第十五話 西部戦線異誕アリ case28

 翠は流れるように弾倉を交換する。

 まだ多少弾は残ってはいるが、弾切れになった時が心配だった。

直進し、巧みな体捌きで狙いをつけられないようにしながら、敵の姿を視界に収める。

フルオートで弾を撃ちながら標的に、走って接近する。空気中に硝煙の強い匂いが流れた。


 残弾が残り少なくなると、白翅がすかさず援護しつつ、溶解液をかわしながら、銃弾と斬撃を交互に放ち、敵の攻撃を牽制する。

 木の表面に、横向きに足裏を付けて休むことなくクリストファーは反撃を繰り返す。

 翠の放ったライフル弾が、周囲の木々を削りながら、クリストファーに襲いかかる。

 狙いを定められることを恐れ、足場となった木からそのまま斜めに飛び降りる。身を低くして、生い茂る草をかき分けながら斜めに動くその姿は、まぎれもなく人外そのものだった。

 そして、一瞬だけ立ち止まり、両手を横に薙ぐように振るいながら、六発の溶解液が放たれる。


「移動します!」

「わかった!」


 素早く密着して肩を寄せ合い、正面に迫る溶解液を同時に銃撃する。

 大量の飛沫が舞う。

 翠は身を投げ出して、前に伏せた。

 白翅の銃の弾倉が空になる。

 翠は引金を引き続けた。

 溶解液の飛沫が当たった戦闘服の穴が広がっている。


「……!」


 下から覗いた肌に強い刺激を感じた。

 痛みが遅れてやってきた。いつのまにか、肌に攻撃が当たっていたらしい。

 再び訪れた苦痛に翠は唇をゆがめた。

 それでも悲鳴は漏らさない。相手を喜ばせるだけだと知っているからだ。

 ひゅん、と空気を切り裂いて、銃剣が木の幹に突き刺さった。


「バカ力が……」


 間一髪でそれを避けた殺し屋が思わず気を取られた。

 すかさずクリストファーの顔面めがけて連続で弾丸を放った。あらかじめ入れ替えておいた弾倉から弾丸がどんどん送り込まれ、クリストファーに次の攻撃の隙を与えない。

 顔を逸らすが、間に合わない。

 特殊加工弾が彼の頬を削り、血を噴き出させる。

 拳銃で弾幕を張りながら、白翅が根本ギリギリまで突き刺さった銃剣をさっと引っこ抜いた。


「次は私の番だよ!」

「いってえな!」


 焼けるような痛みにクリストファーが毒づいた。

 そして、その場を斜めに跳躍して離脱を試みる。


「うああああああッ!!」


 身を起こした翠が、ジグザグに走って、木を足場にして蹴り付け、勢いをつける。

 翠はそのまま、空中を回転しながら、両足で踵落としを放った。

 クリストファーは思わず、溶解液を吹きださせた両手を構えて、翠の細い脚を受け止めようとする。

 が、翠は直前に宙で体を前に倒すと、両手に構えた拳銃の引金を連続で四回引いた。

 狙いを察知した敵が溶解液を身を低くして撒き散らしながら走ってその場を逃れた。

 外れた弾は地面にめり込む。銃弾が連射され、弾丸が再びクリストファーの身体を掠める。

 アドレナリンの効果が切れ、また痛みがぶり返してきた。

 翠はうめき声を上げる。

 いつの間にか、服の穴が増え、傷口からは血が噴き出していた。この前の傷だってまだ治っていないというのに。

 ざまをみろ、とクリストファーがほくそ笑む。

 溶解液の膜が張られた両手が、空を切りながら突き出された。勢いを殺しきれず、攻撃を受けた。

 戦闘服の肩口が切り裂かれ、その下からのぞいた細い肩が焼け爛れた。耐えきれず、喉の奥からうめき声が漏れた。


 翠は全力でサイドステップを踏み、追撃を避ける。そのまま踵を高く上げて、力一杯振り落とした。

 相手の左肩を一撃する。クリストファーはバランスを崩しながらも、溶解液が至近距離で放った。

 高く飛びながら、翠は両手の銃で左右からこめかみを殴りつけた。

 頭を振ってそれをかわすクリストファー。左からの打撃がクリストファーの横顔をかすめる、すかさず引金を引き続けた。蹴りが右から飛んでくる。腰に力を入れて、二丁拳銃を交差させてそれを防御した。


「翠!」


 闇の中で鋭く何かが閃いた。高速で空を裂くそれは鋭い刺突。

 いつのまにか距離を詰めた白翅が連続で銃剣の斬撃を浴びせる。

 翠も武器を軍用ナイフに切り替え、挟み撃ちにするようにクリストファーを切りつける。

 相手がステップを踏んでかわすも、白翅は翠の援護を受けながら、動きに合わせて刃を振るう。


 刺突を受け止めようとするが、それを察知したのか白翅が素早く後退し、反対の手に握った銃の引き金を二回引いた。クリストファーは地面に転がってそれを避ける。

 白翅と翠の二人による三丁の拳銃による弾丸が浴びせられた。ダメージを追いながらも、溶解液を放ち、ひたすら戦闘を続ける。走ったかと思えば、速度を落とすことなく攻撃を放ち、ほんの少しの動きで翠達の攻撃を溶解液の膜を張った手で受け流している。


 二人がひとしきり掃射した後、目配せして翠は木の根元の茂みに飛び込んだ。白翅が離れた立つ木の陰に大きくジャンプして姿を消す。クリストファーが腰に力を入れ、掌底を繰り出す動きで掌を突き出した。

 次の瞬間、砲弾を放つような勢いで球状の溶解液が放たれ、それが二本の木々を貫通し、根本から崩れさせる。砲弾が連続で放たれ、翠のすぐ近くの茂みの草が溶かされていく。フルオートで弾丸を放ちながら、翠は身を低くして飛び出した。


 クリストファーが跳躍し後ろに宙返りしながら両手を伸ばす。すぐ近くの木に球状の溶解液が当たり、表面がぐずぐずと崩れた。そしてほぼ同時に放たれた二発目が、木の一本を直撃した。飛沫が飛び散り、それはまっすぐに、木陰から飛び出しかけた白翅を直撃する。白翅が小さく叫んだ。戦闘服が焦げる音が木々の間で響く。


「ちょこまかと、焦らしてくれるな!」


 再び、クリストファーが肉薄してきた。ナイフを振り回してそれを振り払い、距離をとり、また攻撃する。白翅が体勢を立て直す隙を作るためだった。

 夢中でナイフを振るう翠の顔に何か温かいものがかかる。不思議と不快ではない、奇妙な感触だった。

 手首を捻って斬撃を放ち、後退しながら隣を走る白翅に視線を向けた。

 加速した白翅が隣を走り抜けた。頬から噴き出す血を拭おうともせず。


 ずきり、と翠の胸が激しく痛んだ。白翅の運動能力の高さであっても、全ての攻撃をかわすことはできなかったのだ。

 白翅には傷ついて欲しくなかった。自分が本当はもっと彼女をサポートできるようにならなくてはいけなかったのに。


 怜理が殉職した日も、そして今回も。最後に助けられたのは自分の方だった。

 白翅は本来、こんなやつらと戦わなくてもいいはずだったのに。それもこれも、自分が。倒すべき敵を倒すことができなかったせいで。

 なんとしてでも、こいつは倒さなければならなかった。


 翠の手が口に咥えていた拳銃を取った。怒りを込めて正面を見据える。

 余裕を少しずつ失いながらも、口角を吊り上げる殺し屋の姿に照準を合わせた。

 銃弾が飛び出すと同時に、クリストファーがすぐ近くの細い木を蹴りつけてへし折りながら、跳躍した。翠は無理な体勢で銃弾を放ちながら、相手の動く先に狙いを定めて銃を撃ち続けた。焼けるような痛みで意識が朦朧とする。頭を振って、なんとか集中を取り戻した。


「くらくらするか?くらくらするか?おい。期待してろよ!後でたっぷりと、見事に昇天させてやるからなあ!」


 クリストファーが反撃に移る。距離を詰めようとする翠を、溶解液の連続攻撃で振り払った。白翅に思いっきり力を込めて前蹴りを放つ。

 腕を咄嗟に交差させて防いだ白翅が吹き飛ばされた。

 背後に回り込んだ翠めがけて素早く片手が振られ、溶解液が叩き込まれた。翠は投げつけたSG552でそれを空中で止める。


 溶けた金属と飛沫が、あたり一面に飛び散る。思わず目を閉じそうになる。それをこらえ、右手で武器をナイフに切り替えて、先端を相手に向けた。相手がすぐそばの木陰に飛び込み、幹めがけて掌底を繰り出した。


 人外の膂力と、溶解液の濃度による劣化で、簡単に大木はへし折れた。

 両脚に力を集中させ、それを避けた。大木を飛び越える。

 拳銃を構える。弾丸が飛んだ。クリストファーの姿が吹き飛ぶ大木の陰に隠れる。叫び声と金属の塊が固いものにぶつかるような音が響いた。銃弾を放ちながら、草の上を滑って、宙を舞う大木の下を潜り抜けていく。

 片膝を突いて狙いをつける。銃弾を立て続けに放った。


 対象の両脚、腹、胸、を素早く視界におさめ、発砲を続ける。木立の中を片脚を上げながら、クリストファーがかろうじて攻撃を避け、体を左右に傾けた。

 その隙を見逃さず、白翅が手元の銃剣を閃かせ、同時に後ろから切りかかる。クリストファーが前に飛んだ。背中が切り裂かれ、血飛沫が上がる。


「くおお!」


 とどめには至らなかった。

 痛みをこらえたクリストファーが左足で地面を踏みしめ、右足で強力なキックを放った。離れた木立の中、木の一本に銃剣が突き刺さった。翠が銃弾を放ち続けるクリストファーが球状の攻撃を連続で放つ、銃弾で迎え撃つ。砕け散った液体の球の飛沫を、身を捻ってかわし続けた。銃口をそれでも相手に向け続ける。



 目の前の光景に、動きが止まった。

 勢いを殺しきれず、地面に叩きつけられ、受け身をとった白翅に脚を振り下ろしてクリストファーが抑え込んでいる。

 そして、白翅の顔に掌を向けた。

 翠の喉から叫びが飛び出した。


「動かないで!」

「お前こそ動くな混血。スイっていうらしいな。聞こえたか!?おとなしくしなきゃ、こいつの顔面を溶かすぞ!実の親でも見分けつかねえようにしてやる!もったいないなあ!アジアンのくせに見られる顔してんのになあ!ハハハハ!」


 にたりと男の唇の端が吊り上がった。

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