79 閑話:レオナード王子の関心

◆◆



 ここしばらく、母上はご機嫌だ。


「温かな風で髪が軽くなっていくのは心地いいわね」

「はい、王妃様。御髪おぐしの艶も増して、益々お美しいですわ」

「ふふふ、そうでしょう?」


 静かに温かい風を吹き出す『ドライヤー』と言う名の新作の魔道具。

 最近の母上の、大のお気に入りだ。


 このドライヤーで侍女にお風呂上がりの濡れた髪を乾かして貰うとき、母上は普段以上に笑顔になる。


「そろそろ身体の熱も引いてきたから、『空調機』の冷風を弱めて頂戴」


 母上がちょっとわざとらしく、澄まし顔でよそ行きの声を出した。


「はい、王妃様」


 一台で温風、送風、冷風、さらに風の強さを弱、中、強と変えられる『空調機』を使うのが楽しいのか、やたらとこまめに侍女に操作させる。

 さらに首を回転させたり止めたりも出来て、これは僕も見ていて楽しい。


 僕も首を回転させたり止めたりさせたいのに、オモチャじゃないんだから駄目だって、滅多に触らせて貰えないけど。


 この前まで使っていた『送風機』は、さっさと倉庫に片付けられてしまった。

 以前は送風機を大きなワゴンに載せて、侍女が重たそうにしながら動かしていたけど、今はその必要がなくなって、侍女達も楽になったって機嫌がいい。


「喉も渇いたわね」

「はい、王妃様」


 侍女が『冷蔵庫』からよく冷えた果実水の瓶を取ってくると、グラスに注いで母上に手渡した。


「ん……お風呂上がりの火照った身体に、冷たい飲み物は最高ね」


 にんまりと、大満足の母上。


 以前は、時々疲れた顔をして、僕に向ける笑顔も無理に作ったみたいなところがあったけど……。

 母上のお腹が大きくなってきて、お腹の中に僕の弟か妹がいるんだよって教えてくれた頃から、明るい笑顔が増えてきた。


 そして『マリエットローズ式ドライヤー』、『マリエットローズ式空調機』、『マリエットローズ式冷蔵庫』を使うようになって、毎日がとても楽しそうだ。


 だから僕はとても気になっている。


「その魔道具は全部、ゼンボルグ公爵家のマリエットローズ嬢が作ったんですよね? とてもすごい子ですね」


 マリエットローズ嬢は僕と同い年だって聞いている。

 それなのに、こんなすごい魔道具をいっぱい作れるなんて、とてもすごいことだ。


 そう意気込んで母上に聞いたら、何故か母上がキョトンとした後、口元を手で隠して『おほほほ』と大笑いした。

 周りの侍女達も、声を上げるのを我慢しているけど、みんな笑っている。


 僕、何か変なことを言ったのかな?


「レオナード、貴方はもっと大局的に物事を見られるようにならないといけないわね」


 どういう意味だろう?


「ねえレオナード、貴方はお勉強がとてもよく出来るけれど、魔道具を作れますか?」

「いいえ……」

「気にすることはありません。それが当たり前なのですから。天才と皆が絶賛する貴方ほど優れた子が作れないのですから、そのマリエットローズ嬢が魔道具を作れるわけがないでしょう?」


 じゃあ、どういうことだろう?

 マリエットローズ嬢が作ったから、『マリエットローズ式』なんじゃないのかな?



 毎日の勉強が終わった後、新しく家庭教師になってくれたセボレ子爵にどういうことか聞いてみた。


「それは、王妃殿下はお立場上、口にするのをはばかられたのでしょう」

「つまりどういうこと?」


「ゼンボルグ公爵領には天才魔道具師であるバロー卿がおられます。バロー卿の発明した変更機構や魔道具の特許をゼンボルグ公爵が買い取り、ご令嬢のお名前を付けたのだろうともっぱらの噂です」

「それって、ズルしたってこと?」

「それは……特許法には違反していません。ゼンボルグ公爵とバロー卿との間で、双方が納得がいく契約がなされていれば、なんの問題もありません。ですが、あまり褒められたやり方ではありませんね」


 つまり、貴族の見栄から?


「じゃあマリエットローズ嬢は魔道具を作れないんだ」

「そう……ですね……」


 いつもちゃんと答えてくれるのに、珍しくセボレ子爵が言い淀む。


「セボレ子爵?」

「ああ、いえ……あり得ないとは思うのですが、少し気になる話を思い出しまして」

「気になる話って?」


「同じ師に学んだ私の妹弟子がいまして、その者がゼンボルグ公爵家に一時期家庭教師として招かれていたのです。ただ、時期的にご令嬢が三歳から五歳の頃の話で、たった二年で辞めてしまったとか。彼女から教えを請うにはさすがにまだ幼すぎると思ったので、当然かと思ったのですが……」

「ですが?」


「彼女曰く、たった二年で教えることがなくなった、と。たった五歳で、座学に関しては貴族学院高等部の卒業資格を取得してしまった、だからお役御免になった、と」

「すごい!」


 もしかしてマリエットローズ嬢は本物の天才なのかな!?

 魔道具も本当に作ったのかも!?


「いえ、さすがにそれはいくらなんでもあり得ないでしょう」


 だけど、セボレ子爵は苦笑しながら首を横に振る。


「円満退職と言うことで、祝杯を挙げていた時の話でしたから。酔った彼女が、らしくなくゼンボルグ公爵と公爵令嬢に忖度して、大げさに話したのだと思います。『見栄を張って彼女を雇ったものの、幼すぎて勉強に付いていけず解雇した』などとなれば、ゼンボルグ公爵家も外聞が悪いでしょうし」


 そう言えば、お酒に酔った父上も時々大きいことを言って、後で母上に叱られていたことがあったな。


「初等部入学前に、初等部のカリキュラムを全て終わらせる貴族の令息令嬢は多いです。高等部のカリキュラムまで終わらせている上級貴族の令息令嬢もいないわけではありませんし、逆に入学してから学び始める下級貴族の令息令嬢も少ないながらいますが」


 うん、だから僕も、王子として入学前には高等部までの全てのカリキュラムを終わらせておきましょうって言われて、セボレ子爵に教えて貰っている。


「レオナード殿下も、今の学習ペースでしたら、八歳になるかならないかくらいで初等部のカリキュラムが終了し、恐らく十歳頃になれば高等部のカリキュラムも終了し、座学での高等部卒業資格を得られるでしょう。それでも十分にすごいことなのです。百年に一人の天才と称されていいでしょう。殿下以上の天才がいるなど、到底信じられません」


 みんなそうやって僕のことを天才って褒めてくれる。

 父上も同じように褒めてくれるけど、同時に増長したら駄目だとも注意される。


 僕が本当に天才って言う程のものなのか、正直よく分からないけど……。


「じゃあ、もしマリエットローズ嬢の話が本当だったら?」

「もし彼女の話が本当でしたら、マリエットローズ嬢は千年に一人いるかどうかの天才……と言うことになるでしょうね」


 つまり、僕よりもっともっとすごいってことだ!


「ですが、さすがに眉唾物です。変な話をしてしまいましたね」


 全く信じてない顔でセボレ子爵が笑う。


 セボレ子爵は嘘を吐かない人だ。

 少なくとも、僕に嘘を吐いたことはない。


 じゃあセボレ子爵の妹弟子は、見栄で嘘を吐く人なのかな?

 セボレ子爵の様子を見ると、そんな風にも思えない。


 もし……それが嘘じゃないとしたら?


 マリエットローズ嬢……一体どんな子なんだろう?


 なんだかすごく会ってみたくなってきた。

 お話、してみたいな。


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