10 美味しく楽しい健康的な食卓のために 1
夕食の時間になって、給仕のメイド達がワゴンを運んで来て、私達の前に料理を並べていく。
私の前には、私が監修して適切な味付になった料理。
お父様とお母様の前には、いつものスパイスにまみれにまみれた、スパイスの味しかしない料理。
セバスチャンの協力を取り付けてから一週間が過ぎた。
今日が私の作戦の決行日だ。
「さあ、戴こうか」
家長のお父様の合図で食前の祈りを捧げて、それから食事になるんだけど……。
「まってくださいおとうさま、おかあさま。おしょくじのまえに、だいじなおはなしがあります」
「マリー、また例の話かい?」
お父様が困ったように微笑む。
お母様はどう説明して私を諭そうか、そんな顔をしている。
「そうだけど、そうじゃありません」
今日の私はこれまでとはひと味違う。
「せばすちゃん」
振り返って声をかけると、セバスチャンが
「なるほど、セバスチャンを味方に付けたのか。それで?」
お父様がセバスチャンを見ると、セバスチャンは食事とは別に運び込まれていたワゴンから、クローシュ――レストランとかで見る料理のお皿に被せる銀製の大きな蓋――で中身を隠したお皿を一つ、お父様とお母様の間に置いた。
お父様がセバスチャンに目で問うと、セバスチャンがクローシュを外す。
お皿に載っていたのは、一万リデラ金貨が二十一枚。
リデラはオルレアーナ王国の通貨の単位で、物価の違いがよく分からないから、私は取りあえず一リデラは一円くらい、と勝手に思っている。
「二十一万リデラ? これがなんだ?」
お父様はセバスチャンに訝しげな目を向けるけど、ここは私が説明する。
「おとうさま、おかあさま、わたしのおしょくじだけ、あじつけをかえてもらっていますよね?」
「ええ、そうね。スパイスが強すぎてマリーは食べられなかったものね」
「はい。そのにじゅういちまんりでらは、このいっしゅうかん、もしわたしがおとうさま、おかあさまとおなじあじつけをしてもらったばあいにつかったはずの、すぱいすのだいきんです」
お父様とお母様が難しい顔になる。
特にお父様は眉間に皺を寄せて渋い顔だ。
「さんにんなら、いっしゅうかんで、ろくじゅうさんまんりでら。いっかげつで、にひゃくごじゅうにまんりでら。しょうにんと
お父様も分かっているはず。
オルレアーナ王国の玄関口になる東の領地では、胡椒が同じ重さのリデラ金貨で取引されていることを。
そして、中継地の貴族の領地でかけられた関税や港湾使用料が上乗せされていき、極西と呼ばれるゼンボルグ公爵領に届くとき、三倍の値に跳ね上がっていることを。
胡椒が三倍の重さのリデラ金貨になる。
どれだけ暴利を貪られているのか。
私もセバスチャンに頼んで調べて貰って、実際にリデラ金貨を目の前に積み上げてビックリしたわ。
「……しかし、貴族として美食をやめるわけには」
「……ええ、そうね、そうよね」
現物を目の前にして、さすがのお父様もお母様も揺れているみたいね。
でも、まだプライドが邪魔をしている。
「えま」
「はい、お嬢様」
私は自分のお肉をナイフで切り分けると、椅子から降りてお父様の側まで行く。
エマはお肉のお皿を持って付いてきてくれた。
「おとうさま、あ~ん」
切り分けたお肉をフォークで刺して、背伸びをしてお父様に『あーん』する。
今どんな話をしているのか、すっぽり抜け落ちてしまったみたいなデレデレの顔になって、お父様が『あーん』と大きく口を開けて食べてくれた。
「……!?」
デレデレだったお父様の顔が強ばる。
「セバスチャン、これはどういうことだ?」
厳しい視線でセバスチャンを咎めるお父様。
そんなお父様にも、澄まし顔のセバスチャン。
そんな二人に戸惑うお母様に、私は側に行って『あーん』をして食べさせてあげた。
「……まあ!」
お母様もセバスチャンを怖い顔で睨む。
「何故マリーにこんな安物の肉を食べさせている」
「そうよ、セバスチャン。誰がこんな真似を?」
犯人を解雇せんばかりの、厳しい物言いだ。
だけどセバスチャンは顔色一つ変えず、しれっと答えた。
「恐れながら、お嬢様でございます」
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