第十五話 西部戦線異誕アリ case27

 長剣の先端が目の前に突き出された。

 間一髪背中を反らして、椿姫は刺突を避け、距離を取る。

 続く攻撃に、横向きに頭を倒すと、サメの歯のように凶悪な鋸刃が、反り返った刀身と共に、再び迫る。

 無理な体勢で床を斜めに蹴って、攻撃範囲から逃れた。


 時間の経過と共に、火の手は僅かながらも勢いを弱めている。

 一方で、それとは反比例するかのように、戦闘は激化していた。

 続くハサンの攻撃を茶花が野球のバットを振るような動きで鎌をぶつけて反らした。

 魔力で延長できる剣のリーチを殺すため、椿姫と茶花は距離をひたすら詰め、接近戦に持ち込もうとしていた。

 どちらか片方なら正面からぶつかれば、パワー負けするかもしれない。

 しかし、二人ならば押しきれる筈だ。


 だが、ハサンもその意図を察したらしい。

 不破の調べたデータは正確だ。

 だからこそ、敵が紛争地域で戦っていた、名うての殺し屋であることは紛れもない事実なのだ。

 体の向きを変えながら後ろに下がると、魔力の衝撃波を左右に放ちながら、距離をとる。そして、両手の長剣を頭上に放り投げる。


(武器を捨てた⁉何か罠がある!)


 右足を踏み出しかけた茶花を手で制し、手の先に魔力を集中させる。

 ハサンが横にずれると同時に、空いた両手で分厚い戦闘服の内側から何かを取り出した。

 それはパイナップル型の手榴弾だった。

 二つの手榴弾が左右の壁に向けて投げつけられる。バウンドしたそれが、まるで二人を挟み撃ちにするかのように迫り、爆発した。


「あっぶない!」


 とっさに茶花を突き飛ばし覆い被さりつつ、床に伏せさせる。

 ふきゅ、と茶花が潰れた声を出した。

 手榴弾の破片が飛び散り、壁に突き刺さる。

 轟音で耳が一瞬遠くなる。

 敵も軍隊を相手に戦ってきたのだ。

 手榴弾くらい持っていてもおかしくない。

 インカムが騒音をシャットアウトしたおかげでなんとかこの程度ですんだ。


 安心したのもつかのまま、椿姫の直感が危険の予感を知らせる。魔力の気配。

 目の前を覆っていた白煙が切り裂かれ、折り重なった二人の胴体を切断しようと、魔力で延長された刃が襲い来る。


「茶花!」

「ほいっです」


 椿姫と茶花はお互いの足裏を蹴飛ばし合い、一気に距離を取る。


 空振りした刃が地面を切り裂いた。

 二人がすぐに向き直り、椿姫が炎弾を三発ぶつける。

 火の粉が飛び、また視界が煙で覆われた。煙の奥から空気を振るわせながら、衝撃波が放たれ、逃げる椿姫達の軌道上に魔力の刃が迫る。


 椿姫は魔力の盾と二本の銃剣で自分の身をガードした。

 茶花は刃を大鎌でいなし、ジグザグに動いて衝撃波を避けた。煙の奥から、二メートル近い巨体が姿を現し、獣じみた速さで進み出る。

 そして、大鎌を振るいながら立ち向かってくる茶花の攻撃を迎え打った。

 大きくハサンが呼吸する音を、魔力でブーストされた聴覚が捉える。椿姫は状況を分析する。


 この場にいる三人が三人とも、同じレベルで負傷していた。

 誰もがかろうじて直撃を避けていた。

 が、かわし切れず皮膚や肉を裂かれた痕は椿姫にも茶花にも残されていた。飛び散った破片や、燃えさかる炎を避けきれなかったのか、顔や二の腕には負傷の痕が残されていた。疲労だって感じていないわけがない。


「よくぞ、ここまで耐えたな……!」


 長剣を振るおうとハサンの利き腕に左側から茶花が切りつける。ハサンは反対の手で持つ長剣を下から切り上げ、鎌の柄にぶつけ、そのまま強引に切り上げようとする。椿姫が立ち上がったところを、まるでその動きを読んでいたかのように、利き手の剣の先をこちらに向けた。青く光る衝撃波が放たれる。


「褒められても……」


 椿姫はダッシュしながら脆くなった絨毯を蹴り、大きく跳躍する。そして飛び上がって、炎の塊を放った。真紅の炎と青い衝撃が激突する。荒れ果てた屋敷の二階が真昼のように照らし出された。


「ちっとも嬉しくないわよ!」

「それっ」


ハサンが刃を二本同時に突き出す。

強化された長剣が高速で迫る。

 視界が曖昧になった一瞬の隙をついて、茶花が柄から右手を放し、左手の力を緩めた。鎌自体が自重で向きを変え、その結果として、ハサンの剣閃をかわすことになった。攻撃のタイミングをずらした茶花は、左右の手を入れ替えて大鎌を保持し、力いっぱい切り上げる。

 思わぬカウンターをかわそうと、斜め下に体を動かし、横にずれるハサン。

 しかし、完全に避けられず、利き手の肉を大鎌が削いだ。血飛沫が敵の顔と茶花の髪を濡らす。


「ぐ……、が……!」


 耐えきれない苦痛を耐えようとしているかのような呻き。

 戦闘が始まって以来、最大のダメージが入った。止血する暇を与えず、椿姫は立て続けに振るわれる刃を回避し、床を滑るように移動する。二本の銃剣を閃かせ、再び攻撃を再開した。ハサンの表情から余裕が無くなっていく。二方向の攻撃をそれでも臆することなく、魔術を使う傭兵は受け止めていた。


 戦闘経験の高さがなせる業なのか、あまりのスタミナに、椿姫は驚愕する。椿姫は聡明そうな目を火炎の熱と魔力の威圧プレッシャーの中、目を見開いた。ハサンのとった行動があまりに予想外だったからだ。


 茶花と椿姫の追撃をやり過ごしながら、ハサンが後ろに下がり、切り裂かれた腕を炎にかざし、傷口を直接止血したのだ。

 そこは椿姫の放った炎弾が着弾して火柱上がっていた場所だった。


 ハサンが一気に集中を高めた。そして、それが伝わると同時に、攻撃が再開された。

 ハサンの青色の目には余計な雑念は一切宿っていない。ただ、何があっても生き残るという意志だけが伝わる、そんな目だった。

 リーチの長い攻撃と足技によるキックと身のこなしで、二人の連携に対応している。

 椿姫の右手の銃剣が吹き飛ばされた。そして、その右手の先にある椿姫の胸に延長された刃が迫っていた。


 その剣先が弾かれる。茶花が大鎌を投げつけたのだ。

 無防備になった茶花の頭上に刃の突きが迫る。

 顔に到達する直前で茶花の手の中に大鎌が再び出現し、盾となって攻撃を防いだ。飛び散る大きな火花が、燃え盛る炎に飛び込んでいく。二人の攻撃が競り合った。椿姫は援護のため、片手を上げる。二人茶花とハサンが小刻みに動きながら攻防を続けている。

 消耗が思っていたよりも激しく、狙いがうまく定まらない。


「ぐおおおおおおおおおおおお!」

「ふううううううううううう!」


 狙いがやっと定まった瞬間には、力づくで放った突きが、茶花の鎌の刃を破壊していた。大鎌の刃が、音を立て砕けた。負荷に耐えられなかったのか、長剣が半ばでボキン、と折れる。


「終わりだっ!」


 左手からの攻撃が、茶花に迫った。茶花が鎌を再生させるより、剣が彼女を切り裂く方が早い。

 椿姫は、体内で生み出す魔力の出力を最大にして解き放つ。猛スピードで踵で地面を蹴って、両手を相手に叩きつける動きで全力で突き出す。


「あたしを忘れてんじゃないわよ!」

「椿姫さん!」


 呼び出された魔力の盾が真紅の輝きを放ち、敵対する魔術士の剣を拒絶した。

 反動を食らったハサンが大きく後ろによろめいた。

 茶花が半円を描いてステップを踏み、俊敏な動きでハサンの背後に回り込む。

 刃の折れた大鎌の柄を地面と並行に持った茶花は、相手の背中側から折れた棒をもぐりこませ、後ろに強く引っ張った。


「……!」

「折れた鎌にも使い道はあるのです!」


 渾身の力で、茶花自身の身体と、柄で相手の巨体を挟み込こんだ。ハサンの両腕ごと。

 ハサンが体を思いっきり前に倒し、左手の剣の刃をハサンが延長する。そのまま脚を後ろに蹴り出すようにして、茶花を鎌の柄ごと引きずり倒しながら、強引に拘束から逃れた。


 椿姫は右腕を伸ばす。腕に真紅の手甲ガントレットが一秒で生成され、ワイヤーロープが射出された。動力となる魔力の指向性を、椿姫は絶妙なコントロールで調節する。


 その結果、それは床を這い、無茶苦茶な軌道を描きながら、また跳ね上がった。

 ワイヤーが魔力の刃にぶつかる直前で、向きを変える。炎の輝きを受けて、ワイヤーの先端が煌めいた。魔力の刃も軌道を変え、椿姫の身体へ突っ込んでくる。迫る速度はほぼ同じ、先に攻撃が到達した方が勝利を収める。

 自分の攻撃の方が先に届くと。信じるのではなく、椿姫は確信していた。


「あ……!」


 ワイヤーの先端を見とめたハサンが驚愕する。そして、その腹筋のど真ん中に先端が吸い込まれた。

 動脈と肋骨を貫かれたハサンの身体が、壊れたスプリンクラーのように血を噴き出した。

 椿姫の長い睫毛に届く寸前で、魔力の刃が停止する。青い輝きを受けても、椿姫は目を閉じることは無かった。


「ぐ、ごおおお!」

「仕上げよ!」


 ハサンが膝から崩れ落ち、口から血が零れ落ちた。その腹の真ん中には、折れた大鎌の刃先が突き刺さっていた。血に濡れたそれは、ワイヤーロープを魔力の刃に直撃させまいと動かしながら、拾っていたものだった。茶花が跳躍する。

 椿姫は体ごとぶつかり、顔を上げる前に相手の胸を思い切り蹴りつける。

 衝撃をまともに受けたハサンの身体が床と水平に吹き飛んでいく。

 二メートルを超える巨体が頭から壁に叩きつけられ、砕けた壁の向こうへと消えた。

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