第57話千夜の神条母娘介護 〜琴歌保護〜

某高校


HRが終わり、教室にいる全員がかえる準備を始める。

友達と楽しく話しながら準備をする者や、既に準備を終えていて教室を出ていく者。

或いは、私みたいに誰とも話さず黙々と準備をして帰ろうとする者。

私は正直琴音のいない高校に興味はないから、友達とかは作ってない。

…おいそこ!ボッチって言うな!!

そもそも、私から近付いても逃げられるし、興味ない奴に話す事なんて無い。


「神科さん、さようなら」

「さようなら」


たまに話すクラスメイトが挨拶だけしてくれた。

友達はいないけど、話す人はいるよ?

この学校で私に話しかけてくれる人は三種類に別れてる。

一つは私の恩恵を受けようとする奴。

『英雄候補者』にして、史上最年少で『英雄』になると言われているこの私と仲良くしていれば、強力な後ろ盾になるだろうからね。

純粋な暴力だけじゃなくて、権力も少しは持ってるから、仲良くしていれば色々と恩恵が受けられる。

まあ、そんな状況になった事は一度もないけど。

二つ目は純粋に話してくれる人。

私と話す事に興味があって、普通に話しかけてくれる。

そういう人が多少居る。

私の事を特別扱いせず、一人の人として接してくれる優しい人達。

この人達には何度かコンビニで色々と奢ってあげたりしてる。

それで、最後の三つ目はというと…


「神科さん!このあと空いてませんか?」


私の居る教室に数人の男女が現れ、大きな声で私を呼んだ。

この人達が、私に話しかけてくれる三種類目の人達。


「ごめんなさい。今日もこれから琴音の所に行くからそっちにはいけないよ」

「そうですか…また明日来ますね!!」


いや、もう来なくていいのに…

彼等が誰かというと、この学校の剣道部の部員たちだ。

予定が空いているときに何度か剣道部に行って、剣を教えてたら毎日来るようになった。

正直面倒くさい。

剣道なんてスポーツ用剣術に興味は無いのに、やたらと擦り寄ってくるせいで断りづらい。

まあ、私に集まってくる理由も分からなくはないんだよ?

あの人達がプロ野球選手を目指してる野球少年なら、私はアメリカの現役メジャーリーガーだ。

そりゃあ集まってくるよね。

私に教えてほしい事が山程あるんだろうけど、私は琴音のお世話で忙しい。

あの喧嘩からもう二週間経つけど、琴歌おばさんが帰ってくる気配はない。

そして、あの二人の様子はかなり酷い。

琴音は自覚こそしていないみたいだけど、精神的にかなり追い詰められてる。

そりゃあそうだよね、私が止めはしたけど、今の琴音と琴歌おばさんの関係はほぼ絶縁状態だもの。

しかも、悲しさを必死に隠してる琴歌おばさんを無理矢理追い出して…少なからず罪悪感を感じてるんだろうね。


「琴音もあれだけど、琴歌おばさんはもっと酷かったなぁ」


一向に戻ってくる気配がないから、私の方から見に行ってみたら、それはもう酷かった。

明らかにやつれてるし、部屋の至るところに空になったお酒の缶や瓶が転がっていて、窓を開けているにも関わらず酒とタバコのニオイが漂っていた。

琴音にあんな事を言われたショックで、酒とタバコに逃げてる。

バイクの手入れはしっかりされていたけど、家事をしている気配は無かった。

物は散乱してるし、ごみ箱にはコンビニ弁当のゴミとカップ麺のゴミが詰まっていて、洗濯物も適当に干されてる。

唯一琴音のお父さんのスーツとシャツだけはしっかり干されていた。

もう一回見に行った方が良いかなぁ…流石にアレを放置するのは不味い気がする。

私はスマホを取り出して琴歌おばさんに電話する。


『もしもし』


電話越しに琴歌おばさんの弱々しい声が聞こえた。


「あの、学校帰りにもう一回寄ってもいいですか?」

『どうぞ。千夜ちゃんが来るなら、少しは片付けておかないとね』

「あっ、ご配慮ありがとうございます」

『気にしないで。それに、そんなに畏まらなくてもいいのよ?』


電話だとどうしても敬語が強く出てしまう。

別に悪いわけじゃないんだけど、しっかりと使い分けられるようにしておきたい。


『そうだ、学校まで迎えに行ってあげようか?』

「え?いいんですか?」

『変な噂が立ってもいいなら迎えに行ってあげるよ』


変な噂……確かに、琴歌おばさんに迎えに来てもらったら変な噂立ちそう。

明らかにヤバイ雰囲気の高身長女性が、大型二輪で学校まで来て私の事を迎えに来るんだもんね。

暴力団とか半グレとか暴走族とかと知り合いなのか!?って勘違いされそう。


「あー…歩いて行きます」

『そう?じゃあお茶でも淹れて待ってるね』

「はい、ありがとうございます」


私は電話を切って靴を履き替える。

何となくだけど、私の中にある榊の血が急げと言っている気がする。

こういう時は大抵何かある。早めに行ったほうが良さそう。

靴を履き替えて校舎を出た私は、琴歌おばさんの家に小走りで向かった。




マンションに着くと、琴歌おばさんが入口の前で待っていた。


「すいません、遅くなりました」

「いいのよ。さあ、上がって」


琴歌おばさんは私を快く部屋に案内してくれた。

ただ、前に会った時よりも遥かにやつれているような気がして、心配になってきた。

琴歌おばさんの部屋に来て、私が最初に渡されたものは封筒だった。


「これは…?」

「今週ダンジョンに行って貯めたお金よ。千夜ちゃんがお金に困ってない事は知ってるけど、受け取ってもらえないかしら?」

「はい…でも、どうして急に?」


琴音と仲良くしてるから?

お金を貰って仲良くするような関係じゃない事は、琴歌おばさんだって知ってるはずなのに…

すると、琴歌おばさんは机の上に置いてあった、大きな封筒を差し出してきた。

私がそれを受け取ると、フラフラと歩きながらソファに力無く腰掛けた。

中身を確認すると、十枚ほどの写真が入っていた。


「…これは?」

「その写真に写っている男は、私の旦那よ…琴音の父親とも言えるわね」

「…え?」


写真には、琴歌おばさんが旦那と呼んだ男性が若い女性とバーに入っていく姿や、楽しそうに話している姿、そして、ホテルに入っていく姿が写っていた。


「浮気…ですか?」

「ええ…でも、あの人はバーやホテルなんかには行かないわ。節約が好きだもの」

「?」

「無駄な出費を嫌うと言ったほうがいいかも知れないわね。わざわざ自分の給料を使ってバーやホテルに行かない。おそらく、私の旦那でいることで貰っているお金を使ってるんでしょうね」


それってつまり、榊からの支援金を他の女との関係のために使ってるって事?

お酒やタバコ、バイクとかにお金を沢山使う琴歌おばさんが負担にならないようにと榊が好意で渡している金を?

…ふざけんな。

何が旦那だ、ただのクソ野郎じゃないか。

私が怒りを隠そうともせず、封筒を握り潰していると、琴歌おばさんが優しく声を掛けてきた。


「あの人を悪く思わないでね」

「え?」


こんな事をされてるのに、琴歌おばさんはこのクソ野郎を許してるの?


「あの人もある意味で被害者なの。家族に期待されず、エリートと呼ばれとも天然物の天才に負け、結婚も自由にさせてもらえず、結婚した相手も、その子供も問題がある。そんなあの人に『せめてコレを好きに使ってくれ』と榊が渡した金よ。あの人がどう使おうがあの人の勝手よ」

「でも…」

「所詮、あの人は濃くなりすぎた血を薄めるための希釈液。この関係も偽りで、全て榊が用意した茶番だもの。役目を終えた今、あの人が何をしようと私は恨まないわ」


その割には悲しそうだ。

…きっと、唯一頼る事が出来る存在だった仮の旦那に裏切られて、少なからずショックを受けてるんだろう。


「それで、千夜ちゃんに渡したお金なんだけどね。そのお金で私を千夜ちゃんの家に連れ行ってくれない?」

「…いいですよ。いつでも来てください」

「ありがとう」


旦那はもう頼れないし、榊に頼ることは出来ない。

一人娘を頼ろうにも、ほぼ絶縁状態で相手にしてもらえない。

暴走族の元仲間達には迷惑を掛けたくないだろうし、自分の不甲斐無い姿を見せたくもないはず。

そうなると、頼れそうなのは私くらいか。

そう言えば、お茶を用意すると言っていたのに何も無い。

……ああ、あったねお茶茶封筒

私は、家の鍵と住所を書いた紙を琴歌おばさんに渡す。


「これが私の家の住所です。鍵を渡しておくので、先に行っててもらえませんか?」


本当なら私の家まで連れて行くべきなんだろうけど、琴音の様子を見に行かないといけない。

琴音は琴音で色々と面倒な事になってるし。

そうか、これからは学校が終わったら琴音の様子を見に行って、夜は琴歌おばさんの様子を見ないといけないのか。

…いつから私は神条母娘の世話係になったんだろう?


「分かったわ。このあと駄菓子屋に寄るんでしょ?送ってあげようか?」

「そうですね……じゃあ、お願いします」


ヘルメットをつければバレないだろうし、琴歌おばさんの好意に甘えて送ってもらおう。

そう言えば、私ヘルメット持ってないね…

琴歌おばさんに予備のヘルメットが無いか聞こうと

振り返ると、琴歌おばさんは紙に何か書いていた。


「それは?」

「旦那宛の置き手紙よ。またしばらく出ていくってね」

「なるほど……そう言えば、今回の件は私の方から榊に報告したほうがいいですか?」


流石に浮気されたんだから、報告くらいはしたほうがいいと思う。

もしかしたら何かしら制裁を加えてくれるかも知れないし。

しかし、琴歌おばさんは首を横に振った。


「そこまで事を大きくする必要はないわ。第一、報告したところであの人に制裁をするとは思えないし」

「…そうでしょうか?せっかく渡した金をそんな事に使われたんですよ?流石に榊も怒るんじゃ」


すると、琴歌おばさんが溜息をついて、鋭い眼光で私の事を睨んできた。


「私は、あの人にそこまでしたいなんて一言も言ってないわよ?」

「ッ!?す、すいません…」


私は琴歌おばさんの殺意の乗った威圧と覇気に、冷や汗をかいてしまった。

琴音が琴歌おばさんの事を怒らせないように気を使ってる理由が分かった気がする。

精神的に参り、憔悴した状態でさえこれだけの威圧感と覇気を出せるんだ、万全の状態の琴歌おばさんは一体どんな威圧をするんだろう。

そんな事を考えていると、置き手紙を書き終えた琴歌おばさんが部屋の奥から大きな鞄を持ってきた。


「もしかして、最初から用意してました?」

「ええ。電話が鳴ったとき、頼れるのは千夜ちゃんしかいないと思って、お金と持って行くものの用意をしてたの。それと、どうせ駄菓子屋まで送る事になるだろうから、ヘルメットを用意しておいたわ」


そう言って、明らかに新品のヘルメットを見せてくれた。

多分、近所のバイク屋に買いに行ったのかな?

来る途中にバイク屋があったし。


「ありがとうございます。…荷物はどうしますか?」

「大丈夫よ。最近空間収納を覚えたから」


そうなんだ…琴歌おばさんもついに空間収納を覚えたのか。

中身は酒とタバコでいっぱいになってそう。


「千夜ちゃん、あんまりこういう事は言いたく無いんだけど、今失礼な事を考えなかった?」

「…流石ですね。その、空間収納の中身が『お酒とタバコでいっぱいになってそう』って考えてました」

「素直で偉いわね。琴音なら確実に適当なこと言って濁してるわ」


琴音ー!あなたの嘘は普通にバレてるわよー!

…まあ、勘の鋭い榊に嘘なんて通じないんだけどね。

準備を終えた琴歌おばさんは、私を連れて部屋を出た。









駄菓子屋前


「外出してるのかしら?」

「かも知れませんね」


駄菓子屋に着いた私と琴歌おばさんは、店が閉まっているのを見て首を傾げていた。

何時もならこの時間帯はやってるはずなんだけどなぁ。

ちょっと聞いてみるか。

私は、スマホで琴音に連絡を取る。

すると、すぐに返信が帰ってきた。


『外出中

 帰りは遅くなるから今日はいいよ』


帰りが遅くなる、か。

ダンジョンにでも行ってるのかな?


「外出中らしいです。あと、帰りが遅くなるらしいので今日はいいと」

「そう…じゃあ、このまま千夜ちゃんの家まで行きましょう」


一瞬、悲しそうな顔をしてた。

きっと、久しぶりに琴音の顔を見たかったんだろうね。

でも、運悪く外出中と。

家に帰ったら、まずは琴歌おばさんの精神的ケアをしないと。

スキンシップは不味いだろうし、ご飯でどうにかしよう。

…いい加減、コンビニ弁当とカップ麺の生活からは抜け出せてるかな?


「最近の食生活はどうですか?前は酷かったですけど…」

「…大丈夫よ」

「嘘ですね。今日は私が野菜中心の料理を作るのでゆっくりしてて下さい」

「私、野菜嫌いなんだけ「食べて下さいね?」…はい」


強気で押せば言うことを聞かせられるのは母娘で一緒みたい。

というよりは、琴歌おばさんから遺伝したのかな?

意外と押しに弱いんだね。

にしても、食生活を変えてなかったのか…


「はぁ…母娘揃ってそんな不健康な食生活をしてるなんて。琴音はストレスで過食気味、琴歌おばさんは食生活がめちゃくちゃ、今までよく健康的な生活が出来てましたね」

「恥ずかしい限りね。…それより、琴音も良くない事になってるのね」

「ええ、罪悪感か何かだと思いますけど、精神的に疲れてますね。自覚してないのか、現実から目を背けてるのか知りませんが、いつも『疲れが取れない』って言ってますよ」


その結果、私の見てない所で沢山食べては吐いてる。

琴歌おばさんは精神的に不味くなってること以外は特に問題なさそうだけど、琴音は違う。

明らかに摂食障害を引き起こしてる。

私も色々と努力はしてるけど、一向に良くなる気配は無い。

でも、そんな事琴歌おばさんには言えないよね。

大切な我が子が、自分のせいで摂食障害を引き起こしてるなんて。


「過食はそんなに深刻なの?」

「はい。高カロリーな物ばかり食べてるので、いつか何かしらの病気になりそうで怖いんです」


『摂食障害です』というよりは、『将来的に生活習慣病が怖い』と言った方がいくらかマシだろう。

『まだ直せる段階だから』と、少しだけ精神的に余裕が出来る。


「琴音の事は私に任せて下さい。なんとかしてみせますよ」

「ふふっ、それは頼もしいわね」

「ということで、これからは朝昼晩野菜中心に食べて下さい。あと、お酒とタバコも制限します。ついでに勝手に買食いも無しです、外出するときも私が用意した物だけ食べて下さい」

「あの〜、ちょっと厳し過ぎるきが…」


そうかな?

今までの酷い食生活を治すには丁度いいくらいだと思うんだけど。

…そうだ!


「琴音にもコレをやらせる予定です。同じように私を頼ってるのに、我が子をおいて楽をするんですか?」

「…その言い方は卑怯じゃない?」

「別にいいんですよ?琴音が苦しんでる間も今までみたいな食生活をしてくれて」

「……分かったわ。そのやり方で生活する」


よし、これで琴音に言うことを聞かせる口実が出来た。

これからは私が神条母娘の栄養管理をする。

この不健康な生活をどうにかして、健康的な状態で仲直りさせないと。

もう、この二人が苦しんでる姿は見てられない。

円満解決へ持っていけるは私だけ。

そうすれば、晴れて琴音と……ふふふ。

はあ〜、楽しみだなぁ〜。

私は琴歌おばさんにバレないようにほくそ笑んでいた。

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