第55話その日の夜 琴音
夜
私は千夜を連れてダンジョンに来ていた。
今は、千夜がたまたま見つけてくれたゴブリンのコロニーを襲撃してる。
いくら数が多いとはいえ、所詮ゴブリン。
私の敵じゃない。
だって、一人でゴブリンのコロニーを壊滅させたんだもん。
今は、コロニーの長、ゴブリンキングを潰してるところ。
まあ、ゴブリンキングは普通に強くて、私が何度も切りつけてるのに、まるで倒れる気配が無い。
どうしてこんなにタフなんだ?
「琴音…」
私がそんな事を考えていると、千夜が心配そうな声で話しかけてきた。
「いつまでキングの死骸で遊んでるの?もう止めようよ」
「え?…あっ」
もう一度しっかり見てみると、首から先が無いゴブリンキングの死骸が転がっており、私はそれを何度も切りつけていた。
私は幻覚でも見てたんだろうか?
「琴音、やっぱり琴歌おばさんと話し合った方がいいよ。おばさんが出ていってから、様子が変だよ?」
「ちょっと疲れてるだけだよ。寝ても取れないの疲れだってあるし」
お母さんと別れてから様子がおかしい?
そんな事は無いはず、だっていつもみたいに喧嘩しただけだよ?
確かに言い過ぎたとは思うけど、アレくらい前からやってたし、殴り合ってないだけマシだと思うけどなぁ。
「とりあえず、琴歌おばさんに謝りに行こう。私も付いて行くからさ」
「喧嘩してすぐに行くのは嫌だなぁ」
「でも、明らかに様子がおかしいんだもん。この様子がおかしい琴音を放っておくわけにはいかないよ」
いくら心配性な千夜でも、これは心配しすぎだ。
私がお母さんと喧嘩したくらいでおかしくなるわけ無い。
なるわけ無いんだ。
「琴音、私もずっと一緒に居られる訳じゃないんだよ?平日は学校に行かないといけないし、休日も訓練で忙しいの。だから、ずっと一緒に居てくれる琴歌おばさんに謝りなよ」
「…しつこいんだけど?別に大丈夫だって言ってるんだから気にしなくていいの」
こんなにしつこい千夜は初めて見るよ。
いい加減にしてほしい。私は訓練がしたいんだから。
…そうだ!!
「千夜、竹刀持ってるよね?」
「え?持ってるけど…どうしたの?」
「剣の訓練がしたくてさ、一番効率がいいのは千夜と模擬戦をする事だと思うんだよね」
私は、千夜の道場からパクって、ゴホン!借りてきた竹刀を取り出す。
そして、千夜に向かって構えると千夜は『やれやれ』という雰囲気で竹刀を構えてくれた。
千夜が戦闘モードに切り替わったのを気配で察知した私は、一度深呼吸をしてから走り出す。
ダンジョンに潜り続けて鍛えた体と魔力を使って、千夜に少しでも近付く。
私が竹刀を下から振り上げると、千夜は竹刀を振り下ろして私の竹刀を止めてくる。
そして、そのまま竹刀を跳ね上げて私の首に突き付けてきた。
「反応が遅い。いつもの琴音なら躱せてたと思うけど?」
「分かってる。ちょっと油断してただけだから。次はない」
もう一度距離を取って、竹刀を構える。
千夜は余裕を見せるためにまったく竹刀を構えていない。
それどころか、警戒すらしてない。
私の竹刀が届かないという絶対の自信があるらしい。
まあ、そりゃあそうなんだけどね?
だとしても、これはあからさま過ぎる侮辱なんじゃないの?
流石に怒るよ?
「構えるどころか、警戒すらしないなんて…流石に馬鹿にしすぎだよ。ここまで舐められると、普通に腹立つんだけど?」
「ふ〜ん?じゃあ、実力でどうにかしてみたら?探索者は完全実力主義。不満があるなら力で私をねじ伏せて見せてよ」
分かりきってる事を……まあ、表情を変えさせられればこっちの勝ち。
私は千夜が思ってるほど弱くないって事を見せないと。
もう一度深呼吸をして、魔力を整える。
どうせ千夜の方から攻めてくる事は無い。
私の最大のパフォーマンスを発揮できる状態まで持ち込む。
目を閉じて魂を感じ、そこから零れ落ちてくる魔力を理解する。
そして、その魔力を練り上げ、伸ばしてまた練り上げる。
練り上げられた魔力は強力で、時には爆発を生身で受けても火傷程度で済むこともあるらしい。
…これは、千夜の体験談。
つまり、千夜は爆発に巻き込まれても余裕で生きて帰ってくる。
本当に人間か?
「ねえ琴音。今失礼な事を考えなかった?」
「別に?」
「私だって榊の血縁者何だよ?これが私の勘違いじゃないって事くらい分かるんだけどなぁ」
「…」
沈黙は肯定。
何も言わなければ肯定として捉えられ、普通に怒られる。
でも、こういう親しい関係の人にそれをした場合は、大抵溜息で許してくれる。
…お母さんは普通にぶん殴って来るけど。
「…見てられない。琴音、魔力を練るときはもっと細かくやらないと」
あまりにも魔力を練るのに時間が掛かる事に見かねた千夜が、私の体に触れて勝手に魔力をいじってきた。
「あっ!ちょっと、やめっ!」
「はいはい。ちょっとくらいの不快感は我慢してね〜」
他人に魔力をいじられるというのは、かなり不快なもので、わざとめちゃくちゃにいじる事で拷問的な扱いをする事もあるらしい。
そのせいで、相手の許可を取らずに魔力をいじると訴える事が出来る。
もちろん訴えないよ?
「ぜんぜんちょっとじゃない!!乗り物酔いしたみたいに気持ち悪いから止めて!」
「あっ!魔力が乱れるから暴れないで!!」
「うわっ!もっと気持ち悪くなってきた…」
「ほ〜ら、言わんこっちゃない。大人しく私の膝の上にでも座っておきなさい」
そう言って、血で汚れてない場所に正座する千夜。
私はそんな千夜の膝に座って、千夜と一緒に魔力を練る。
千夜が私の魔力をいじってる間は乗り物酔いをしたみたいに気持ち悪くて、何度も吐きそうになった。
でも、おかげで何となく魔力の操り方を覚えた。
…もとから出来たけど、感覚が上手く掴めなくて下手くそだったからね。
今回のこれはかなりいい勉強になった。
「この短時間でここまで魔力の制御を覚えるなんて…流石、本家の人間は違うね」
「それ、お母さんの前で言える?」
「アレは論外だから…」
お母さんは、千夜に魔力の制御方法を教えてもらってから、無意識に魔力を操作してる。
それも、そこそこの完成度で出来てる。
アレが本物の天才ってやつなんだろうなぁ…
「まあ、琴歌おばさんは魔力制御みたいな細かいこと苦手そうだし、天才肌を利用して無意識にすることで弱点を補ってるんじゃない?」
「というか、お母さんって細かいことは深く考えずに感覚的にやってるんだよね」
「無意識の天才ってやつか…」
そんな天才お母さんの娘なのに、この程度の魔力操作もろくに出来ない私って何なんだろうね…
はぁ、なんだかやる気が削られたなぁ。
それに、そろそろ十二時くらいだろうし、今日はもう寝よう。
「帰ろっか。なんだかやる気が削がれちゃったし、眠たくなってきた」
「別にいいよ。…そうだ!もし寝ている間も魔力操作を出来るようになったら、琴歌おばさんがやってる無意識の魔力制御が出来るようになると思うよ。
体が勝手に覚えるからね」
「分かった。やってみる」
本格的に眠たくなる前に店に帰ることにした。
それと、千夜から一つ課題を出されちゃった。
『睡眠中の魔力操作』
これが出来るようになると、お母さんと同じ事が出来るようになるらしい。
寝てる時も千夜から魔力の気配を感じたのはこれのおかげらしい。
難易度高そうだけど、やる価値は絶対やったほうがいいレベルにある。
ダンジョンに潜る前に布団は敷いてきたから、帰ったらそのまま寝よう。
「泊まっていいんだよね?」
「何もしないって約束してくれるならね」
念の為釘を刺しておく。
これで夜中に襲われる事は無いはず。
店に帰ったら歯ブラシを確保しておかないと。
…この前油断して私の歯ブラシ使われたからね。
もちろん殴ってから説教したよ。
他にも確保しておかないといけない物が無いか調べよう。
私は、千夜が変な事をしないか心配しながらダンジョンの出口を目指した。
就寝前
私は今、頬に殴られた跡のある千夜を正座させて、腕を組みながら仁王立ちしている。
どうしてこんな事をしてるかって?
それは、千夜がいまだに握ってる下着のせいだよ。
「油断も隙もないとはこの事だね。ちょっと目を離した隙きに下着を盗むとか、いくら千夜でも許せないんだけど?」
「でも、無理矢理取り返そうとしないじゃん」
「だってそれまだ使ってない未使用の新品だもん」
「えっ!?」
目をウルウルさせて『悲しいですオーラ』を放つ千夜に、真実を伝えてあげた。
すると、千夜は私に下着を投げつけてタンスを漁りに行った。
「本人がいる前で堂々と…」
「スゥ〜ハァ〜」
「うわぁ…」
いやね?
私の事が好きなのは良いとして、これはどうなの?
まだ百歩譲って私が見てない所でこれをするのはまだマシだ。
だって私は知らないんだもん。
『知らぬが仏』ってことわざがあるでしょ?
消費期限が切れた物を食べても、気付かなければ美味しく食べられるし、それみたいに私の知らない所で下着のニオイを嗅ぐのはまだいい。
なんの気兼ねなく使えるから。
でもね?本人の前でそれはどうかと思うよ、千夜。
「千夜…別に今ソレのニオイを嗅いでも、洗剤のニオイしかしないと思うなぁ」
「別にニオイはいいの。こうやって、琴音の目の前でこれをする事に意味があるのよ」
「…もしかして、私に軽蔑の視線を向けられて興奮してる?」
「Yes!」
「うわぁ…」
どうしよう…今からでも遅くないよね?
追い出していいかな?
これ、そのうち私自身に手を出してくるよね?
というか、お母さんが居なくなってから千夜の変態行為がエスカレートしたような…
「千夜…」
「なに〜?」
「とりあえず寝ようよ。もうその下着は好きにしていいからさ」
「じゃあ、琴音にこれを履かせて、今琴音が履いてるのと交換しようよ」
「…本気で追い出していい?」
本格的に貞操の危機を感じてるんだけど…
とにかくこの変態をどうにかしないと。
「ほ、ほら!『睡眠中の魔力操作』を教えてよ!魔力操作のコツは掴んだんだけどやっぱり千夜に教えてほしいなぁ」
「分かった。じゃあ教えてあげる、そっちを向いて」
しれっと下着を空間収納に仕舞ったの、見逃してないからね?
この店から私物が無くなる事があれば、確実に千夜の仕業だろうね。
…既になくなってるとかないよね?
とりあえず、千夜の指示に従って千夜とは反対側を向く。
すると、千夜が私の背中に手を置いて魔力をいじってきた。
気持ち悪いけど、変態行為を続けられるよりは百倍マシだ。
…前言撤回、そんなに変わんない。
「ねえ千夜」
「なに?」
「今から千夜の顔面を本気で殴るから逃げないでね?」
「え?っぶな!?」
チッ、避けられたか。
私の裏拳は、危険を察知した千夜に躱されてしまった。
「い、いきなり殴らなくてもいいじゃん!!」
「ふ〜ん?私の背中にその脂肪の塊を押し付けて、それだけでは飽き足らず私のも触ってきた癖によく言うね?なに?そんなに私のコンプレックスを刺激して楽しい?」
「あっ!ご、ごめんね。その、琴音にセクハラしたくてつい…」
つい?この際セクハラどうのこうのはどうでもいい。
私の絶壁を侮辱した千夜には罰を受けてもらわないと。
「追い出されるのと、顔の形が変わるまで殴られるのと、毒で拷問されるの、どれがいい?」
「ど、毒で拷問?」
「そう。パラポネラって知ってる?和名だとサシハリアリって言うんだけど…」
「えーっと…私の記憶が正しければ、それって『弾丸アリ』って言われてるやつだよね?」
へえ?知ってるんだ。
私は意味深な笑みを浮かべて空間収納から針を取り出す。
「こ、琴音さん?その針は何なのかな?」
「これ?パラポネラの毒とほぼ同じ毒が塗られた針だよ?そう言えば、千夜って将来的に私とHしたいんだよね?」
私がそう言うと、顔を青ざめさせた千夜が脚をキュッと内股にして股間をガードしてる。
「それとも、その目障りな脂肪の塊を壊した方がいいのかな?」
「止めて…私が悪かったです。もう調子に乗った事はしないから許して…」
「だーめ。千夜から貰った毒消しポーションがまだ残ってるから、一分間だけ苦しもうか?」
私が、一歩近付くと千夜は一歩下る。
その様子が面白くて、嗜虐的な笑みを浮かべてしまう。
そのせいか、千夜の顔が更に青くなった。
私は少しずつ千夜に近付いて、部屋の角に追いやる。
そして、目障りな脂肪の塊に針を突き立てる。
深夜の街に、女性の悲鳴が響き渡った。
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