91 売れない商品を売る工夫



 ともかく、ドライヤーが少々想定外の売れ方をしているけど、売れ筋商品なのには変わりない。

 ランプと共に、このまま主力商品として前面に押し出していきたいわね。


 対して、残る商品なんだけど……。


「空調機は、居間などに置く通常型と卓上に置く小型の販売が、ランプとドライヤーに次いで堅調です。対して、大部屋やホール向けの壁設置型や大型は、あまり注文は入っていません」


 空調機はタイプによって、売れている物、売れていない物がハッキリと分かれているらしい。


「冷蔵庫も、空調機と同じく、私室に置く個人用の小型が売れています。ただ、厨房に置く大型も売れてはいますが、こちらもあまり伸びていません。倉庫用となると、ほんのわずかです」


 冷蔵庫も、同じく明暗が分かれているみたいだ。


「コンロは、どれも低迷して伸び悩んでいます」


 コンロは資料の数字を見ると、全く売れていないわけじゃないけど、他と比べると明らかに桁が一つ少ない。


「どうしてこんなに差が出たのかしら……」


 コンロは普通にかまどがあるから、仕方ないと言えば仕方ないけど。

 でも、空調機や冷蔵庫は、私室に置く小型は売れているから、その有用性は理解出来たはず。

 それなのに、より有用な大型の売れ行きが悪い理由が分からない。


「コンロは厨房の改装が必要で、設備投資が高くなるせいか?」

「貴族がたかがその程度の金を惜しんで、この素晴らしく実用的で珍しい魔道具を買い控えるとは思えんが」


 クロードさんとオーバン先生の考えは、どっちも納得がいく。

 でも、正反対の意見なのよね。


 二人の意見を皮切りに、他の魔道具師や職人達も意見を出し合う。


「大型の冷蔵庫も厨房のレイアウトの変更や改装が必要になるな」

「それを言うなら、空調機の大型は、レイアウトの変更も改装も必要ないだろう?」

「冷蔵庫の倉庫用ともなれば、ボロやガタがきているなら建て直しが必要なのも原因か?」


 どの意見も、なるほどと思うけど、決定打に欠ける感じね。


「ドライヤーを買いすぎて金がないんじゃ?」

「「「「「それだ!」」」」」


 それ、一番説得力があるかも。

 奥さんや娘さんが『もっとドライヤーが欲しい!』と何個も買ったら、大型や設備投資が必要な魔道具は、買い控えるか後回しにされそうよね。


「お嬢様、よろしいでしょうか」


 護衛として後ろに控えていたアラベルが、遠慮がちに声をかけてくる。


「なあに、アラベル? 意見があるなら聞かせて」

「はっ。今のドライヤーの買いすぎの話は一理あると思いますが、もっと根本的なところに原因があるのではないでしょうか」

「根本的な原因?」


 小首を傾げると、自信があるのか、アラベルがしっかりと頷く。


「はい。ランプもドライヤーも空調機も小型冷蔵庫も、貴族の生活を直接彩る贅沢品です。ですから居間や私室に置く分は、借金してでも買い求めるでしょう。ですが、厨房用の冷蔵庫もコンロも使用人に使わせるものですから、関心が薄いのではないかと」

「言われてみれば……」


 アラベルの言う通り、厨房で料理するのはプロの料理人で、普通、貴族本人は料理をしないものね。


 ゼンボルグ公爵領では……正確には、かつてのゼンボルグ王国では、貴族女性も記念日などに家族に、また大事なお客様を歓迎するために手料理を振る舞う慣習があって、今も伝統として受け継がれている。

 特に大事なお客様に振る舞うのは、夫人ホステスとして重要な仕事の一つだ。

 お母様が娘の私にお菓子を手作りしてくれるのも、その慣習があるからね。


「なるほど、ブロー嬢の意見は納得がいくものです。少ないながらも売れているのはゼンボルグ公爵派の貴族家がほとんどです。古参の貴族達にはほとんど売れていません」


 顧客の資料なのか、書類を取り出して見ながらエドモンさんが頷く。


「そういうことでしたら、お嬢様」


 エマも気付いたことがあるのか、遠慮がちに声をかけてきた。


「エマも気付いたことがあるなら聞かせて」

「はい。食材は出入りの業者が定期的に販売に来ますから、元より長く保存する習慣がありません。ですから、厨房には冷蔵庫がなくても困らないのではないでしょうか?」

「……なるほど、それは盲点だったわね……さすがエマ」


 使用人かつ大商会の娘としての視点ね。

 エドモンさん達も、言われてみれば確かにと、すごく納得顔だ。


 そもそも空調機も冷蔵庫もコンロも帆船に載せるのが目的だから、貴族達に売れなくても問題はない。

 だけど……今後の流通を考えると、普及させておいた方が絶対いいに決まっている。


 それに、せっかく作ったんだから売れて欲しい、と言うのもある。


 しばし思案して、エドモンさんに目を向ける。


「大型の空調機と冷蔵庫、そしてコンロは売り方を変えてみましょうか」

「と、おっしゃいますと?」


「まず個人用の卓上コンロについては、引き続き貴族相手に、密談中、侍女を呼んで話を中断しなくても自分で淹れられる。食卓に置けば、厨房からスープを運んでくる間に冷めてしまっても、その場で熱々のスープが飲めるし、パンもふんわり温め直せる。そんな感じでセールスしてみましょうか」

「食卓で料理を温め直すとは盲点でした」


 ちょっとセールスポイントとしては弱いけどね。

 いっそチーズフォンデュや鍋料理を広めてみようかしら?


「次に空調機の壁設置型や大型は、ご夫人、ご令嬢をターゲットに、夏のダンスホールでは掻いた汗を涼しく引かせてくれて、冬のダンスホールでは足下の寒さを和らげてくれる。そう売り込んでみたらどうかしら?」


 残念ながら、いくら乙女ゲームの世界でも、現代レベルの温かいタイツやストッキングはない。

 特に、女性にとって冬の冷えはきついのよ。

 だからその方向で、旦那様や父親を説得させるの。


「なるほど、女性に目を向けさせるわけですか。分かりました、その方向で売り込んでみましょう」


 これで、コンロと空調機はしばらく様子見ね。


「倉庫用の冷蔵庫や冷凍庫は、お父様に相談してからになるけど、レンタル倉庫として食材を扱う商会に貸し出すのはどうかしら。特に肉と魚は冷凍倉庫で長期保存出来るようにしたいわね。荷馬車用に載せて運べる冷蔵庫、冷凍庫も開発すれば、相乗効果を狙えるはず」

「「「!!」」」


 エドモンさん、ポールさん、マチアスさんが、私が言い終わるか終わらないかのうちにガタッと腰を浮かして叫ぶ。


「それは商機が大きく広がります! その倉庫を使いたい、荷馬車を買いたい商人は山ほど出てきます!」

「流通に革命が起きますよ!」

「貴族家が経営している商会と御用商人に、積極的に売り込むべきですな! あわせて、それらを屋敷でも保存出来るように、厨房に冷蔵庫を入れさせるチャンスです!」


 それを聞いて、オーバン先生とクロードさん達が大きく唸る。


「冷やしたまま、凍らせたまま、その魔道具ごと運んで流通させるか……さすがはマリエットローズ君じゃな」

「ああ。つまり小型の倉庫ごと運んでしまおうと言うのだろう? 大胆な発想だ」


 みんなの賞賛の眼差しに、なんと言えばいいのかしら。

 だって前世では常識なんだもの。


「どうせなら、それら運んだ食材を使う飲食店も欲しいわ」


 例えば、海の魚介類を使った料理を内陸の町で出すお店とか、各地のブランド牛のお肉を取り寄せて食べ比べが出来るお店とか。


「ゼンボルグ公爵領内は当然、王都で出店、または食堂やレストランと契約して、ゼンボルグ公爵領の特産品を輸送。業務用の冷蔵庫やコンロは、そのお店で導入。そして、その業務形態を他の商会や貴族達にも広めて真似させるの」

「素晴らしい! マリエットローズ様にこれほどの商才がおありとは!」


 エドモンさんが大絶賛してくれるけど、商才だなんて。


「そんな、大げさよ。だって供給網を作るなら、需要も生み出さないと片手落ちでしょう?」

「そこに気付いて即座にこれだけのアイデアを出し、新たな商売に結びつけられる。それは商人として得がたい才能ですよ!」


 そうね……せっかく褒めてくれているんだし、子供が謙遜しすぎるのも可愛げがないわよね。


「ありがとう、エドモンさん。ただ、私が出せるのはアイデアだけ。詳しくはお父様と話し合って欲しいわ」

「分かりました。そこは全てお任せを」


 飲食店経営となると、ブルーローズ商会よりお父様のジエンド商会に任せる方がいいでしょうしね。


「以上、こんなところかしら」


 これで売れ行きが悪かった商品も、少しは売れて欲しいわ。


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