第14話 ハイエルフ奴隷の憂鬱

「もう、また負けて!」

 いかにも悔しそうにして、剣を握りしめ、地面にしゃがみこむパイステアに手を差し伸べながら、

「もうすぐ勝てるようになるさ。自力はお前の方が上だから。」

とディオゲネスは言ったが、 

“そうかな?”ディオゲネスの剣技は、自分が見るところ、まあよくて中の上、かつての自分よりかなり劣っている。片目を失って動態視が劣化した形で、片手がやや不自由になった二人も、奴隷商の下での能力検査で手合わせしたことがあり、実力がわかっているが、やはり皇子より剣技の実力はかなり上だが、いい勝負、大抵ぎりぎりで皇子の勝ちに終わる始末だった。片脚、片手になれればと思うが、皇子も遅々として腕が上がっているので、“わからないな。自分が結果として、剣技を教えてしまっているし。”

 立ち上がって、また剣を構えようとすると、

「剣は今日は、このくらいにしよう。銃の練習だ。あまり嫌な顔をするな。」

「別にそのような。」

 実際、嫌だった。ずいぶん前から、人間達は銃砲を使い始めた。ここ100年ほどの間に随分技術が進み、使う人間が増えた。しかし、ハイエルフをはじめ、エルフは嫌った、この銃砲というのを。弓矢の腕前に絶対の自信があったし、魔法をのせたそれは、銃砲など足下にも及ばないと思っているし、魔法そのものでも銃砲を凌駕すると信じているからだ。人間の魔道士なども、ある程度同じだ。だが、その弓が使えなくなった。石弓も、つがえるのが難しくなった。だから、銃を使えと、ディオゲネスは命じた。

 彼は、銃砲の扱いが上手かった。又聞きだが、盗賊団の砦を攻めた時、彼の長銃は、予想外の距離で盗賊を、鎧を着込んでいたのに、銃弾を体にめり込まして、即死させ、10コウ(300グラム)砲は、木製とはいえ、砦の一角を、数発で崩壊させたという。

「お前にもできるはずだ。」

 的の真ん中に、短銃で弾丸を貫通させて見せて、皇子は彼女に促した。

 彼が言うには、彼は弾丸に魔法を纏らせるのだ。

「初速も速くなり、弾道も安定し、多少の誘導も、さらには破裂の威力も高められる。」

 彼の魔力、魔法は、微力だが、それができるのだという。習ったわけではなく、自分で見つけた、本当はどれだけ知られているのかはわからないものだった。

 例がないくらい丁寧に、詳しく教えてくれたが、口で言うようにはできない。魔法とは、特にそういうものだった。

 そもそも的に当たらないのだ。

「まあ、攻城戦に使ってもらおとは思っていないから、気長に…て、あれ?」

「あれ?」

 彼が、慰めるように肩に手を置いた時に、確かに何かを感じた。短銃の引き金を引いた、的の真ん中に当たったのも驚くべきことだったが、的が砕け散った。

「これは面白いな。試してみないとな。」

 驚きから、一歩早く回復したディオゲネスは、顎を手で撫でながら、言葉通り愉快そうに微笑んだ。パイステアは、少し嬉しく、少し不安になった。

「殿下!手つきがいやらしいです!」

 他の魔法にも変化、よい意味での変化があるのではないかと、皇子は彼女の体に触れながら試させた。結果は、彼が期待した以上のものだったが、今、彼は彼女の胸を両手で揉みながら、彼女に魔法の行使を命じていた。

「どのような触り方だと効果があるか試しているだけだ。う~ん、変化はないようだな。ん?なんだ、モジモジして。」

「殿下が、そんな…、今度は下…も、もう、もう~。」

 彼女が身を振り出してところで、彼は彼女を連れて物陰に入った。

 抱きしめて、唇を重ねると、彼女も積極的に応じるしかなかった。

「汗…、汗で臭い…。」

 もう昂奮で言葉が切れ切れになる彼女に、

「その臭いも好きだから良いじゃないか?」

「変態で、す。」

「もう、いいな?」

 彼の言葉に無言で、彼女は大樹に両手をついて、尻を左右に動かした。そのまま、後ろから一体になる。二人は、直ぐに激しく動きだし、肉体のぶつかる音が鈍く響いた。彼女は、必死に抑えようとするものの喘ぎ声が漏れた。それを、快く思いながら、彼は、

「皆も魔法力が高まるか調べてみないと。ん?焼き餅か?」

「意地悪です、主様は!」

「お前が最高だよ。」

「皆にも言っているのでしょう?」

「ああ。でも、今は本当にそう思っている。」

 頭が真っ白になりそうな中で、何故、ハイエルフの自分が人間ごときに形ばかりのそれができないのかと心の中で呪った。“相性がいい”何かわからない、誰もわからない彼との関係で出てきた、いい加減な言葉のせいにするしかなかった。

 完全に力が抜け、彼に後ろから支えられて、快感の余韻に浸りながら、

「私が亡き母上様や元婚約者の方に似ているからなのですか、私を傍に置くのは?」

 侍女長や以前からの侍女、使用人がそんなことを言うのを、何度もあったことを思い出した。

「ん?まあ…そっくりだな。鼻は一つ、目は二つ、耳は二つ、口は一つというところ、全くそっくりだな。」

「そ、そういうことではありません!馬鹿じゃないですか?」

 “似ているところなんかあったかな?”と彼はかなり困ったが、何か言ってやらんと…と、思い、

「理知的なところかな。それでいて、可愛いところを見せるところかな。」

 母はそうだが、婚約者は違う、どちらかというと、可愛い女だった。だからと言って、母に似ているとは思わない。“あいつらの目はどうかしているのかな?”それは、彼の理解できない行為を、何とか説明しようと事実と異なる記憶を作り上げたのかもしれない。

 体を離すと、二人は乱れていた衣服を急いで直すと、急いで館の方へ歩き出した。

「まだ、時間はありますわ。」

「それならよかった。」

 二人は、行為による臭いをプンプンさせながら、執務室に入った。近くで、その臭いを嗅ぎ取られるほどのものではなかったが。    しばらくすると、彼の行政官達が入ってきた。

 騎士団とともに来た者、母の頃から家政や領地の管理の能力があって使えてきた者、現地採用の者と色々だったが、幸いなことに皆優秀な人材だった。彼らの副もいるが、その半ばは現地採用だが、こちらも人材に恵まれた。まだ、着任1年足らず、施策で大成功、楽土に、などは無理だ。盗賊団退治など治安の回復、ハイエルフ奴隷の処遇問題から生まれた一連の問題を手際よく解決したくらいしかめぼしい成果はない。それでもよかった。今は、領民の負担を増やさず、進んでいる政策、事業なりを順調に進める、新たに進めなければならない、必要な施策、事業なりを問題なく、混乱なく始めることが肝要だった。一応、それらは順調に進んでいた。

 パイステアは、行政官達の報告、提案を器用に半分しかない左腕の装具につけたメモに筆を走らせ、彼らの話の要約を彼に囁いたり、その場を仕切ったり、彼の言葉の確認や捕捉にと、秘書、副官、側近を手際よく演じていた。


 

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