26 港町の孤児達 1
桟橋に停泊しているのは、当然だけど木造船ばかりだ。
それも、ずんぐりとした形の船ばかり。
どれも一本マストで大きな横帆が一枚の、形はコグ船に近いかも。
この時代の船だと、全幅に対して全長が二倍から二.五倍くらいが一般的だから、そんな風にずんぐりして見えちゃうのね。
さて、そんなずんぐりとした船ばかりが停泊している港だけど……。
さすがにこの世界の他の港町の規模を知らないから比較は出来ないけど、ここは小さな漁村みたいなレベルじゃない。
道中、馬車の中でお父様に聞いた話によると、ここシャルリードは、ゼンボルグ公爵領の南にあるシャット伯爵領は元より、ゼンボルグ公爵領でも有数の港町だそうだ。
だから、町は大きく、港には倉庫が幾つも建ち並び、他国、他領からやってきた何隻もの船が停泊していて、中には荷物の積み卸しをしている船もあって、水夫や人足の、よく日焼けしたごつい男の人達が大勢働いていて活気がある。
水夫達の中には明らかに顔立ち、それから髪や肌の色が違う人達が交じっているから、格好良く言えば、国際的な貿易港と言ったところね。
そう思うと、眺めているだけでワクワクしてくるわ。
そんな交易船の大きさは、遠目だから概算になるけど、大きいものでざっと全長十五メートルあるかないかくらいかな?
十五世紀末にコロンブスが新大陸発見のために乗ったキャラック船の一種のナオ船のサンタ・マリア号と、その僚艦のキャラベル船のピンタ号がおよそ二十三メートルくらい、同じく僚艦のキャラベル船のニーニャ号が十九メートルくらい……だったと思うから、それよりうんと小さい。
だから目の前の帆船の形状や大きさだけで考えるなら、今はざっと十三世紀末から十四世紀初頭くらいになりそう。
コグ船っぽい船がまだ主流なのも納得ね。
そんな二十メートル前後のキャラベル船でさえ、前世の現代で考えれば小型船の範疇だから、今停泊しているのは本当に小さな船ばかりで、荒波が激しい外洋を航海するには不安が残るサイズの船ばかりになる。
多分、強引に大西海を突っ切ってアグリカ大陸まで縦断出来ないこともないと思うけど、高波で転覆したり、潮に流されて遭難したり、嵐に遭ってマストが折れて漂流したり、命が幾つあっても足りないんじゃないかな。
船が小さいから一度に運べる積み荷の量もたかが知れているし、命を賭けるには割に合わないと思う。
だからこそ、私が計画した大型船が生きてくると言うわけね。
何しろカティサークは、三本マストで全長八十六メートル、全幅十一メートル。
現在主流の帆船のおよそ五倍の全長で、全幅に対して全長が八倍近くになる、非常にスリムな快速帆船だ。
一足飛びに何世代も先の大型船の建造になるけど、すでに完成形があってゴールが見えている開発なんだから、船大工や技術者達には是非頑張って欲しい。
ちなみに、ギネスブックにも載っている世界最大の帆船ロイヤル・クリッパーは、五本マストで全長百三十四メートル、全幅十六メートル。
海上自衛隊のイージス艦は、全長百六十から百七十メートル、全幅二十メートル程。
それに比べたら、大型船のカティサークでさえ小さい部類だから、大丈夫、きっと作れる。
「お船、大きいですね」
「ね~♪」
私がじっと帆船を見ていたからか、エマが微笑ましそうな顔をする。
なんだかそれが嬉しくて、私もエマを見上げてにっこり笑った。
前世では本当に、父も兄も鬱陶しいばかりで、帆船なんて欠片も興味がないのに無駄知識ばかり増えていく、なんて思っていたけど……。
こうして実際に自分が大型船を作ろうってなったら、にわかに興味が湧いてきたんだから、現金なものよね。
もし父や兄がこの世界に転生していたら、この光景にきっと大はしゃぎだったに違いないわ。
「……ん?」
「どうかなさいましたかお嬢様?」
港の様子を見回していたら、倉庫にほど近い建物の陰に、小さな子供ばかりが数人、お互い寄り添うように地面に座り込んでいた。
「ああ、あれは……」
エマの表情が曇って、アラベルが眉間に皺を寄せて渋い顔をする。
なんとなく、事情が分かった。
「行こう」
エマの手を引っ張って、その子供達の方へと走る。
「いけませんお嬢様!」
「いけないことなんてないよ!」
アラベルが制止するけど、振り返らずに走りながら、ちょっとむっとして言い返す。
二人から戸惑う気配を感じるけど、それを無視してその子供達の前に駆け寄った。
「こんにちは」
年の頃は私と同じかちょっと上の六歳? 七歳? それから下は三歳くらいかな。
全部で五人、男の子も女の子もいて、みんな薄汚れたボロ切れみたいな服とも呼べない服を着ている。
薄汚れて、髪もボサボサで、臭いもきつい。
でも私は構わず、怖くないよ、怪しくないよ、って、にっこり微笑む。
俯いていたその子達は、まさか声をかけられると思っていなかったのか、顔を上げると驚きに目を見開いて私を見た。
「ねえ、あなたたち、ここで何をしているの?」
男の子が三人、女の子が二人。
痩せ細っていて、顔にも瞳にも生気がなくて、今日までどうやって生きてきたのか想像も付かない。
そんな子供達は、いつまでも驚きに目を見開いたままだ。
「お嬢様が質問されているのだぞ、さっさと答えないか!」
「アラベル、だめ、どなったら」
「しかしこの者達は――」
「だめ」
「……はっ、分かりました」
「ありがとう。じゃあアラベル、少し下がって」
「はっ」
「しゃがんで」
「は?」
「しゃがんで」
「はっ」
「エマも、しゃがんで?」
「はい、お嬢様」
大声で怒鳴って威圧したアラベルには少し下がって貰って、大人が二人も側で立っていたら怖いだろうから、二人にはしゃがんで貰う。
そして私も、目線を合わせるようにしゃがんだ。
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