

 買えるのは雑貨品とちょっとした武器防具でした。

「ダメになった武器が買えるのは助かるわね。必要魔核はそれなりに必要みたいだけど」

 イゾルデさんはそれなりにいい防具を買えたらしくご満悦でした。

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