第十一話 在りし日の花 case6

 椿姫にとって、彼女が受け継いだ魔術まじゅつの知識、そして先代たちが紡いできた伝統でんとうは彼女の誇りそのものだった。


 そもそも椿姫たち魔術士が守り継ぐ、「魔術まじゅつ」……とは何なのか。

 その成り立ちについては、複数の説が存在する。

 しかし、螢陽ほたる家一部の魔術士や知識人たちの記録によれば、とある一つの説が、最も有力なものとして知れ渡っていた。


 それは「魔術まじゅつ」は本来、この地球という星に科学が誕生する以前に、少数の特殊な才覚を持つ人々によって編み出された、いわば「技術ぎじゅつ」であるというもの。


 一例を挙げるならば、「火を起こす」という「結果」を出すことは、文明が発達する以前では、容易に行えない事象だった。

 少なくとも、一秒と経たずに可能な行為ではない。

 原始的な方法で火を起こすならば、火種になる木材や、摩擦を起こすための道具など、多くの手順が必要だ。

 その一方で魔術は、それを己の体力と精神力の一部と引き換えに、「現象」そのものを操ることで可能にするという、かつての不便さを打開するための、いわば鍵となるものだった。


 古来より、物理法則を無視した現象を引き起こす魔術は、様々な局面で役立てられていった。

 時には、猛獣や大きな獲物と戦うための武器として使用されたり、時には他の部族との抗争の兵器して使われることすらあった。


 しかし、そんな万能かに思われた魔術も、文明の発展と共に廃れていった。

 なぜなら、魔術は特殊な才能や、技能を持つほんの一握りの人間しか使えないからだ。限られた人間にしか使えない技術は、コストや段取りの手配に手がかかり、不自由な面が多過ぎた。


 国々の人口が少ないうちはそれでも良かった。ところが、時代が進み、人口が増えるにつれて、その恩恵を全員に与えることは難しくなりつつあった。


 やがて「科学かがく」が誕生し、かつては魔術のみでしか起こせなかった現象を誰もが容易に起こせるようになると、簡単な術しか扱えない魔術士は必要とされなくなっていった。


 しかし、それでも子孫がいる限り血筋は残る。

 特に魔術を扱う才能に恵まれた者は、科学技術をもってしても、実現不可能な現象を自在に操るだけの実力を持っていた。その実力が最も必要とされたのが、即ち「異誕いたん討伐とうばつ」である。


 地球上でいずれの国々でも自然発生する、超自然的存在として扱われる化物たちは、古来より、時として人々の生命、財産を脅かすことがあった。

 異誕がいつごろから人間たちの目の前に姿を現すようになったのかについてはわからない。

 ただ、人外を恐れた人々は、常識が通用しない化物たちを倒すために、同じく神秘のベールに包まれた存在である魔術士に、その討伐を依頼するようになった。

 理解不能な人外たちを殺すため、それと並ぶ普通とは異なる人間達の力を借りるようになったのだ。そういった形で、優れた魔術士たちは人々に必要とされ続けた。


 それは当然、極東の島国、日本でも例外ではない。日本には、多い時で各地合わせて十を超える魔術を操る家系が存在しており、それらは「討魔とうまの家系」と呼ばれていた。  

 秘密裏に人々に貢献してきた彼らは、民間からも行政からも重宝され、それぞれが所属する地域で大きな力を持っていた。

 椿姫の生まれた螢陽家も、首都が江戸に遷都する以前から、現在でいうところの関東で大きな影響力を持つ一族だった。特に、江戸時代には幕府の後押しもあり、大きな権力を与えられていた。


 しかし時は流れ、二千年代に入った頃、既に日本の魔術士の家系は、半数以上が化物退治を請け負わなくなっていた。理由は、魔術の家系はほとんどが衰退を始めていたからだ。


 理由は単純なことだった。それは後継者不足。時代の流れと共に、魔術士の素質を持つ家系の者の血が薄まっていったからだ。科学が急速に発達すると、その傾向はますます強まった。


 魔術の素養には血統による影響が強く出る。特殊な現象を起こすことのできる特異体質者といってもいい。そして、血統を維持するには同じ素養を持つ者同士が子孫を残すのが一番だ。

 だからこそ、魔術士の家系同士の縁組は長年行われていたが、それにも限界があった。家系も、無限にあるわけではない。ある家系に嫁を出した家が、その何代か前には相手の家から婿を迎えていたというケースすらあった。

 時には、身内と縁組することもあったが、近親結婚を繰り返し過ぎたことによる遺伝子疾患を恐れた子孫達は、魔術士の血を引かない家系の者達と家庭をもつようになった。

が、皮肉にも、リスクを避けたことにより、結果的に代を経るごとに、使える魔術の効果自体が弱体化してしまう例も多かった。


 弱くなった魔術では、人間を遥かに超える強さを持つ人外達と渡り合い、あまつさえ倒すことなど不可能。むしろ、当主としての立場があるものが異誕討伐で命を落とすことがあれば、一族の存続にも関わる……。そう判断した家系は化物退治の生業から手を引き、民間からも政府からも依頼を引き受けることが無くなった。


 しかし、そんな中でも、様々な手を尽くし、時代に適応しながらも化物退治を続ける家計もあった。螢陽家はそんな家系の一つだ。


 また、日本政府もそんな現状を手をこまねいて見ていたわけではない。

「討魔」の家系たる魔術士達が減小に対処するため、手段を密かに講じていた。

 魔術士達が科学の発展と共に減少したのならば、最新の銃火器を駆使して戦力を高めた人員と装備を用いて、不足した魔術士のマンパワーを補なえば良い。その合わせ技で、異誕の凶悪犯罪に立ち向かうことを選んだ。そして、その手段が実現した。


 まず、日本中のどこで異誕が犯罪を犯しても地域を跨いで討伐を行えるように、警察庁直轄の部隊が設立されることになった。


 同時に、警察庁のスタッフ達を揃えるだけでなく、各地に散っている日本警察最強の戦闘集団であるSAT特殊急襲部隊と、連携がとれる体勢が整えられ、次に武装が改善された。かつて、異誕と戦うためのサポートを行う武装警察は、純銀製の弾丸を使用していた。

 純銀は異誕という未知の生物にとって毒素となり、非常に高い回復力を持つ怪物たちの治癒を遅らせる効果があることは記録によって証明されている。


 が、予算や純銀の強度の面から、制圧力が足りないという欠点があったため、より強力な弾丸の開発が科警研かけいけんと民間企業の共同計画で進められた。

 そして完成したのがPBプラチナ・バプティズム加工弾。

 新たに生み出された白金色の加工金属は、拳銃弾だけでなく、ライフル弾、ナイフの刃にも加工され、使用されている。脆弱な傾向がある銀の使用量をなるべく減らし、硬度と殺傷力を高めたものだ。これを使うことで、訓練を受けた者であれば、誰でも異誕生物に大きなダメージを与えることができる。


 そして、最後に部署の主力となる人材が必要だった。そして、それは異誕の専門家であることが望ましかった。

しかし、今なお異誕討伐を生業とする一族は地元に対する帰属意識が強く、中央の専属となることに抵抗を示すものも少なくなかった。特に西日本における魔術士達はその傾向が顕著だった。

 その中で、唯一、非公開職員として警察庁の専属となることを承諾する家系があった。


それが螢陽家であり、当時の党首である螢陽椿鬼ほたるびつばきだった。

すなわち、現当主、螢陽椿姫ほたるびつばきの祖母である。

 椿鬼は「うちがやらなければどこがやる」と二つ返事で引き受けた。


 自らを異誕を狩る者として定義し、その自負を持つことで、日本中を飛び回る事になってでも多くの人々を魔術の力で救おうとしたのだ。


 その姿勢を現当首である椿姫は素直に尊敬していた。椿鬼の生来のプライドの高さもあるだろう。彼女は自分の一族こそが、日本の魔術士の中で最も高い実力を持っているという絶対的な自信と実力があった。そんな一族が管轄外の地域を見捨てれば、日本の討魔の家系の衰退は決定的なものになると考えたのだ。日本最強の魔術士であるからこそ、椿鬼は引き受けなければならなかった。そうでなければ、自分を許せなかった。


 その後、増員として、椿鬼が知る混血の家系の中で、見込みのある人物が採用されることとなる。それが、盾冬怜理たてふゆれいり。彼女は自分の混血としてスペックを活かしたがっていた。


 かくしてメンバーが揃い、当時の警察庁長官の運営のもと、人員を監督する指揮官が任命され、日本で唯一の化物退治を専門に行う特務機関が正式に発足した。

 それが、異誕対策特務分室いたんたいさくとくむぶんしつである。


 そして、日本警察が抱える唯一の魔術士としての役割を引き継いだ結果、椿姫はここにいる。本来であれば、東京の魔術士にとって管轄外であるこの土地に。既に管轄の魔術士の血が途絶えてしまった、この横浜に。

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