第十一章 射撃訓練風景

 前世紀の日本の場合、射撃訓練と言ってもいきなり的を撃つような訓練は行われない。


 銃刀法違反などに代表される幾つかの法律によって、銃は勿論武器の類が身近ではなく、民間人は非武装のまま一生を終えることもままあったからである。


 そんな人間が射撃技能を身に着けるにあたってまず覚えなければならないことは、銃という武器が酷く簡単に人命を奪えるということだ。


 何を当たり前のことを、と思うかもしれないが―――例えば刃物の場合、傷つけるのは簡単だがきちんと命を奪うとなると意外とコツがいる。旧世紀の法律に触れない程度で比較的楽に入手できるとなると、包丁の類になるのだが、これを適当に振り回したところで切り傷が精々なのだ。ラッキーヒットで動脈などを傷つけて失血死、ということはあるだろう。


 しかし、殺意を持ってきっちり即座に殺すとなると突き以外に選択肢がない。それも、体重を載せて急所を狙う。当然、相手は生きた人間。カカシではない。避けられて外すこともあるだろう。骨に邪魔されるかもしれない。そうして外したなら何度も突き刺さねばならない。


 包丁一つでさえこの有様だ。刀だの槍だの弓矢だの、そうした武器らしい武器はもっと習熟がいる。


 人を殺す、と一言にしてもこれで存外難しいのだ。人体は発泡スチロールで出来ているのではなく、骨もあれば筋肉もある。それらを避け、あるいは壊して急所へ、と説明するだけでその難しさは理解できるだろう。そもそも、人体の急所とは何処かを議論し始めたならば医学の分野に片足を突っ込まねばならない。


 では翻って銃はどうか。


 極論や誤解を恐れずに言えば、指先一つで十分なのである。何処にあたっても大抵は痛みと衝撃で戦闘不能になるし、銃の種類、弾種にも寄るが放っておけば出血死する。


 勿論狙って当てるとなるとまた別ではある。


 距離や反動、障害物に風など様々な条件が重なってくるため、習熟を考えれば刃物類と同じ、あるいはそれ以上の時間が必要になるかも知れない。


 だが、密着して引き金を引くだけならば子供でも可能だ。実際に銃が一般家庭にあるような国では、子供が親の目を盗んで銃を玩具として扱い、誤って誰かを射殺する、と言う痛ましい事故もままある。


 刃物と銃の優位性をお手軽な攻撃力だけで語るならば、確実に銃の方に軍配が上がるのだ。キ○ガイに刃物、などという慣用句があるように、何も知らない一般人にそんな火力を与えても危険なだけである。GunSafetyなどというルール―――いや、概念ができた理由だ。


 であるからして、射撃訓練を行わなければならないような立場―――前世紀の自衛隊や警察官は射撃訓練の折、射撃能力云々より先に安全管理を徹底させていた。手にしたその武器が如何に危険か、誰かに向けるということはそのまま誰かの命を奪うことだということを、まずは徹底して叩き込まれる。それを終えて射撃姿勢や動作に移り、空砲射撃を経て初めて実射に移っていたようだ。


 さて、では『消却事変』を超えた2049年現在はどうかと言うと、これらの訓練や基礎概念を一般義務教育として中学生の時までに終えている。保護者監督付きならば小学生でも触れられるので、武器に対しての心構えと言うのは実は各家庭で事前に説かれていることも多い。完全な理解に至らなくても、言い続けていれば習慣化し、『そういうもの』として一時的ではあるが子供は受け入れるからだ。実感は実銃に触れるようになってからでも遅くはない。


 適合者としての目覚めがその頃に起こるのもあるが、仮に適合者とならなくても自衛の手段は必要だ。今でこそ障壁圏内は比較的安全ではあるが、何某かの都合で圏外に出なければならない時や、消却者大規模発生による障壁突破も無いとも限らない。


 障壁の突破は過去にもあり、その時には銃を手にとった民間人も戦力として活躍した実績もある。そもそも、適合者の比率が人類全体で3割程度なのだ。どうやっても非適合者の手を借りねば防衛や治安維持に手が足りない。


 故にこそ武器を扱える、と言うのは適合者、非適合者に限らず生きる上で必須であるし、これに関してクレーマー気質の教育委員会ですら口を挟まないことからも如何に人類が追い詰められていたかが伺えよう。生死を懸けた戦いが、比較的身近にあるが故の価値観なのだ。


 また、異能を用いて消却者に対抗する適合者とて例外ではない。それぞれが発現する異能は多種多様で、その中には銃火器と組み合わせが悪かったり馴染まなかったりする物もありはする。しかしながら、何らかの理由で異能が扱えなかったりする状況に陥った場合、即興で優れた攻撃力を手軽に得られる銃火器は選択肢として非常に有効だ。


 だからこそ、戦闘者、非戦闘者に限らず今のこの世界で生きる上で、射撃能力と言うのは非常に重要になってくる。


 そう、重要になってくるのだが―――。


「話には聞いてたけど、これはちょっと………酷いねぇ」

「ううむ。儂も単純な射撃技能は低い方だが、これは酷い」


 鐘渡教練校の第三射撃訓練場―――主に立射を行うための訓練場なのだが、そのモニター室で訓練用の迷彩服に身を包んだ新見と飛崎が唸っていた。強化防弾ガラス越しに立つ二人、三上とエリカの射撃訓練の様子に頭を抱えているのだ。


 今日の午前中は幾つかの班と合同で戦術座学を行い、午後からは基礎技能の習熟確認の予定だった。本来、ここからは山口が対応するのだが彼女は色々と根回ししてくると告げて、各員の能力把握は任せると新見にぶん投げて去っていった。


 まぁそのための班長ではあるし異論はないのだが、こうしてさぁお前がリーダーだ、と現実を突きつけられると憂鬱になる往生際の悪い新見である。


 とは言え否とも言えず、仕方無しに射撃の技能を見ることにしたのだ。基礎教育は全員が受けているということで扱う訓練用の銃の説明―――綾瀬重工製の24式自動拳銃―――と手元のターゲットを操作したり、空薬莢を回収する機械の説明をして、実際に新見がまずはやってみせた。


 この訓練施設は機械がスコアの自動判定をしてモニターに表示してくれるので、それほど手間はかからない。結果は5マガジン50発、命中100%のA判定。まぁ、反動も少なく装弾キャパシティも少ない小さく扱いやすい9mm拳銃、しかも15ヤード13.716メートルなのだから少し銃に触れたことがあるなら誰でも可能だ。事実、新見に続いた飛崎もリリィも難なくA判定を取っている。


 問題は続く三上とエリカであった。


 引き金自体は引けるし、幾つかは命中している。ただ、集弾は良くはなく、何なら四割以上は外している。


 重ねて言うが絶望的な難易度ではない。少し銃に触れたことがあるなら直ぐにA判定は取れるし、才能があるのなら初っ端から取れる難易度だ。ここから条件の付け足しでダブルタップしろとか最中央しか判定無しとかも出来るが、そんな意地悪な条件はつけていない。停止したターゲットに、どこでも良いから50発当てろ、とそれだけなのだ。


 勿論、曲撃ちしろとかも片手撃ちしろとかも言っていない。普通の立射で、普通に当てろと言っているだけだ。


 なのに何故こうも当たらないのか―――実は既にあたりは付けている。


(―――二人とも目を瞑っちゃってるしなぁ………)


 心眼で撃ってこそいないが、射撃の瞬間に何度か目を閉じている。あれは多分自覚していない、反射に近いものだろう。


 三上はある種仕方ない部分があるのを新見は資料で知っている。JUDASの信者を殺した時のトラウマだろう。


 おそらくは、今も引き金を引く瞬間に殺した相手が脳裏に過ぎっているはずだ。それでパニックも起こさずに続けているのだから大した精神力だとも思うが、そこまで復帰しながら最後の詰めで止まってしまっていることを考えれば相当に根深い問題なのだろう。


 一方でエリカについては分からない。少なくとも渡された資料に三上のようなPTSDの事は書いていなかったし、剣術に関しては国の軍人にお墨付きを貰っているレベルの腕だから精神的な部分に問題があるわけではないはずだ。


 センスの問題かなぁ、と新見が考察しているとリリィがふん、と鼻を鳴らして三上をこき下ろした。


「図体ばかりでかくて弾除けにしかならないのでしょう」

「姫さんも似たりよったりだが?」

「エリカ様は剣士なのです。銃を握る必要はありません」

「酷い身内びいきを見た」

「何か?」

「ひぃっ………!何でもありません!」


 ぼそっと新見が口にすると、絶対零度の視線で射抜かれた。


 どうにもこの少女、新見だけ酷く当たりが強い。何か失礼なことしたかなぁ、と不安になるが何の事はない。単純に異性関係でフリーの男、と言うだけで彼女にとっては警戒対象なのだ。


 飛崎は長嶋理事長が直々に差配して、かつ本人からも護衛対象とは恋愛関係にならないと言質を取っているし、三上に関しては彼女持ちとの話だ。変心しないとも限らないのである程度の見張りは必要だが、そこまで警戒しなくても良い。


 だが、新見は完全フリー。もしもこの男が姫様に良からぬことを考えているのならばモガねば、とリリィは使命感に燃えているのだ。尤も、童貞のヘタレが異性に積極的にちょっかいを掛けることは早々無いし、そんな事が気軽に出来るのならば童貞などやっていないのだが。


 そんな裏事情も何となく気づいているが別にどうでもいいや、と考えている飛崎は呆れたように新見を叱咤する。


「全く、弱すぎるぞ班長。もっとシャキッとせんか」

「無理無理無理アレ乙女のしていい顔じゃないよ般若だよ般若視線の温度が低すぎるよ僕には扱いきれないって」

「誰が般若ですか」

「ひぃっ!」


 ヘタレが再び威圧されているが、何となくこの関係性というか上下関係が定まった気がするしまぁ苦労するの儂じゃないし良いか、と飛崎は隣で展開されている蛇とカエルのようなやり取りを思考の片隅に追いやって実践的なことを考える。


「しかし参ったな。班のフォーメーション考えようにも半分以上が前衛だぞ、コレ」


 軍の最小単位は二人一組ツーマンセルではあるが、歩兵として現実的な数となると1班5~7人。班員全てが適合者と考えると、実の所これが作戦行動時に於ける限界人数である。と言うのも前世紀のように小隊30人単位で戦闘行動すると異能というイレギュラーによって味方誤射が起きかねないのだ。


 適合者それぞれにはなるが、例えば範囲攻撃が得意で単独行動時に最もその性能を発揮できる者もいるのでこうした単位分けはとかく難しい。


 実戦での先人達の経験と様々な要項を勘案した上で、最も適した単位が1班5~7となっている。鐘渡教練校や、それに続いた各圏の適合者教育機関が班単位での教育、行動を義務付けている理由がそれになる。


 それを考えた上で、飛崎はこの特班のメンツを振り返ったのだ。


「そう言えば、飛崎も前衛だっけ」

「儂の事はレンで良い。異能含みでいいなら一時的に中衛もそこそこ熟せるがな。あいにく燃費が悪すぎて常時は無理だ。リリィ、お前さんは?」

「気安く名前を呼ぶことを許してませんが」


 飛崎が水を向けると、リリィは冷たい視線で文句を言うが飛崎はははぁん、と見下すように笑って。


「じゃぁ、他人行儀にやるかぁ?シーバーさんの主は普通の留学生って扱いを望んでいるのになぁ。侍女は自分の気分で主の意向に背くと?随分とやっすい忠義だなぁ、オイ」


 ド正論と挑発をぶつけられぐぬぬ、と彼女は言葉を詰めた。


 そのやり取りを見ていた新見は希望に目を輝かせ、飛崎の肩を叩いた。


「レン。君に女の子達の扱いは任せたよ」

「早々に投げるでないわ大戯け。エリカ達を練習台にして女の扱いを学ぶぐらいの気概を見せんかこのヘタレ」


 呆れられるが、仮にも他国の王族相手を練習台にするなど豪胆にも程がある。一歩どころか一手間違えるだけで国際問題化するというのに、彼にしても山口にしても何故にこうも地雷原の上でタップダンスするような真似をナチュラルに行えるのか。


 ヘタレの称号を甘んじて受ける新見にはまるで分からない。


(ホントもうレンに班長の座を譲ったほうが良いんじゃないかなぁ………)


 この男、妙に人の上に立つのに慣れていると言うか、自然体で傲岸不遜な所がある。それでいてあくまで教練校内とは言え新見の下につくのを良しとしているのが不思議でならなかった。


 まぁ、目覚めてから二年弱で中尉にまでなっているのだ。修羅場や鉄火場を潜り抜けたのは一度や二度ではないだろうし、そうしたやり取りも慣れているかも知れない、と新見は納得しつつ硬い動作でリリィの方に向き直った。


「えぇっと、リリィ、さんは射撃の成績もいいし後衛、出来るよね」

「―――もうリリィでいいですわ。構いませんが、私はエリカ様を優先しますわよ」


 ギクシャク、というオノマトペが聞こえてきそうな空気に耐えかねて、リリィは不承不承ながらも名を呼ぶことを許した。


「となると、班長は中衛になるか。まぁ指揮官だからそこがベストとも言える。話を聞く限り、どこでもいけるんだろ?」

「そうでないと異能が使えない僕の居場所がなかったからね」

「ま、事情は人それぞれだ。しかし実に偏ってんなこの班」


 何しろ前衛三人、中衛一人、後衛一人だ。


 前衛に壁役がいるならまだしも、何と全員がアタッカーである。それぞれ気心なり能力なりが知れているならば、案外いいメンツなのだが、性格も能力も知らないに等しいし、何なら育った環境もド庶民から王侯貴族まで幅広い。お互いの性格のすり合わせには時間がかかるだろう。


「諸事情を重点に集められたからとは言え、頭が痛いよ。―――次は近接技能見ないと」


 これを纏めなければならないのか、と新見が嘆息していると三上とエリカが射撃を終え、空薬莢の片付けを行ってからモニター室へと入ってきた。


「どうかな、リリィ。何点ぐらい?」

「100点ですわ。姫様だけは」

「0点だ馬鹿者め」

「0点だよ二人共」


 身内のド甘い判定に容赦なく新見と飛崎はダメ出しをして、最終判定結果を表示しているモニターを指差す。命中率47%のC判定。もっとがんばりましょう、とご丁寧に判子のアイコンが踊っていた。因みに三上は38%のD判定だ。


 ズブの素人ならばいざ知らず、ある程度の基礎課程を終えていてこれは酷い。本人達も分かっているのか目を逸らして苦笑いしている。


「まぁ、今ので大体分かったから徐々に矯正していくけど、時間もないから今日は先に近接技能見せてもらうよ」


 そろそろモニター室の外が騒がしくなってきたのをちらりと確認した新見はそう告げて、皆を先導するようにモニター室を出る。


 実は先程から隣接した格技場での近接技能教習を終えた班が、次は射撃教習だとチラホラ現れていてこちらが終えるのを待っていたのだ。他のレーンは既に入れ替わって埋まっており、色々とまごついていた特班が一番最後になっている。


 待機していた班に軽く挨拶と陳謝を入れて、特班は格技場へと移動した。


 第三格技場、と入り口にネームプレートの掲げられたそこは、数百人単位での乱取りが出来るように広さが取られており、高さも十分にある。中では既に近接教習が行われており、生徒達がそれぞれ武器を手に打ち合う音が響いていた。


「こりゃぁ、随分広い。野球場か何かか」

「班分けして計算しても200を軽く超えているからね、ウチの班数。これでも足りないぐらいだよ。月イチのイベントは別の場所でやるぐらいだし」

「月イチのイベント?」


 ボソリと呟いた新見に皆が首をかしげるが、新見はまぁそれはまたの機会に、とあしらって壁際へと向かう。壁にはコンソールが備え付けられており、それを操作するとがしゃり、と壁が棚のようにせり出てきてその中には様々な武器が収納されていた。


「さて、じゃあレンに正治とエリカの相手してもらおうか」

「ん?儂もついでに評価するか?」

「うん。僕は何処でもやれるけどそこそこでしか無いからね。二人同時は厳しいかもしれないから」


 謙遜でも何でもなく、事実である。


 新見の成績は総合的に見て中の上だ。射撃もそこそこにやるし、近接格闘もそこそこにやる。戦術も戦略もそこそこに理解を示すが、際立って突出した部分がない。全てにおいて平均よりやや上。それが鐘渡教練校に於ける新見貴史と言う少年の評価である。


 それを弱気と見たかリリィが顔をしかめて。


「情けない。班長ならまとめて面倒見てやるぐらい言えないのですか」

「自分の実力を把握してる方が儂は安心できるがな。必要ない所で見栄張って命を落とすぐらいなら、泥被ってでも部下を生き残らせるトップの方が下っ端としちゃ嬉しいわ」

「む。さっきは貴方も強気でやれと言っていたではありませんか」

「精神論と実力をゴッチャにするな。精神は根性で盛れてもベースの実力は突然盛れたりしねぇんだよ。強気でやって1+1が200になるなら誰も苦労せんわ」

「さっきからああ言えばこう言う………!」


 唐突に丁々発止のやり取りを始めた自らの従者と護衛にエリカは目をキラキラさせて。


「いつの間にかリリィが男の子と仲良くなってる………!」

「エリカ様!心外ですわ!誰がこんな品のない山猿と!」

「儂を落としたきゃもっと乳を盛って来い乳を。誰が胸が無念な女に靡くかよ」

「何ですってぇっ!?」


 売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、言い合いが罵倒の領域に移行し、今物理的なじゃれ合いに発展し始めた。


「すげぇ………海外産上流階級に真っ向からセクハラしてやがる………」

「真似しちゃいけないよ正治。アレしれっと避け続けてるけどリリィ嬢マジビンタしてるから。―――あ、正治って呼んでよかった?」

「あ、はい。すんません班長、面倒かけて」

「いいよいいよ。射撃精度もアレ由来でしょ?構え自体は堂に入ってたしね」

「はんちょー。私はどうですか?」

「あー、エリカ、も、うん。頑張ろう?」

「あれ?匙を投げられた?」

「さーて、レン、リリィ、そろそろ模擬戦するよー。ほら、みんなも武器選んでー」


 返答に窮したので新見はエリカを華麗にスルーして両手を叩いて、未だに物理的なじゃれ合いを行っている二人に声をかける。リリィに至ってはそろそろ拳を作りそうである。


「しっかし選り取り見取りと言うか節操がないというか。刀に剣、槍に薙刀、小柄に短剣に棍に斧にメイス、ヌンチャクとか鎌とか暗器の類まであるぞ。武器の見本市かここは」


 じゃれ合いをやめて、広げられた武器棚を物色する飛崎は呆れるように感心した。


「異能によって手に馴染む武器はそれぞれだからねぇ。汎用武器として銃火器類の習熟は必須とされるけれど、前衛は結構バラエティに富んでるから色々用意しているんだって。まぁ、刃の部分は滑りやすい超低摩擦ゴム製なんだけどさ。それでも芯は鉄製だから、青タンぐらいは覚悟してね」

「まぁ、確かに言われてみりゃ色々だもんな。前衛職は特に。儂は刀剣の類で、と………お、鞘付きであるじゃねーか。しかも意外といい拵え。じゃぁ、これでいいか。お前さん達は?」


 刀を肩に担ぐようにして飛崎が振り返ると、既に二人は装備の確認を終えていた。


「私は剣で」

「俺は―――拳で」


 エリカは抜身―――と言っても刀身は飛崎が選んだ刀と同じように特殊ゴム製だが―――の刃渡り90cm程度の直剣を携えて、三上は保護用のバンテージを拳に巻いていた。


 三人は他の生徒達の邪魔にならない開けた場所に移動すると対峙する。


「さて。最初は儂が相手になろう。二人で好きに掛かって来い」

「む。レン、それは馬鹿にしているの?」

「現代戦でタイマンはそう起こらない、って奴か」


 飛崎の言葉を挑発と受け取ったか、エリカが不満そうに唇を尖らせるが、三上は普段から師に教えられている事を思い出す。


「おう、よく分かってんじゃねぇか。皆無とは言わねぇが、AI戦の場合だと大体こっちが少数って事が多いぞ。だから班なり分隊なりでユニットごとに行動するんだが、状況によっては逸れることもあるしな。AH戦はそれこそ色々だ」


 隊伍を組んで用意ドンが中世、身を隠し射線を防ぎながら忍び寄って制圧戦を仕掛けるのが近代なら、現代はそれらのいいとこ取りだ。


 そも、相手の大体は消却者―――知性があるかも疑わしい化け物だ。その難易度や脅威度、被害の大きさはさておいて、感覚としては獣害処理に近い。であるならば1999年までの対人に特化した戦略戦術と言うのはあまり適していない。そもそも絶対数に於いて人類が圧倒的に不利なのだから。


 では今まで人類が人類相手に培ってきた戦術が全くの無駄というとそういう訳でもない。JUDASに代表されるように人間同士の諍いがないわけではないし、何なら未だに国同士で戦争している地域もある。


 求められる能力の方向性が似ているようで根本的に違うのだから、教育する側は何とも頭を悩ませたものだが対多数がデフォという点では救いがあった。戦いの基本は数。どちらが多いかは別として、戦の基本は時代が変わろうともそう簡単には変わらないのだ。


 それが『現代戦でタイマンはそう起こらない』である。


「一応、儂が先任ではある。畢竟ひっきょう―――ひよっこ二人に下される程弱くもないから遠慮するな」


 挑発ではなく事実だ、とエリカは理解した。


 目の前で悠然と立っている男は、傭兵協会と言う枠組みの中ではあるものの既に中尉の階級を得ている。前世紀の階級制度と違って、何処の軍組織も昇任試験は学科ではなく戦場でのスコアが物を言う実力社会だ。左官、将軍クラスとなれば求められるものが別途付属してくるのでまた別だが、大尉までなら実は腕一本で成り上がれる。


 教練校生が任官するまでに三年掛かる中、この男は48年と言う長い眠りを経て、そこから僅か2年で中尉まで成り上がっているのだ。


 相応の戦場を駆け抜けれねばそうはなるまい。


「ショウジ、で良かったかしら?」

「あ、ああ。ウィルフィードさん?」

「エリカでいいわ。二人で掛かりましょ。即席のツーマンセルだから呼吸も合わないだろうし、片方が補助で。そうね、私がメインを担当するわ」


 嫌味でも冗談でもなく、エリカは相手を格上と認めて直剣を構えて前に出た。


「あー、エリカさ………いや、エリカ、怒ってんの?」


 何となく、前に進み出た彼女の背中に既視感を覚えた三上はそう尋ねた。


「私の国に限らないのだけど、異能やBPAS霊樹の身体補助があると言っても女の身で剣を扱うのって、今の時代でも結構色眼鏡で見られるの。男女の基礎身体能力って平均すると必ず男性に軍配が上がるから仕方ないのだけどね。だから、舐められないように腕を磨いているわ」


 エリカは三上の問に答えず淡々とそう告げる。三上は自分の幼馴染が怒った時になんか雰囲気が似てるなぁ、と恐々としていた。


「お陰で国許では剣姫と呼ばれているの。見下されるのは―――正直不愉快よ」


 あ、これやっぱ怒ってるわ、と三上は恐れ慄いた。


「まぁ、儂の戦闘技術は所詮俄仕込みでな。胸張って言える程の純粋な剣術ではないが、それでも戦友に託された技術だから誇りもある。―――トーシロ風情に舐められるのは気に食わねぇな」


 そんな怒れるお姫様を前に、飛崎が更に煽り始めた。


「おいちょっと………」


 どうにも試合前に剣呑な空気に場が支配され、三上が身の置き場を無くすが。


「えー、では異能無しの無制限一本勝負を始めます」

「え?班長、いや、これ」


 ちょっと訓練ではない雰囲気になっているのにも関わらず、音頭を取り始める新見に戸惑う三上。しかし最早待った無しだ。リリィに至っては『そんな無礼な山猿伸しちゃってくださいエリカ様!』と何処から取り出したのか黄色いポンポンを両手に応援を始めた。


「始めっ………!」


 合図と同時、剣風が吹き荒れた。

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