レナ14.秘密

 飛び降り自殺、らしかった。

 三年生の秋村さんという女子生徒の死。そのニュースは、文化祭の盛り上がりを一瞬で奪い去り、私たち生徒の間に、動揺と混乱と一抹の不謹慎な興奮を伝播していった。文化祭の翌日から1週間は休校となり、その間、最低なやつらが学校に忍び込んでパトカーが校内に停まっている様子をSNSに上げていた。夕方の地元テレビ局の情報番組も延々この話題で、休校2日目からはとうとう、我が家では夕方4時から6時にかけてテレビを点けなくなってしまった。


 私は彩香と話がしたかった。文化祭以降、彩香とは会うどころか連絡も取れていない。白昼夢も見ていなかった。同じ高校の先輩が自ら命を断つという不幸な知らせも重なって、私は彩香の様子が気になってしょうがなかった。

 正直に言うと、私の方はかなり参っている。自分が気持ちよく歌っている間に、誰かが言葉通り死ぬほど思い詰めていた。私はそんなことすら知らずに呑気に歌っていたのだ。顔も名前も知らない上級生なんだから、私が私を責めたって無意味なのは理解していても、そんな自己嫌悪が体の内側を蝕んで胸焼けがしたのだ。


 だから、彩香も同じように気分が落ちているのなら。そう思って毎日DMを確認するけれど、彼女からの返信は未だに来ない。

 伝えたいことができたのに、彩香はまるで蜃気楼のように私の生活から忽然と姿を消してしまっていた。ひょっとして、彼女と仲が良かったことも含めて、私の都合の良い白昼夢だったんじゃないかと思えてきた頃。

 明日からまた学校が再開する、その夜更け。

 明日が登校日だと思うと、ようやく治ってきた胸焼けが再発して、私はいつもより早く部屋の明かりを消した。ベッドで横になり、子守唄代わりにメロウなジャズピアノを聴いていると、視界がぱっと切り替わった。


 1週間以上ぶりの白昼夢だ。彩香は今どうしているのかと、私は目の前の光景を注視した。

 辺りはこざっぱりとした室内で、彩香は部屋の3分の1ほども占める大きなベッドの真ん中に座り込んでいた。視界の下部にちらちらと映り込むのは、リボンが解けてボタンが半分まで外れたシャツと、そこから伸びる白くて華奢な脚だった。目をそらしたいけれど、これは私の視点じゃない。淡々と撮影しているかのようなその夢は、一向に覚めてくれない。


 彩香がベッドから降りて、床に投げ出されたスカートを拾った。彼女が身支度を整えていると、トイレの水の流れる音がして、スーツのスラックスを履いた上裸の男が廊下から出てきた。彼はとてもひょろっとしていて色白で、骨に皮が張り付いているだけの上半身に、毛糸を解いたみたいな胸毛のある男だった。つまり、前に見た奴とは別の男だ。


「————えっ」

 絡まっていた糸が解け繋がりそうで、けれど私の脳はそれを拒んでいて、狼狽しているうちに白昼夢は終わった。


 次の日の月曜日、学校が始まっても、私と彩香が言葉を交わすことはなかった。皆それぞれ、1週間の不安な余白を埋めるために言葉を交わし、敢えて明るく振る舞ってみたり、下世話に顔を寄せ合って、あの日消えた女子生徒の噂を交換したりしていた。私はそのどれも参加することはなかった。私の予想が当たっているのなら、私が気にするべきは、唯一の友人のことだ。話したいことだってあるし、聞きたいことだってある。

 彩香は、私には何一つ抱えているものを打ち明けてくれていなかったのかな。

 特別な夢だけが私たちを繋ぎ止めていたなんて、思いたくないよ。





笛木玲那の孤独 了

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