第2話 巫女の女の子の話

 日本ではないどこかの集落にいた。

 集落の中でも一番広い一室で、髪に綺麗な飾りをつけられ、綺麗な衣装を身に纏い、首飾り、ブレスレット、次々と付けられる女の子がいた。婚礼の準備ばりの豪華さだ。

 だとするなら身支度を手伝っている皆は楽しげな顔をしているはずなのに、彼女の支度を整える女性達は皆神妙な顔をしていて、着飾っていく彼女を見守っている母親らしき人はしゃくりあげるほど泣いていた。それはどう考えても悲哀のこもっていた涙だった。けれど彼女は穏やかに笑っていた。

 彼女は何かの人柱になることを知っていた。決まる前から漠然と分かっていて、だから周囲よりも落ち着いていたのだ。

『大丈夫、私が行けば、全てがうまくいくよ。』

 泣き続ける母へそんな言葉が浮かんだが、母親には何も言わなかった。それを言っても何も慰めにならないことをわかっていたから。

 準備が終わると外に連れ出される。動きづらい服装だから歩幅もゆっくりで誰かに付き添われなければうまく歩けなかったのだ。

 道中、村人らしき人たちが脇に列を成して彼女を見ていた。皆申し訳ないような顔をしつつも安堵の表情を浮かべて、器用な表情をしていた。その人達を眺めながら、彼女は歩いていく。笑いながら、穏やかな気持ちのまま。

「どうしてもいってしまうのか。」

 人が途切れた道半ばで、同じ年頃の少年が呼び止めた。異国の言葉のようなニュアンスなのに日本語変換された。夢の補正というものだろうか。そして彼だけは表情が怒りと、悲しみとが混ざっていた。

 少年の問いに対して彼女はまた、何も言わなかった。彼に向かって笑顔を見せただけだった。

 彼女を見た少年の顔は、もっと悲しそうで悔しそうな表情に歪んだ。片手にはどこかで摘んできた花束が握られていて、もう摘んでから随分経っているのと握った力が強いせいか、すっかり萎びていた。

『大丈夫、村の人も、あなたも、ちゃんと幸せになる。』

 思ったことを告げたとしても、彼の表情はきっと変わらない。彼女はそう思って、花束を持ったまま立ち尽くしている彼の横を通り過ぎた。

 付き添いの人と、彼女の足がある場所で止まった。短い草が点々とある赤茶の大地の一部分に、深い穴が掘ってあった。覗き込めば人一人分がちょうど収まる分厚い棺が埋まっていた。

 迷いなく彼女は穴の中へ降りて棺に横たわった。それを確認するように付き添いが覗き込んだ後、すぐに蓋が閉められた。

 何も聞こえない、何も見えない、完全な真っ暗闇に覆われた。蓋は石のような素材で出来ていて穴らしきものもなかった。彼女は胸の前で腕を組んで、そっと目を閉じた。

『悲しくも怒ってもない。こうなるってわかっていた。この役目が私じゃないと、救われないこともわかっていた。』

 酸素がなくなって、どんどん息が詰まっていく、苦しくなっていく。

『ああ本当は、本当は死にたくはなかった。』

 息が止まるような苦しさと、ほんの少しの我儘が交差したところで、私は夢から覚めたのだった。

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