第54話ちょっとした(?)喧嘩

「琴音、起きなさい!」

「う〜ん、あと5分…」

「起きろ!!」

「…うるさい」


あー…眠い。

まだまだ寝てたい。

でも、店の準備とかしないといけないから、そろそろ起きないとッ!?


「『うるさい』だって?誰に向かってそんな口利いてるのかな?」

「お、起きます!起きます!すぐに着替えて店の準備してきます!!」


布団を引っ剥がしたお母さんが、明らかに怒ってる声で私を脅してきた。

反射的に飛び起きた私は、急いでタンスに向かい着替えを出す。


「ご飯出来てるから、先に食べてね?」

「はーい」


今の会話、『普通の家族』って感じがしていいね。

お父さんが居なのはあれだけど、あの人はそもそも私達に興味ないし。

親子揃ってこういった会話が出来るとは思えない。

まあ、私も別にお父さんと一緒に暮らしたいって訳でもないし、最際はお母さんにすら冷たいらしいしそこまで居てほしいとは思わないね。

さて、朝ご飯食べに行こう。

キッチンに向かうと、お母さんが朝ご飯を食卓に並べていた。


「お母さん、朝から気合い入ってるね」

「昨日榊からもらった食材がいっぱいあるからね。せっかくだから豪華な朝ご飯でも作ろうかな?って勢いで作っちゃった」


朝からバランスの取れた一汁三菜。

しかも、全部和食というなんとも豪華な朝ご飯。

いつもご飯だけ炊いて、適当に市販のご飯のお供で朝食を済ませてたから、この朝ご飯はとっても豪華に見える。

お母さんが心を入れ替えてくれて良かった。


「「いただきます」」


お母さんと一緒に食卓を囲む。

同年代の家族でこれをしてるのは珍しいんじゃないかな?

今は共働きの時代だし、子供も学校の準備で忙しい。

のんびり家族で食卓を囲む機会は少ないはず。

そう考えると、この状況って結構恵まれてるように感じる。

学校辞めて良かった。

…まあ、店の経営が大変なんだけどね?


「琴音。昨日は大丈夫だった?」

「大丈夫だよ。というか、この質問何回目?もう十回は同じ事聞かれてるんだけど」

「それだけ琴音の事が心配なのよ。あのジジイが琴音に余計なことを言ってないか心配で心配で…」

「…お母さんは、どうして私に血のことを教えてくれなかったの?」


私が昨日の事の真偽を確認するためにお母さんに聞くと、お母さんは動きを止めて真剣な表情になった。


「あのジジイがそれを吹き込んだのか?」

「お母さん、今はそんな事はどうでもいいの。私が聞きたいのは、お母さんの両親…私の祖父母についてだよ」


私も真剣な表情をすると、お母さんは眉を顰めて私の事を睨んできた。

この睨み方は、『それ以上喋るな』という時の睨み方だ。

つまり、私に聞いてほしくない事なんだろう。


「教えて」

「黙りなさい」 

「私はお母さんの口から聞きたい」

「黙りなさい」

「お願い、あの爺さんよりもお母さんの方が信用出来るの」

「黙りなさい」


お母さんは話すつもりは無いらしい。

そこまでして知られたくない事なのかな?

ここまで口を固く閉ざすなんて、やっぱり龍太郎爺さんの言ってた事は正しかったのか…


「…爺さんの言ってる事は本当なんだね」

「黙って」

「お母さ「黙れと言ってるでしょう!!」…はい」


お母さんがここまで怒るなんて…


「ごめんなさい」

「いいの、私も声を大きくしすぎたわ…」


私が謝ると、お母さんは悲しそうな顔をして立ち上がった。


「お母さん…」

「タバコ吸ってくる」


そう言って、顔も合わせずに出ていった。

お母さん出ていってこの部屋に残ったのは、重たい空気だけだった。

私は、その空気から逃げるように急いでご飯を食べて、倉庫に向かった。









タバコを吸って戻ってくると、琴音が商品の賞味期限を確認していた。

気配で私の存在には気付いてるだろうけど、顔を合わせようとしない。

それどころか、視線すら向けてこない。

私は、気まずい空気から逃げるように二階へ上がる。

琴音は既にご飯を食べ終えていて、流しに食器が置かれていた。


「はぁ…」


あのジジイが余計なことを吹き込んだせいで、琴音と喧嘩してしまった。

しばらく口を利いてくれないかも知れない。

琴音が話したくないというよりは、私が苦しくないように配慮してくれてるから。


「琴音」


少し前に海へ行ったときに撮った写真を眺める。

私と琴音が手を繋いで、海とバイクを背に笑顔でピースをしてる写真。

喧嘩をすることは普通のことだけど、こんなに苦しくなるとは思わなかった。

食べ物が喉を通らなくなる前に、ご飯を食べてしまった私は、食器を洗い始めた。

すると、店に誰か来た気配がした。

お客さん…ではなさそうね。

その証拠に店に来た誰かの気配がこっちに向かって来てる。

…千夜ちゃんか。


「おはようございます」

「おはよう、千夜ちゃん。もしかして、ここのダンジョンに遊びに来たの?」

「いえ、琴音の手伝いに来ました。…話し相手といったほうがいいかも知れせんが」


話し相手ね…確かに、お客さんが来ないから琴音はいつも退屈してる。

そんな退屈さを紛らわすために千夜ちゃんが来てくれたのね。

でも、どうして私の所に来たのかしら?


「あの…もしかして、琴音と喧嘩しました?」

「え?よ、よく気付いたわね。ちょっと、あんまり話したくない話題の事で喧嘩しちゃって…琴音は私の事を気遣って話しかけてくれないよの」

「そうですか…あと、琴音の様子がおかしかった気がするんですけど…」

「え?…まさか、またあのジジイが何か吹き込んだのか?」

「ジジイ…ああ、当主の爺さんですか?なるほど、それなら納得がいきますね」


千夜ちゃんはうんうんと頷いている。

…何が分かったんだろう?

…あれ?千夜ちゃん、あのジジイが誰か分かってた?


「千夜ちゃん、榊 龍太郎の事を知ってるの?」

「知ってますよ?私は龍太郎お爺さんの曾孫ですから」

「…えっ!?」

 

ち、千夜ちゃんがあのジジイの曾孫!?

嘘でしょ!?

じゃ、じゃあ、千夜ちゃんには私や琴音と同じ血が流れてるの?

…あれ?もしかして、あの約束って私のクソ両親と似たようなことをしてるんじゃ。


「あっ、琴音との結婚は榊の方にも許可を取ってるので大丈夫ですよ?後は本人が許可を出してくれれば…」

「ちょ、ちょっと待って!すぐに琴音を呼んでくるから寝室で待ってて!!」


私は、洗い物を放棄して琴音の元に走った。




寝室に置かれた丸い机を、私と琴音と千夜ちゃんが囲んでいる。


「つまり、琴音は千夜ちゃんが血縁者だって事を知ってたのね?」

「昨日爺さんから聞いた」


呆れた…

知っていて私に話していなかったかの?


「はぁ〜〜……どうしてそんな大丈夫な事を言わなかったの!!!」


私は、思わず怒鳴ってしまった。

それが良くないって事は分かってるのに、感情を抑えきれなかった。


「うるさい!!私だって混乱してたの!!お母さんの複雑な事情とか、お父さんが榊の血縁者だとか、千夜が私のはとこだとか、色々と複雑な情報が多すぎてそれどころじゃなかったの!!まだ文句ある!!?」


私に怒鳴られて琴音も言い返してきた。

琴音の言いたい事は分かる、でも火はもう付いている。

私はここで冷静な判断が出来るほど落ち着いてはいなかった。


「あるわよ!!困ってるなら私に相談してくれないと、私だって大変なの!それに、危うくあなたにとんでもない事を!!」

「とんでもない事?先に勧めたのはお母さんのくせに。最初は応援してたのに、いざ千夜が榊の血縁者って分かった瞬間『駄目だ』って言うの?」

「それは…」


しまった…

『感情的になるのは良くない』

自分がそうなってることには気付いてはいた。

でも、我慢出来なかった。

そして、私は簡単に怒ってしまった事を後悔した。


「出ていって。私はお母さんよりも千夜の方が大事だから。私と千夜の仲を引き裂こうとするなら、私はお母さんと縁を切る」

「ッ!!」


琴音から告げられた宣言。

店から出ていくか、縁を切るか。

やっぱり、私なんかよりも千夜ちゃんのほうがいいのね。

でも…


「琴音…私はあなたのためを思って「黙れ」っ!」

「言い訳は聞きたくない。それに、私のためを思うならどうしてあそこで怒ったの?」

「…」


言い返せない。

ここで言い返しても良いことはない。

このまま出ていくしかないのか…


「そっか………出ていって。この店から出ていって!!そして、もう二度と私に顔を「琴音!!」…千夜」


琴音が絶縁を宣言しようとしたその時、どうしようかと焦っていた千夜ちゃんが声を荒げた。

そして、琴音の手を握りながら、


「それ以上言っちゃダメ。私も、琴音も、琴歌おばさんも、みんな一生後悔することになるよ」


震えた声で琴音の目を見ながら必死に訴え掛けてくれた。

やっぱり…琴音の側にいるのは私よりも、千夜ちゃんのほうが良いみたい。

私は立ち上がってタンスに向かう。


「あの、どうしたんですか?」

「ちょっと、一度琴音と距離を取った方がいいと思ってね。持ってきてた私の物を纏めておこうと思って」

「ま、待ってください!別に出ていかなくたって、話し合いとか、もう少し一緒に過ごすとか、色々とあるじゃないですか!それに、お互い謝れば解決する話ですし…ね?琴音も冷静になってきた頃でしょうし、もう一度話し合って「出ていって」琴音!?」


千夜ちゃんが私達の関係を修復しようと必死になってるけど、琴音がそれをふいにしてしまった。

それどころか、立ち上がって部屋から出ていこうとしている。


「琴音?どこ行くの!?」

「一階。お客さんが来るかも知れないし」

「別に今それをしなくても良いでしょ?お母さんが出ていっちゃうかも知れないんだよ?」

「行きたきゃ行けばいい。私、お母さんの事好きじゃないし」

「ッ!!」


千夜ちゃんが声にならない悲鳴をあげている。

そして、部屋から出ていく琴音を見送ると私の方へ来てくれた。

そして、申し訳無さそうな表情をしたあと、土下座をしてきた。


「その、私のせいでこんな事に…申し訳ありませんでした!!」

「千夜ちゃん、貴女が土下座なんてする必要はないわ。元々よく喧嘩する母娘だし、今回のこれもすぐに良くなるわ」

 

なんとか千夜ちゃんの頭を上げさせて、適当な言い訳を言う。

そして、琴音の側に居るようお願いした私は、千夜ちゃんを見送ると本格的に帰る準備を始めた。




「その…本当に帰ってしまうんですか?」


バイクに荷物を乗せて、エンジンを掛けると千夜ちゃんが心配そうな顔で話しかけてきた。

ちなみに、琴音は私の事なんて眼中にないかのようにまったく店から出てくる気配がない。


「そんなに深刻に考えることないわよ。しばらく距離を取るだけなんだから、もう二度と会えないわけじゃないのよ?」

「でも…」

「どうせ、私が寂しくなって図々しくまた来るだろうし、その時まで待ってて」


千夜ちゃんが、もう二度会えないみたいな雰囲気を出すものだから、面白くてちょっと元気が出てきた。

優しく頭を撫でてあげれば、今にも泣きそうな顔をし始めた。


「ふふっ、どうして千夜ちゃんがそんなに泣きそうな顔をするのよ。琴音ならまだしも、娘でもない千夜ちゃんがそんな顔してどうするの?」

「だって、私のせいで琴音と琴歌おばさんの仲を…」

「大丈夫よ、さっきも言ったけど、私と琴音はよく喧嘩するの。今回みたいなことも何度もあったんだよ?別に気にする必要はないわ」


私は、なんとか私の事を引き留めようとする千夜ちゃんを説得して、バイクに跨った。


「絶対、戻ってきて下さいね?」

「戻っくるから心配しないで」


最後まで心配そうにしていた千夜ちゃんにこれ以上捕まらないために、私はそのままバイクを走らせた。

これでいいの。そう、これでいい。

私は二人の関係を邪魔するだけの存在だからね。

これを機に、琴音も少しは変わるでしょ。


「…これでいいの」


私は自分にそう言い聞かせながら家に向かった。


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