第58話千夜の神条母娘介護 〜琴歌保護2〜

翌朝


午前五時半に鳴るように設定されていた目覚まし時計が、私を毛布の中から引きずり出した。

今日も学校がある、お弁当の準備をしないと。

そう思って、まだ眠たい体でふらふらと洗面所に向かう。

顔を洗って目を覚まさないと…

眠たい目を擦りながら洗面所に辿り着いた私は、顔を洗って目を覚ますと、あることに気付いた。


「台所に誰かいる」


何となく予想は出来ていて、理由も分かっているが可能性は二つ。

侵入者か琴歌おばさん。

家に誰か入ってきて台所で何か悪さをしているか、琴歌おばさんが朝ご飯でも作ってるか。

まあ、多分間違いなく恐らく100%後者だろうけど。

だって、客人用の寝室に琴歌おばさんの気配がなくて、台所にあるんだもん。

私が警戒心皆無で台所に向かうと、やっぱり琴歌おばさんが朝ご飯を作っていた。


「おはよう千夜ちゃん。お弁当はもう出来てるよ。朝ご飯はもうすぐ完成するから待っててね」


流石琴歌おばさん。

琴音から聞いてたけど、見た目ややってる事の割に家事が出来る。

特に凄いなと思うのが、朝から一汁三菜を用意出来るって事。

食卓には焼き鮭とおひたしと漬け物が置かれてる。

味噌汁はもう味噌を入れるだけという所まで来ていて、ご飯も炊けてる。

…琴音はこんなに素晴らしいお母さんを追い出したのか。


「ご飯よそっておきますね」

「ありがとう。うちのバカ娘と違って気が利くわね」


バカ娘…ここに来てちょっと元気が戻ってきたのか。

にしてもバカ娘か…琴音が聞いてたら怒りそうだなぁ。


「琴音ったら何も手伝ってくれないのよ?たまに気が向いたらやってくれるんだけど、基本家事は私に任せっきりだからね。まあ、最低限の家事は出来るから一人暮らしをさせても問題ないんだけどね」

「確かに琴音って最低限の家事は出来ますね。細かいことはやらないみたいですけど…」


店頭の掃除は毎日欠かさずやってるみたいだけど、生活空間の掃除は適当に物を片付けたり、埃っぽくなったら掃除機をかけるくらい。


「割と適当なところが目立つから、結婚したら家事の事で千夜ちゃんと喧嘩しそうね」

「するでしょうね。私は若干完璧主義の一面があるので、あの適当な性格に腹立つ事が何度もありました」


私は何事にも手は抜きたくない主義だからね。

これはよくある完璧主義の要素なんじゃないかな?

まあ、誰かに剣術を教えたり格下と模擬戦をするときは場合に寄っては手加減してあげる事もあるけど。

特に、琴音と剣の模擬戦をするときはある程度手を抜いてる。

琴音は誰かの技術を見て盗むのが得意だから、私の技術を盗ませれば成長が加速するんだよね。

少しでも早く私と同じ領域に立ってほしいから、私も色々と工夫してる。


「まあ、喧嘩が出来るのは良いことよ。お互い無関心に比べれば遥かに素晴らしいわ……でも、琴音を見捨てないであげてね?」

「分かってますよ。私が琴音を見捨てるなんてありえません」


こういう時は、曖昧な返事は禁物。

多少盛ってるように聞こえても断言した方がいい。

琴歌おばさんは料理に集中していてこっちを見てくれないけど、多分喜んでる…はず。

それからは話す事が無かったからテキパキと朝ご飯の用意をして、琴歌おばさんと一緒にご飯を食べた。






「本当に任せていいんですか?」

「ええ。千夜ちゃんは学校があるから朝から忙しいでしょ?私は無職だから時間は有り余ってるの。家事は済ませておくから、ゆっくり準備でもしてて」


朝ご飯を食べ終わり、食器洗いをしようとすると、琴歌おばさんが『やってあげる』と言い出した。

客人に家事をさせるのはどうかと思い、なんとか説得しようとしてみたけど、琴歌おばさんの根気に負けて私が説得された。

確かに私は朝から忙しいけど、琴歌おばさんに任せていいのかな?

私が琴歌おばさんに任せていいのか悩んでいるのがバレたのか、琴歌おばさんはクスクスと笑ってもう一度私の事を説得してきた。


「気にしないで。これからここに居候になるんだから家事くらいしないとあれでしょ?これから沢山迷惑を掛ける事になるだろうから、家事くらいさせてくれないかしら?」

「うっ…分かりました。ある程度の家事は琴歌おばさんに任せます。でも、無理はしないで下さいね?」


無理をしてまで家事をする必要はない。

琴歌おばさんも元気そうに見えて、まだ心に傷が残ってるんだから大人しくしててほしいけど、本人がやりたいと言っているなら止めるわけにもいかない。

私は仕方なく琴歌おばさんに家事を任せて学校に向かった。




放課後


学校生活はいつも通りのボッチ生活。

誰とも喋らず一日を過ごした私は、武道場に来ていた。

琴音のお世話はいいのかって?

さっき電話で、『今日も店にいないから来なくていい』って言われたので剣道部の人達と暇潰ししてる。


「全員もう少し体の重心を気にしたほうがいいね。あと、全体的に体力と集中力が足りてない、欲を言えば相手の動きを見極めるって技術も欲しいけど、これは難しいから代わりに集中力を高めて相手の剣を警戒してね」

「えーっと…つまり、どういう事ですか?」


う〜ん、ちょっとざっくり言い過ぎたかな?

実践して見せたほうが早いか。


「じゃあ、剣道の大会に出た部長さん、ちょっと付き合って」

「神科さんに剣道の大会に出たって言われると、ものすごくショボイ事に感じるんですけど…」

「確かに初対面で一方的に虐め倒したのは反省してるけど…そこまで悲観しなくてもいいんだよ?」


私は入学して早々にある部活紹介の時に全員の前で、この部長さんをボッコボコのフルボッコにしたという、部長さんにとっても私にとっても黒歴史になるような出来事があった。

あの事に関しては本気で反省してる。

…まあ、これからやる事を考えると本当に反省してるのか?って思うけど。


「で、俺は何をすればいいんですか?」

「とりあえず私に向かって竹刀を振り下ろしてくれたらいいよ。面でも胴でも小手でもいいよ。横からでも下からでも上からでも、とにかく竹刀で私の事を攻撃してみて」


私は今何もつけてないから、普通は当たればヤバイんだろうけど、一般人の攻撃程度で私が傷付く事は無い。

そもそも一般人の剣が私に届くはずがないんだけど。


「分かりました。じゃあ行きますよ」

「うん。皆もよく見ててね?」


私が全員によく見ているよう言ったあと、部長さんが私に上段から竹刀を振り下ろした。

当然私はそれを軽く受け止めてみせる。

今度は下から小手を狙って竹刀が飛んでくるが、それも軽く受け止める。


「言い忘れてたけど、私の目をよく見ておいてね?」


私の目は最初は相手の方を見ているが、竹刀が動いた瞬間だけ視線をずらして竹刀を見る。

そこで竹刀がどこから飛んでくるかを確認するとまた相手の方を見る。

あとは竹刀が飛んでくる方向に竹刀を構えておけばいい。

これだけの簡単な作業。

数回打ち込んで貰ったあと、部長さんにお礼を言って座ってもらう。


「何か分かった人はいる?」

「えっと、目が凄い勢いで動いてました」

「それは普通のことだよ。剣道に限らずスポーツでは目は凄い速度で動くからね」


人の目は動くものに反応してすぐに目が動く。

これはスポーツではよくあること。

気付いてほしいところはそこじゃない。


「なんと言うか、ずっとこっちを見てませんでした?竹刀を見るのは一瞬だけって感じがしたんですけど」

「そうだね。もしかしたらあの振り方はフェイントかも知れないと思って、常に相手の方を向いてるんだよ。急に振り方を変えられると、動体視力を鍛えておかないと対応出来ない事もあるからね。例え反射で動いたとしても次の攻撃には対応出来なかったり」 


一瞬の判断ミスが命取りというのはよくあることで、私もよくそれを警戒してる。

だから、相手の動きをしっかり見るというのは大切な事なんだよね。

でも、部活で剣道をやってる程度の人にそれは難しい。

だから、飛んでくる攻撃をしっかりと見る集中力を鍛えて代用する。


「この技術は誰でも出来る事じゃない。だから、集中力を鍛えてもらいます。お風呂上がりとか、寝る前にネットで脳トレって検索して自分で鍛えてね。私はそろそろ帰らないと行けないから、あとはいつも通りの練習をしてて」


家には琴歌おばさんが居るから、いつまでもここに居る訳にはいかない。

竹刀を空間収納にしまい、カバンを背負って武道場を出た。




帰宅


家に帰ると、私の気配を察知して玄関までやってきていた琴歌おばさんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい。琴音の所には行かないの?」

「それが、今日も外出してるから来なくてもいいって…」

「…あの子、一体何をしてるのかしら?二日連続で外出するなんて」


そうだよね、心配だよね。

娘が夜遅くまでどこかに行ってるなんて、普通は怒鳴るところだけど今はそんな事を言える状況じゃないし。

何してるのか聞いてみようにも雰囲気があれだったし…面倒な事になってないといいんだけど。


「まあ、琴音の事だから千夜ちゃんを倒すために効率的に成長出来るダンジョンにでも行ってるんじゃないの?」

「かも知れませんね。…さて、琴歌おばさん。どうしてタバコのニオイがするんでしょうね?」

「えっ?なんのこと?」

「ふ〜ん?」


私が『信用してませんよ』という視線を送ると、冷や汗をかきながら目を泳がせた。


「今目が泳ぎましたね。やっぱり嘘ついてるんじゃないですか?」

「知らないわ。本当にやってないの」

「ふ〜ん?琴音は高校生になってからずっと我慢してるのに、琴歌おばさんは一日も我慢できないんですか?」


私がこんな意地悪な質問をすると、琴歌おばさんが分かりやすく顔を引きつらせてる。

手を伸ばしてニコニコしていると、ものすごく嫌そうな顔をしながら空間収納からタバコを取り出した琴歌おばさん。


「やっぱり持ってましたね。節約と今後の健康のためにこれからも控えて下さいね」

「善処します…」


がっかりしている琴歌おばさんを後目に自分の部屋に行こうとしたとき、あることを思い出した。


「そう言えば、お昼ごはんはどうしました?」


ここでまたコンビニ弁当とか言い出したら、禁酒禁煙させるんだけど…


「普通にお昼ごはんを作って食べたけど…」

「…嘘はついてなさそうですね。これに関しては偉いですよ」


コンビニ弁当やカップ麺を食べてないのは偉い。

この調子で食生活を改善しつつ、酒とタバコを控えさせないと。

後は、リラックスのために軽い運動や三十分くらいの昼寝とか。

やらなきゃいけない事は沢山あるね。

…ここに琴音の体調管理も加わってくるんだよね。

はぁ…どうして私がこんな事してるんだか。

私はチラッと私の手の中にあるタバコを見てくる琴歌おばさんを見て、額に手を当てて溜息をついた。

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