59 来てくれた職人達

「それは丁度いい。まさに今そのことで、マリーと頭を悩ませバロー卿に相談しようと話していたところだった。是非、バロー卿の話を聞かせて貰いたい」


 オーバン先生は神妙な顔になって、口調を改めた。


「儂の知り合いの魔道具師と職人を他領から招いてはどうかと思っております」


 それを聞いて、お父様がわずかに眉を寄せた。


 私も、やっぱりそれしかないのかなって、手を握り締めてお父様とオーバン先生の顔を交互に見上げる。


「せっかくだがそれは、出来れば避けたいと結論が出たところだ」

「トラブルの原因になりますからな。ですが儂が提案するのは、現役のではなく、仕事を奪われた者達のことでしてな」

「仕事を奪われた者達、ですか?」


 思わず首を傾げてしまった私に、憤りと悲しみの混じり合った顔で頷く。


「うむ。特許利権貴族どもに魔道具を盗まれ特許を奪われてしまった者達、ろくな保護期間を買えず、すぐに模倣されて仕事を奪われた者達、言うことを聞かぬからと工房を潰された者達。そういう者達が少なからずおってな」

「そんな……!」


 そんなあくどい真似をしてまで、利権を独占しようとしているなんて!


「彼らがいらぬと捨てた者達を閣下が拾い上げることに、文句を言われる筋合いはありますまい」

「彼らがそのくらい物わかりが良ければ苦労はないが」

「でしょうな。ですから、閣下にはいらぬ苦労をかけてしまうことになりましょうが、あの者達をこのまま放置しておくのは忍びなく、またこのまま埋もれさせてしまうのはあまりにも惜しい。秘密裏に家族ごと招いてしまえば、そうそう手出しも出来ぬでしょう」

「お父様」


 そんな人達がいるのなら、なんとしても掬い上げてあげたい。

 どうせ特許利権貴族達とトラブルが起きることは目に見えているんだから。

 だったらこっちにメリットがあることで起きる方がまだいいもの。

 囲い込んでいる現役の魔道具師と職人に手を出すわけじゃないんだから、トラブルの規模も多少は抑えられるはずだし。


「……分かった、検討してみよう」

「ありがとうございます、閣下」


 話が終わると、早く研究の続きをしたいからと、オーバン先生は早々に退室してしまった。


「マリー」


 二人きりになったら、お父様が至極真面目な顔で真っ直ぐに私を見てきた。


「もしバロー卿の提案に乗れば、マリーの身も危うくなるかも知れない。どうする?」

「構いません。どうせ早いか遅いかの違いですから。それより、不当な目に遭わされている人達をなんとかしてあげたいです」

「マリーは優しい子だな……分かった、やってみよう」

「ありがとうございます、お父様」


 貴族の顔で私に頷いた後、父親の優しい顔で両手を広げる。


 私はお父様の腕の中に飛び込み、お膝の上に横座りしてギュッと抱き付いた。

 お父様も私を抱き締めてくれる。


「あまり急いで大人にならなくてもいいんだよ? まだこうして、親の腕の中で甘えていていい年なんだから」

「ありがとうパパ。でもいいの。私がそうしたいから」


 陰謀も断罪も処刑も全部回避して、みんな一緒にずっと笑顔で暮らせるように。


「そうか。分かった。それが道理がない、益のないことでない限り、私も可能な限り協力しよう」

「ありがとう、だからパパ大好き」


 頬にキスする。


 その時のお父様のにやけた顔は、見られた物じゃなかった。

 でも、大好き。



 それから数ヶ月後。


「よく来たなクロード、久しぶりじゃな」

「おお、オーバン! まさかお前さんからこんな誘いがあるとはな」


 お父様の手配のおかげで、魔道具師と職人、その家族達が無事領都に到着した。

 オーバン先生と同年代のお爺さんから、中年のご夫婦、青年のご夫婦、さらに私より幼い子供達まで、総勢三百人を越えている。


「ゼンボルグ公爵様、この度はワシらを招いて戴き、ありがとうございます」


 クロードと呼ばれた白髪のお爺さんが、一同を代表してお父様にお礼を言って頭を下げると、他の人達も一斉にお礼を言って頭を下げた。


「急な、それもこのような形での招きに応じてくれたこと、感謝する。諸君らの魔道具師と職人としての手腕に期待すること大だ。ご家族も新たな仕事が見つかるまで生活は保障するので、安心して仕事に専念して欲しい」


 お父様の言葉に、みんな顔を明るくする。


 これだけたくさんの人達が誘いに応じて来てくれたことは、素直に嬉しい。

 でも裏を返せば、これだけたくさんの人達が、元の領地でそこの貴族達に酷い目に遭わされていたと言う証拠でもある。

 みんな、ここ、ゼンボルグ公爵領を新天地と期待して来てくれたんだから、是非、楽しくお仕事をして欲しいわ。


「どれ、歓迎の印に、お前さん達にやる気が出るいい物を見せてやろう」


 オーバン先生がそう言って取り出したのは、私がプレゼントしたランプで……。


 えっ、それ見せちゃうの!?

 余所から来たばかりの職人さん達に!?

 オーバン先生は開発を手伝ってくれた先生だからいいけど、他のプロの職人さん達に見られるのは、ちょっと恥ずかしいんだけど!?


「ランプ? だけどボタンが多いな?」

「デザインは……斬新だ。しかもお洒落で美しい造形をしているな」


 だけどランプはランプだろう、みたいな職人さん達の反応に、オーバン先生が悪戯っぽくニヤリと笑った。


「ほれ、ここのボタンを押すと……どうじゃ?」

「なっ!? 明るさが変わった!?」

「ほれ、こっちのボタンもじゃぞ」

「暗くなったり明るくなったり、ボタンで切り替わるだって!?」

「魔石は一つ、だよな!?」

「魔法陣が裏向きに!? 何か仕掛けに関係があるのか!?」


 得意満面でランプを操作するオーバン先生の周りに、百人近い魔道具師と職人さん達が殺到してくる。


「わぁ……」


 みんなすごい真剣な顔だ。

 お父様の前だって言うのに、もうそんなこと欠片も頭にない顔でマジマジとランプを観察して、目を輝かせている。

 本当にみんな魔道具が大好きな人達なのね。

 恥ずかしい反面、なんだか嬉しい。


「驚いたな……これはオーバンが?」

「いや、儂ではない」

「なんと!? では誰が!?」


 オーバン先生が私に目を向けた途端、全員一斉に私に顔を向けた。


「ひぅ!?」


 思わず変な声が出て後ずさっちゃったくらい、真剣な目と顔が怖い。


 アラベルが咄嗟に私を庇って前に出る。

 本当にもう、そのくらい身の危険を感じてしまった。


「こんな子供が……!?」


 言いかけて、咄嗟のアラベルの行動に、クロードさんは私が誰だか思い出したんだろう、慌てて私とお父様に頭を下げた。


「申し訳ございません、お嬢様に対してとんだ失礼を」


 他の魔道具師と職人さん達も、はっと気付いて青い顔で慌ててそれに続いた。

 領地に来たばかりでいきなり失礼な真似をしちゃったわけだから、すごく恐縮して謝ってくれる。


「い、いえ、気にしていませんから。こんな小さな子供が魔道具を作っただなんて、普通驚きますよね」


 ちょっと夢中になっちゃっただけで、悪気がないのは明らかだもんね。

 だから、両手を振って全然気にしてないアピールをする。

 アラベルにも、ありがとうってお礼を言って下がって貰った。


「どうじゃ、この子供らしからぬ落ち着きようとおっしゃりようは。面白かろう?」


 どうしてそこでオーバン先生がドヤ顔するのかな?

 しかも面白いって……。


 まあ、あの恥ずかしい『天才幼女』なんて二つ名を出されなかっただけマシだけど。


「なるほど、さすが公爵令嬢、大変大人びて賢くていらっしゃると」

「その通りだ。我が娘ながらこの子は天才だ。その知識と類い希な発想力を、すぐに思い知ることになるだろう。楽しみにしておくといい」


 お父様まで得意満面で鷹揚に頷く親バカを発揮しないでよ、恥ずかしいでしょう!

 エマもアラベルも、後ろでうんうんと頷かないで!


 ともかく、うちの領地にたくさんの魔道具師と職人が増えて、私の開発のお手伝いをしてくれることに決まった。


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