第59話その頃琴音は
榊本家の屋敷
「店には戻らなくていいのか?当主様が見張りを置いてるとはいえ、何日も店を開けないなんて事になったら客が来なくなるぞ」
「うっさい。これも店を守るためにやってる事。私が強くなれば千夜もそれに合わせて強くなってくれる。今は私が育つの待ってくれてるのよ。なら、少しでも強くなって千夜と同じ領域に立たないと」
「けどなぁ…だからって寝ないのはどうかと思うぞ?少しは休憩しろよ」
私は今、榊本家の屋敷で猛特訓をしてる。
最近千夜の探索者活動が消極的になってるらしい。
まあ、暇があれば私のところに来て色々とお世話してくれてるんだから、ダンジョンに潜ってる暇なんて無いんだけどさ。
それより前から千夜の活動が消極的になってるらしい。
今活動してないのは分かる。
私がお母さんに絶縁宣言した事で出来た心の傷を治す。私とお母さんのメンタルケアで忙しいから。
でも、遡れば一ヶ月以上前から徐々に消極的になってる。
一ヶ月以上前というと、丁度私が探索者になった頃。
私は『打倒千夜』を目標にしていて、千夜はその事を知ってる。
そして、私ともう一度本気で戦いたいらしい。
でも、自分も鍛えてたらなかなか実力の差が縮まらない。
だからあえて鍛えず、私の教育に力を入れてるんだろうね。
そうなると、私が強くなるまで千夜は強くなれない。
「私は千夜のためにも止まれないのよ」
「そうか?休むことも立派な訓練の一つだと思うけどな」
「…分かったわ。コレが終わったら一時間だけ仮眠を取る。それでここ二日の疲れは取れるでしょ」
私は別にショートスリーパーではないけど、一時間も寝れば十分体力が回復する。
コレを早めに終わらせて榊が使ってる、ふかふかの布団で寝よう。
…別に眠たかった訳じゃないんだよ?
私は二徹したくらいで起きてるのが苦痛なほど眠たくなったりしない。
決して、そう、決して!眠たい訳じゃないから。
勘違いしないでね。
「お前、急に眠そうになった、ぐはっ!?」
「余計なこと言うな。お前なんか四六時中眠そうな顔してるぞ」
「しれっとdisらないでくれよ…」
バカが余計なことを言ってきたので、殴って黙らせておいた。
決して、眠たくて気が立ってる訳じゃないよ?
にしても、小次郎叔父さんってどうしてこんなに中途半端に強いんだろう。
「ん?どうした、そんな眠そうな目で訝しげな表情浮かべて」
「もう一回殴った方がいい?」
「遠慮しとく」
こんな適当でよく爺さんに認められたな。
私なら絶対捨てるわ。
「一つ聞きたいんだけどさ」
「なんだ?」
「小次郎叔父さんって、どうしてそんなに中途半端に強いの?」
あっ、傷口を抉っちゃったかな?
小次郎叔父さんがめちゃくちゃ複雑そうな表情をしてる。
「中途半端……まあ、変に強いけど……中途半端って」
謝った方がいいよね?
私のせいでああなってるんだし、精々口頭で謝罪するくらいはした方がいいはず。
「ごめんなさい。ちょっと言い方が不味かった」
「いや、気にすんな。確かに俺は中途半端に強い。これは、元々俺の家系が教授だからだ。戦闘専門じゃないから、榊の血の中に流れてた武の才能が中途半端に開花した結果だな」
「なるほどね…こんな残念な開花のしかたもあるのか…私に起こらなくて良かった」
こんな残念な才能の開花のしかたはゴメンだからね。
自分がいかに恵まれているか再確認するいい機会になった。
…ちょっと眠たくなってきた。
「眠そうだな。一人で行けるか?」
「行けるっての。…変な事したらぶっ殺すから」
「姪っ子に欲情するような変態じゃないから安心しろ」
眠気が限界を迎えた私は、潔く寝に行くことにした。
一回寝たらしばらく起きられない気もするけど、そんな事知るか。
私は倒れるようにふかふかの布団に転がり、秒で寝た。
◆
「……ハッ!?今何時!?」
「午後九時だ。よく寝てたな」
五時間も寝てたのか…ちょっと寝すぎた。
私はまだ眠たい目を擦りながら、起き上がる。
「また行くのか?そのまま寝てればいいのに」
「ここで寝たら次は朝まで起きられない気がする。それに、私の戦い方は夜闇と相性がいいから、夜も特訓したほうがいいの」
私が小次郎叔父さんの制止を聞かずに襖を開けると、意外な人物と目があった。
「えっ?琴音!?」
「千夜!?どうしてここに…」
何故かここにいた千夜と目があい、お互い困惑する。
「どうしたの…琴音が榊に来るなんて珍しい」
「えーっと、ここで色々と特訓しててね、それで店を開けてなかったんだよね」
「そうなんだ…それで来なくていいって言ってたのか」
まさか千夜がここに来るなんて…しかも、よりにもよって今。
千夜に隠れてこっそり鍛えるはずが、こんなに運の悪い事なんてある?
「…ごめんね、来ないほうが良かったかな?」
不味い…顔に出てたかな?
なんとかして誤魔化さないと…
「えっ?ぜ、全然そんな事ないよ!それに、いつ来るかなんて千夜の自由だし」
「絶対良くなかっただろ、ぐえっ!?」
「お前はちょっと黙ってろ」
私が余計なことを言った小次郎叔父さんを拳で黙らせると、千夜は苦笑いを浮かべて困った顔をしていた。
だよねー、このやり取りを見てたら来ないほうが良かったって思うよね。
どうしよう、なんとか話をそらして誤魔化さないと。
「そう言えば、千夜はどうしてここに来たの?」
「あっ…えーっとね…その〜…まあ、色々」
えっ?なに?
そんなに知られたくない内容なの?
すんごく気になるけど、千夜が知られたくないって態度取ってるんだし、触れないでおこう。
「う〜ん…でも、琴音にも来てもらった方がいいのかな?……いや〜、でもなぁ」
「えーっと…もう行っていい?」
「あっ!待って!もしかしたら琴音にも来てもらわないといけないかも知れないから」
えぇ…
普通に気になってきたんだけど。
場合によっては私が行かないといけないかも知れない?
それって私がいないといけない話なのでは?
「じゃあ私もついてくよ。爺さんはまだ起きてるみたいだし」
「いや、私が話したいことがあるって連絡してたから起きてるんだと思うよ」
「事前に連絡とは…どっかの破天荒母娘とは訳が違う、イテテテテ!?」
私はまたしても余計なことを言った小次郎叔父さんの右腕をありえない方向に曲げる。
「何回言ったら分かるんですか?私は何度も余計なことを言うなって警告してたんですけどねぇ?」
「す、すまん!俺が悪かった!だから離して、イテテテテ!?」
「このまま両腕へし折ってやるよ」
私が腕をありえない方向に曲げていると、千夜が私を落ち着かせようとしてきた。
「まぁまぁ。それくらい許してあげようよ。ね?ね?」
「…でも、コイツは悪意ありで私の事を侮辱してきたよ?二度とそんな口利けないようにするために、しっかり体に教育しておかないと」
「だとしてもそれはやり過ぎなんじゃ…」
「ぐああああああ!!俺が悪かった!!許してくれえぇぇぇ!!!」
ふ〜ん?
ちゃんと謝るのか…だったら許してあげても良いかなぁ。
「いいよ、私は優しいから許してあげる」
「ほ、本当か!?」
「ええ。腕一本で許してあげるよ!!」
「えっ?はっ?……ちょっ、やめ、ああああああああああああああああああ!!!!」
私が思いっきり力を入れると、人体から聞こえたら不味い音と共に、小次郎叔父さんの腕がありえない方向に曲がった。
「痛ぇ…二重に痛ぇ…」
「仕方ないじゃないですか。あのままポーションを使ったら、腕が変な方向に曲がったまま治りますよ?」
私が小次郎叔父さんの腕を曲げたあと、千夜が小次郎叔父さんの腕を治してあげていた。
あのままポーションを使うのは不味いから、腕を正常な方向に直してからポーションを使う。
つまり、力技で小次郎叔父さんの腕を曲げ直して、ポーションを使うってこと。
もともと苦しめるつもりだったけど、予想外のダメージがあったもんだね。
「あとは放置しておけばポーションの効果で治りますよ。安静にしててください」
治療を終えた千夜が私の方へやって来て、ニコニコしている。
…これは、怒っている時の顔。
「えーっと、どうして怒ってるの?」
「どうしてだと思う?琴音なら分かってるんじゃないかな?」
別に千夜には関係ないんだから、わざわざ首を突っ込まなくてもいいのに…
「ん〜?」
「な、なに?どうしてそんな目をしてるの?」
変なところで勘を使わないでよ…絶対怒られるやつじゃん。
私は諦めて溜息をつくと、正直に話した。
「やり過ぎだって怒ってるんでしょ?あと、私が余計なことを考えたから」
「よく分かったね。じゃあ、後でお話しようか?」
千夜はニコニコしながら私の肩に手を置いてきた。
逃してはもらえなさそう。
「あの、神科様?」
「あっはい。どうしました?」
「当主様の準備が整いました。どうぞこちらへ」
やっと準備が終わったのか。
…そう言えば、私もついてくって言ってたような気がする。
変なこと言わないでよ、千夜。
私は千夜が爺さんに変なこと言わないかビクビクしながら、千夜の後をついて行った。
「当主様、神科様と琴音様をお連れいたしました」
「入れ」
案内役の女性が襖を開けてお辞儀したあと、道を開けてくれた。
千夜は礼儀正しいお辞儀したあと中に入る。
…私も一応お辞儀しとこう。
「こんな時間に話したいこととは…そんなに深刻なことか?」
「はい。コレを見ていただきたいのですが」
千夜は空間収納から大きめの封筒を取り出して爺さんに渡す。
封筒の中身を見た爺さんは眉を顰めたあと溜息をついた。
「あいつならするだろうと思ってはいたが……これは、誰が用意したものだ?」
「琴歌さんが自力で用意したそうです」
「そうか…」
爺さんは封筒を何故か千夜ではなく私に手渡してきた。
千夜の方を見ても、『中身を見ろ』という視線を送られるだけだった。
仕方なく中身を確認して、私は頭が沸騰しそうになった。
私は封筒を千夜に返し、おもむろに立ち上がる。
「どこに行く気?」
部屋を出ていこうとする私の腕を掴む千夜。
私は殺意を隠そうともせずにこう答えた。
「あのクソ親父をぶっ殺しに行く」
私の殺気に当てられて何人かが息を呑む音が聞こえた。
千夜も吹き荒れる私の殺気に冷や汗をかいており、私の腕を掴む力が強くなった。
「行かせない。それに、琴歌おばさんはこの人の不倫を許してるから」
「…」
不倫を許す?
お母さんがそんな事をするはずがない。
千夜の適当な嘘か…よし、殺しに行こう。
「待って!本当だから。本当に琴歌おばさんはあの人を許してるの。あの人もある意味被害者だって」
「…本当にそう言ってたの?」
「言ってたよ」
…お母さんは昔、お父さんの事を本気で愛してた。
私と仲良くなってからは疎遠になって、お父さんもお母さんに対して興味を失ったらしい。
疎遠になる前の記憶がお父さんを許してるのかな。
「分かった。アイツは殺さないでおく」
「はぁ…良かった」
千夜が分かりやすく安心してる。
私なら本気でやりかねないから普通に怖かったのかな?
「琴音。お前は和樹を許せるか?」
「…許せないです。確かにお母さんはお父さんの事を本当の旦那のように頼ってました。ただ、それは精神的に余裕が無いときだけで、最近は余裕が生まれてある種の自立をしてました」
「自立か…確かに琴歌は誰かに依存しがちだ。そして、おそらく未だに自立はしないぞ?」
え?
お母さんが自立してない?
でも、今はお父さんに依存してないし例え私に依存していたとしても、距離を置いてるから依存出来ないはず。
「少し前までならまだ納得出来ますけど、今は私含め誰にも頼る事が出来ないので少しは自立してると思います」
「そうか?…隣を見てみなさい」
隣?…千夜の事か?
私が千夜の事を見てみると、千夜は冷や汗をかいて目を泳がせていた。
…まさか、お母さんは千夜に依存してるの?
「千夜?」
「…」
千夜は聞こえていないフリをして乗り切ろうとしている。
そう言えば、この話を持ってきたのは千夜だ。
つまり、私や爺さんより先にお母さんがこの不倫の証拠を持っていたという事を知ってる。
そして、この証拠を爺さんに見せてほしいとお母さんに頼まれて……
「千夜、お母さんは今どこに居るの?」
「えーっと…まだマンションに居るんじゃないかな?」
「分かった。じゃあ、今からマンションに行ってお母さんを保護してくる」
私が立ち上がろうとすると、千夜が私の両肩に手を置いて首を振っている。
そして、私を無理矢理座らせてきた。
「じ、実は、ちょっとお手伝いで今私の家に居てもらってるんだよね。だから、今は私の家に居るの」
「分かった。じゃあ、今から千夜の家に行ってお母さんを連れ戻してくる」
私が立ち上がろうとすると、肩に置かれた手に力が入り、私が立とうとすると邪魔してくる。
千夜は私に行ってほしくないらしい。
「その、今会いに行くのは不味いと思うよ?喧嘩して仲が悪くなってるんだから、下手に顔だしたら大変な事になるんじゃない?」
「大丈夫。しっかり説明すればお母さんも分かってくれるよ」
私がもう一度立とうとすると、また肩に置かれた手に力が入り、私が立とうとするのを邪魔してくる。
「まだ何か不満があるの?」
「えーっと……その〜……ごめんなさい!!」
千夜はようやく正直に話す気になったらしい。
冷ややかな視線を向ける私の事を涙目で見ながら、話し始めた。
「実は、昨日から琴歌おばさんをうちで保護してるの。久しぶり様子を見に行ったらコレを見せられて…その後そこそこお金が入った茶封筒を渡されて、『金払う、だから私を匿ってほしい』って言われて…」
「それで保護しちゃったと?……とりあえず、お母さんには話があるから後で千夜の家に行ってもいい?」
「う、うん…」
ちょっとお母さんに話したいことが出来た。
色々聞いたり、言ったりね。
私は早めに話を終わらせて、千夜の家に向かった。
◆
千夜の家
「確かにお母さんの気配があるね」
「そうだね……で、どうしてそんなに殺気立ってるの?」
千夜の家にやってきた私は、お母さんの気配がすることを確認して少しだけ殺気立つ。
千夜が何か聞いてきたけど、別に興味ないから無視。
当たり前の事のようにドアを開けて家の中に入ると、気配を辿ってお母さんを探す。
すると、お母さんが奥の部屋から出てきた。
「琴音…」
「久しぶり、お母さん。早速で悪いんだけどね…」
私が軽く挨拶をして、友達に気安く話し掛けるように頼み事を言い掛けて、わざと止める。
そして、もろに殺気を出しながら、
「とりあえず殴らせろ」
その言葉と共に本気のパンチをお見舞いする。
当然、殺気の見え見えなパンチなんてお母さんには当たらない。
驚きつつも身軽に体をよじって躱すお母さん。
しかし、避けることを読んでいた私は、お母さんが避けてきた方向から強烈な蹴りを放つ。
「ぐっ!?」
背中から思いっきり蹴られたお母さんは、その勢いで吹き飛ばされて壁に激突する。
「何してるの!?」
私が突然攻撃を仕掛けたのを見て、千夜が悲鳴のような声を上げる。
…そう言えば、ここは千夜の家だったね。
ここで暴れるのは不味いか…
「表に出てよお母さん。話したい事が山程あるんだからね」
私は親指で外を指してお母さんを呼ぶ。
よろよろと立ち上がったお母さんの顔には、以前のような覇気は無く、何もかもを失った人のような顔をしていた。
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