第十五話 西部戦線異誕アリ case31
「やる……なあ……どっちが殺し屋だよ……ちくしょ……まだ死にたくないなあ……」
ほとんど首がもげかかり、もはや立つこともできないほど全身を切り裂かれながらも、クリストファーは執拗なまでの強靭さで生にしがみついていた。
その両目は虚ろになり、絶え絶えの呼吸するたびに、流れ出る血と共に命の灯が消えていく。どう見ても致命傷だ。それでもこうして喋れているのはやはり彼が人外であることの証明に他ならなかった。
「……私達は殺し屋なんかじゃない。あなたと一緒にしないで!」
強く翠は叫ぶ、目の前の男が何を叫んでも、その全てを否定したかった。自分達をクリストファーのような存在と同列であるかのように語られたくなかった。
「一緒だよ。お前達は人殺しの才能がある。俺と一緒さ。なあ。俺の地盤を継ぐか?代わに依頼を引き受けてさ、ばんばん殺してくれよ。ハハハハハ」
どこまでもいやらしく歯を見せて殺し屋は笑った。土気色になった顔はもはや全く端正には見えなかった。痩せこけた肉の張り付いた髑髏のように、おぞましさを漂わせた瀕死のクリストファーが、血を吐き出しながら笑っている。
白翅の肩がわずかに跳ねる。そして、左手を右手でそっと抑えた。顔を伏せているせいか、表情はよく見えない。
今まで受けた屈辱と、白翅をただの人殺し呼ばわりされたことに対する怒りで胸が熱くなった。
「私はただの人殺しじゃない。殺し屋じゃない」
自分の両親を奪ったガラドや、怜理を奪ったリヨン。そして。目の前のクリストファー。存在とは同じじゃない。白翅さんだって殺し屋じゃない。そうだ違う。
「……」
「同じなわけない」
「そうかよ。そうかよ」
「誰に頼まれたの!」
拳銃を強く突き付けながら、翠は殺し屋を見下ろす。
「俺が知りたいよ。ハサンの……あの魔術士が仲介人になって依頼を持ってきたんだ、あいつしか知らない。いや、あいつも知ってるかなあ」
P226が二発、たて続けに火を噴いた。腹部の傷口に弾丸が突き刺さり、クリストファーが短く叫びながら激しくせき込む。長身の下の土が噴き出た血の飛沫で赤黒く濡れた。三発目の銃弾を受けて背中が浮き上がり、土に再び叩きつけられた。
「ほんと、だよ……気前のいい奴だったぜ。報酬は高いし……何より、お前をペットにすることに……同意してくれた」
翠は再び胸が悪くなった。銃を持つ手が震える。白翅が唇を引き結び、クリストファーに向け続けている。
「それどころか……お前を連れていくための手筈も整えてくれるはずだったんだ……俺が勝ったらな……負けたら、喋れることは喋ってもいいと……さ」
「それはなに……?」
白翅が尋ねた。クリストファーはこの時、初めて白翅に関心を向けたようだった。
「俺はお前がどうでもよくて、あいつらは、そうじゃなかったってことか……」
クリストファーの声はどんどん掠れ、小さくなっていく。
「名前だけは、言ってたぜ……言ったらわかるとよ……」
ひゅうひゅうと弱々しく、切り裂かれた喉から血と共に空気が抜けていく音が翠の耳に届いた。
クリストファーの身体が崩れていく。輪郭が消えてなくなり始める。
その後を追おうとするかのように翠は銃を向けた。
血まみれの破れた唇がゆっくりと動かされた。
「『無記名の
ぞわっと背中を戦慄が駆け抜けた。白翅が小さく、え、と呟く。驚愕がその声には込められていた。
「へへ、あばよ……ここまでおいで」
頭の先から食い破られるようにクリストファーが光の粒となって消えていく。
『ハハハハハ……いつか地獄に落ちてこい。ここまで落ちてこい!女ども!』
弱々しく、苦し気にさも愉快そうに哄笑を上げながら、クリストファーの身体が消え完全に光の粒となってバラバラに砕け散った。
「それって……」
やっとのことで出した声に答える者は誰もいなかった。並んで立つ白翅は答えることすらもできないようだった。
林道の中、殺し屋が消えた後を、白翅が凍り付いた表情でいつまでも見つめていた。
『翠……白翅、聞こえる⁉』
『テステス……』
「!はい!」
「……うん、はい」
耳元のインカムに突然通信が入った。椿姫と茶花の声だった。椿姫の声は心なしか憔悴しているようだった。
「こっちは無事です!クリストファー・ペンディーンは倒しました!」
『よかった……こっちは悪い知らせよ。あたしたちは無事だった。けれど……ハサンが自殺したわ。手がかりが、消えた』
「依頼人が、自分の名前を名乗っていたみたいです」
『どういうこと?』
『むー?』
「クリストファーがハサンから教えられていました。名前は……」
「無記名の
白翅が乾いた声でそう続けた。
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