第28話 砂漠地帯
「…」
私たちは無言でドラゴンを見た。
ううん、サードはいかにもブチ切れている表情でドラゴンを睨んでいる。
「てめえ、遠慮って言葉知らねえのか!」
サードはドラゴンに蹴りを入れて、ドラゴンは悲し気な唸り声をだしながら頭を向こうにむけた。
「サード、やめろよ可哀想だろ」
アレンが蹴り続けるサードを羽交い絞めにしてドラゴンから引き離す。
「そうよ、体格だって私たちとは違うんだし…」
サードは羽交い絞めにされ暴れながら、
「一週間以上持つはずだった食料全部食われてよくそんな事言えるなてめえら!」
と怒鳴り散らす。
国境では兵士たちにドラゴンのことを色々と聞かれて時間を取られたけど、サードとアレンの話術でどうにか突破した。
そのあとも私たちはドラゴンの背に乗って再び空中を飛んで移動をしていたけれど、段々とドラゴンの飛行が危なっかしくなってきた。
急に下にガクンと落ちかける、右に左にと大きく蛇行する…。
危ないと判断したサードが人が居なさそうな広い砂漠地帯に一旦着地するように促して、砂漠地帯に落ちるように着地すると、ドラゴンは随分とバテているように見えた。
「やっぱり俺ら乗せて飛ぶのが辛かったんじゃないか?」
とアレンは言って、
「長時間飛び過ぎたのかしら。元々人間だから空は飛べないはずだし」
と私は言って、
「腹減ってんじゃねえの」
とサードが言うとドラゴンは唸り声をあげながら大きく頷いた。
そう言われれば、お酒も喜ぶように次から次へと飲んでいた。もしかして喉もずいぶんと乾いていたのかも?
そうなれば…。
「もしかしてその姿になってからろくにご飯も食べてないんじゃ…」
私が言うと、ドラゴンは大きく頷いている。
「そりゃバテるはずだ。…ほら食えよ」
アレンは自分の荷物入れから食料を出してドラゴンの口の中に入れたけど、ドラゴンはペロリと一口で飲み込んでしまう。どう考えても足りるはずがない。
私も自分の食料を出して食べさせるけど、やっぱりペロリと飲み込む。
人間だったら二人前のご飯を平らげたことになるけど、このドラゴンの体格を考えて人に置き換えてみると、指についた砂糖を舐めた程度の満足感しかないんじゃないかなと思えた。
それにこのドラゴンはこの姿になってから一度もどこでも暴れてもいないのは知っている。空腹なのにそれに耐えて、ずっと人の食料を漁ることも無かったんだ。
そんなドラゴンなんだから自分達の食料で少しでもをお腹を膨らませたいとせっせと食べさせていたら、あっという間に私たちの食料がすっからかんになってしまった。
ちなみにサードは私たちに背を向けて太陽を見ながら現在地を確認していて、後ろで私たちがせっせとご飯を食べさせているのに気づいていなかった。
「ふっざけんなよ!この食料全部でいくらかかってると思ってんだ!ええ!」
サードが空になった食料袋を叩きながらドラゴンの前まで行って責め立てると、ドラゴンは「ヒィィ」と悲し気な声を出してサードから目を逸らし、身を強ばらせている。
人が怒られて脅えてるように見えて、私はドラゴンの前に立ってサードをなだめる。
「やめなさいよ、この前ラグナスからもらったお金だってまだあるでしょ?」
「そのほとんどが装備の加工代で消えただろうが。ドラゴンの牙一揃い全員の装備につけてな!」
サードの言葉を聞いたドラゴンが、え?と目を見開きこちらに顔を向ける。
「ち、違う違う、報酬でもらったものだから!倒したものじゃないから!」
そうやってドラゴンに言い訳をしていると、サードはまだ苛立ちが抑えきれないのか私の肩を押しやってドラゴンの鼻面元に指を突き付ける。
「殺そうと思えばいつでも殺せるんだぞ!その後解体してめえの内臓まで余すところ無く売り払ってやってもいい!さぞやいい金になるだろうなぁ?ああ!?」
「サード!」
思わずサードの顔に平手を喰らわせた。
いくら怒っているからって元々人間からドラゴンになって困っている人に対しての言葉じゃない、殺して解体するなんて言い過ぎだと思ったらカッとなって思わず手が出てしまった。
でも避けられると思ったのにサードは急に私が手を出すと思っていなかったのか、思った以上に私の平手はサードの頬に綺麗に入った。
むしろ叩いた私の方がこんなに綺麗にサードを叩けるなんてと動揺してそのままの姿勢で固まっていると、ガッとサードの目が見開いて私を睨みつける。
あ、ヤバいと思った瞬間、サードは私の胸倉を掴んで右の頬を殴り飛ばした。
ゴッという鈍い音と痛みが乾いた空気に吸い込まれ、目の前に一瞬白い光が飛び散って私は頬を抑えてそのまま熱い砂に膝をつく。
「サード!」
今度はアレンが飛んできて腕を広げて私の前に立ちはだかる。
「それ以上やったら怒るぞ!」
「てめえが怒ったって俺に勝てるわけねえだろ!」
サードがアレンに怒鳴りあげるとアレンも怒鳴り返す。
「勝てなくても怒る!」
しばらく互いに睨み合っていたけど、サードはケッと言いながら後ろを向いた。
アレンはしゃがんで私の顔を見て、まるで自分が殴られたかのように落ち込んだ顔をして私の頬を両手で包む。
「あちゃー、これ腫れそうだなぁ…湿布はっておこうな」
アレンはそう言って荷物入れから湿布を取り出した。打ち身や打撲に一定の効果のある回復アイテムだ。あまりかさばらないから冒険者は必ず持っている必需品。
顔に冷たい湿布がはられ、
「痛くないか?」
と心配そうにアレンが聞いて来た。
ひんやりする湿布の上から痛む頬を押さえ、サードに殴られたことにショックを受けながら呆然と呟く。
「痛い…」
今まで小突かれたり頬をつねられたり腕をひねり上げられたりとまるで女扱いされたことは無いけど、拳で殴られたのはこれが初めてだ。
今までの行為もそれなりに遠慮していたのかしらと思えるほどの一発を喰らった私は色々とショックでうつむく。
ふと視線を感じてドラゴンを見ると、どこか絶望に満ちた顔をしているように見える。
自分のせいでパーティ内でいさかいが起きてしまった、と思っているのかもしれない。
「大丈夫よ、あなたは悪くないから」
私は立ち上がってドラゴンの鼻面を撫でる。
「さっきサードが言ったのも腹立ちまぎれだから、本気にしないでね」
ドラゴンは小さく唸り声を立てながら、しょんぼりとうなだれた。
人間とは分かっていてもその落ち込む様子を見るとよしよししたくなって、エリーは抱き着いてよしよしと撫でた。
「ひげ面のおっさんかもしれねぇんだから大概(たいがい)にしとけよ」
サードがそう声をかけてくる。ムッとして、
「まずこのドラゴンに酷いこと言ったの謝りなさいよ!」
と言うとアレンも続けた。
「エリーにも殴ったこと謝れよ!」
サードは人を殺しそうなほどの視線でガッとこちらを睨んだ。
一瞬私もアレンもその眼光に怯(ひる)んだけど、サードは同じ目つきでしばらく睨みつけたあと後ろを向いて歩き出す。
「むこうにオアシスがある。行くぞ」
結局ドラゴンにも私にも謝罪はない。
それでも私には怒りを通り越した呆れが湧き上がって、アレンを見る。アレンにも同じような感情が湧いていたのかお互いに目を合わせてからため息をつき、口を開いた。
「…まあ」
「謝れっつったって素直に謝る奴じゃないよな…」
サードに腹を立てるだけ無駄な行為はないというのはここ数年一緒に冒険をしていてよく分かっていること。腹は立つけど。
するとアレンがふと顔を上げて地図を広げた。
「あれ、もしかしてここの砂漠地帯って前にも来たことあるな?」
「よく周りに何もない砂漠で分かるわね」
エリーは呆れながらも感心する。
アレンは顔を上げて、
「ほら、水を吸い取るモンスターがいて村に招かれたついでにサードが盗賊団つぶしただろ?」
「ああ…」
サードが老女にやたら感謝されていたあの村のことね…。
「ケルキ山はここの国の中にあるんでしょう?もしかして岩山なのかしら」
「いや、ケルキ山はもう一つ隣の国だよ。今ここ、そんで隣の国のここにケルキ山、ケルキ山の斜め下のここが王都」
今現在は砂漠の真ん中、隣の国の王都は国境を越えてもっと北の方、ケルキ山は王都の外れにある小さい山…。
それでも地図で見て驚く。
「ずいぶん王都とケルキ山は近いのね」
「だろ?魔族が近くの山にいるって城の人たち知ってんのかな」
「案外と知らないかもしれないわよ」
ラグナスから聞いた話によるとケルキ山にいる魔族は自分の知識欲のために地上に来たみたいだから、ラグナスみたいに魔族だという事を隠している可能性もあるかもしれない。
それに魔族はいつでもおどろおどろしい姿をしているかと思っていたけど、普段は人間と変わらない姿をしているみたいだから、魔族が素性を話さない限り気づく人もいないはずだ。
…そう考えると案外と人間の中にも魔族は紛れ込んでいるのかも。一番魔族っぽいのはサードだけど。
そんなことを考えながらオアシスにたどり着いて、先を進んでいたサードにも追いついた。そして目の前の光景を見て私の記憶も蘇えってくる。
「ああこのオアシスは覚えてるわ」
例の水を吸い取るモンスター退治に行く途中で行き寄った場所だ。暑い地帯に生える木々の真ん中に薄い水色の泉がこんこんと湧いて出ている。
あの時は慣れない砂漠の熱さにバテていたから、水のあるオアシスにたどり着いた時にはホッと生き返る気持ちだった。
「水はあるのか?」
ずっと黙って前を歩いていたサードが振り返って聞いて来た。
「俺の分はドラゴンに飲ませたけど」
アレンは水を汲みながら答えるけど、さっき殴ってきたくせに何事もなかったかのように話しかけてくるのにイラッとして私は無視した。
とりあえずさっきドラゴンに私の飲み水も全部飲ませたからと水筒に水を汲む。
「てめえら馬鹿だな」
サードは言葉通り人を馬鹿にする顔でこちらに体を向けた。
「砂漠の湧水より山の水の方が美味いだろうが」
「人の飲み水なんだから放っておけばいいのに」
サードから顔を背けて、小声でぼやくように文句を言いながら私は手で水をすくって飲んだ。
さっき殴られたこと、まだ許していない。まだ頬骨のあたりが痛い。
見るとドラゴンもまだまだ喉が渇いているみたいで、そろそろとサードの顔を伺いながら泉に顔を近づけている。
それから数分後。
「…てめえ…」
サードが再びブチ切れそうな顔になっている。
「いい加減にしろよこの野郎!」
「ひぃぃ」
サードが再びドラゴンに蹴りを入れそうになったからアレンがサードを羽交い絞めにして止めた。
ドラゴンの水を飲む勢いはすごくて、まるでコップの中の水をストローですするようにオアシスの水がズゴゴッと数秒で消えて行った。
「サード落ち着け、きっとそれくらい喉が渇いてたんだ、それなのに俺たちを背中に乗せててくれたんだ、な?落ち着け」
「そうよ、体格も違うんだし水も汲んだ後なんだからいいじゃないの」
ここはサードと口を聞きたくないと黙ってる場合じゃないと私もアレンに口を合わせて言う。
「おーおー、ずいぶんと優しい人たちだなあ?他の奴らも使うオアシスだってえのにこんなにすっからかんにした奴をかばってなあ?」
嫌味ったらしい言葉遣いでサードは舌打ちする。
見ると泉の水はこんこんと湧いてるけど、底の方にほんの少しあるだけ。
自分たちはもういいとして、砂漠を歩いている旅人がこのオアシスにたどり着いてこの有様では確かにあんまりかもしれない。
私だって前に水がなみなみとあるオアシスにたどり着いたらホッとしたんだから、暑さにへばりながらここにたどり着いた旅人がこの状態のオアシスを見たらガックリと膝をついてしまうかも。
「じゃあ私の魔法で水を増やすわ。それで大丈夫でしょ」
杖を振り上げると、アレンがギョッとした顔で私の肩を掴む。
「ダメだエリー!ここで洪水を起こしたらダメだ!ここは主要なルートだから洪水が起きるとある程度ある道筋が変わって人が迷う!」
…そんなに警戒しなくたっていいじゃない。
まるで洪水を起こす前提で止められたのに文句を言いそうになったけど、実際に水なんて無い荒地で洪水を起こした前科があるからとりあえず口をつぐんで黙っておく。
すると、こちらのやり取りを見ていたドラゴンが意を決したように咆哮(ほうこう)を上げながら空に立ちのぼっていった。
ドラゴンはぐんぐん上昇し、咆哮を続ける。
「え、おいどこ行くんだよ!帰って来いよー!」
アレンが心配そうな顔で空を見上げ、
「どうしよ、自分の責任だと思って立ち去ろうとしてるんじゃ…」
アレンの言葉に私はそんな、と空を見上げて、
「ちょっとー!大丈夫よ、怒ってないから戻って来てー!」
と大声で叫ぶけど、ドラゴンはもう私たちの声は聞こえないような空の上にいて、かすかに咆哮が聞こえてるだけだ。
どうしようとアレンと顔を見合せてから空を見上げていると、それまで風で消えそうな小さい雲しか無かった空にはグルグルと白い雲が増えて、次第にその雲が黒い雲に変わっていく。
次第にゴロゴロという雷が鳴る音が響いたかと思うと、ポツリ、ポツリと雨が落ちて来た。
「…こんな砂漠で、雨…?」
さっきまで日差しが痛いほどで雨のあの字すらないほどの晴れ間だったのに。
次第にポツポツからザーザーと、そしてどうどうと雨が降り出した。黒い雲の間からドラゴンがうねりながら顔や体を出している。
「…もしかしてこれってあのドラゴンの力?」
全身で雨を受け止めながら雲間から見えるドラゴンを見上げた。
「そうだろ。あれはそういう生き物だからな」
また何か分かっている風にサードは呟く。
そうか、あのドラゴンはすっからかんになった泉に水を増やそうとして、そして雨を降らせるために空に昇っていったんだ。
納得したけど、何となく思う。
普通ドラゴンってすごく攻撃性が高いのに、雨を降らせて人を潤すだなんて…なんていうか穏やかな力の使い方ね…。
それにしてもやっぱりサードはあの新種のドラゴンについて絶対色々と知っている。
それだったら教えてくれたっていいのに。
私はサードを見た。
「知ってるなら教えてよ、あのドラゴンって結局なんなの?新種なの?それでもサードは色々知ってるわよね?何で?」
「…」
サードがチラと見る。
手がすっと伸びてきたから殴られると思わず身構えたけど、下から頬にベタッと何かをくっつけられた。
え、何?と頬を触ると濡れた湿布が指先に触れる。
どうやら雨で湿布がはがれかかっていたみたいで、張り直されたようだ。
「水がかかるとはがれやすいんだ、気ぃつけろ」
そう言いながらサードは雲間からこちらに降りてくるドラゴンに視線を戻した。
「…」
普段ならあり得ない対応だから戸惑ったけど、もしかしたら少なからず殴ったことを悪いと思っているのかしら。
…そうなのかもしれない、わりとサードも私を殴った直後から気まずかったのかもしれない。
殴られたことに関してはまだ痛いし正直許す気なんてさらさらないけど、わずかながらに反省して寄り添ってきた人をあからさまに突き放すのもどうかな、と少し思う。
「…どうも」
面倒くさいやつ、思いつつも、お礼は言っておいた。まあだからって許す気にはならないけど。
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