レナ11.うるさいばーか

 私の夏休みは、基本的に単調でだらしがない。宿題をして、ゲームをして、たまにアズマさんの店に遊びに行って。彩香とは、8月初めくらいに一回会ったけれど、それ以外はDMや通話のやり取りくらいしかしていない。それが私の夏休み、以上。


 そして来る9月初旬の日曜日。新学期なんかよりもずっとずっと、疎ましいイベント、ラジオの生放送。

「はい、では本日のゲストはなんと、高校生です! 皆さん、ただの高校生ではありませんよ。————ではご紹介いたします、県立白陽高校2年生、高校生ジャズシンガーの笛木玲那さんです! 拍手〜」

「……こんにちは」

 頭がくらくらするほど陽気、朗らか、ハリのある声が、私の名前を高らかに謳う。


「玲那さんは、小学生の頃からこの活動をされていて————」

 私の人生の表面をなぞるだけの、味気ない紹介文を読み上げられるごとに、私の宝物のような思い出と情熱は、虚栄という泥に汚されていく。


「小学生の頃、初めてのメディア露出はなんと本局! 実はとってもご縁が深いんですねー」

「そうですね」

「うーん、このクールなお返事! 僕は騒々しいとよく言われるので、憧れてしまいます」

 私のぶっきらぼうな返しもなんのその。その後も、CDを出すことになった当時の気持ちだとか、初めてライブをした時のことなどを聞かれたけれど、「分かりません」、「覚えてません」と、私はそっけなく対応した。しかし、笑顔を貼り付けたラジオパーソナリティの男は、番組を恙無く進行していく。


 私はそれに、どうしようもなく苛立ってきた。ラジオパーソナリティが話しているのは、私のことじゃない。誰に評価されて、どこで歌って、誰が注目していて、それがどれだけすごいのか。それは私自身ではなく、仰々しくて重たくてそれでいて空っぽな、私に纏わりつく虚像の話だ。

「玲那さんは、これから世界に羽ばたいていくアーティストとしてますます活躍していってほしいですね」

「難しいと思います」

 うるさいばーか勝手なこと言うな。と、罵る代わりに私は適当に応えた。ラジオパーソナリティは、それでも微笑ましげに話を続けた。私の苛立ちがコップいっぱいに溜まった水みたいに、ぎりぎりのところで抑制されているのを自覚する。


「そんなことないよ」

「そうですかね」

「玲那ちゃんは、将来はやっぱりジャズシンガーかな?」

「まだ決めていません」

「そっかそっか、高校生だもんね。では、ジャズシンガーとしての活動に、何か目標はありますか?」

「————歌」

「ん?」


 苛立ちの表面張力は、保つことができずに決壊した。

「歌えたらそれでいいです」


 私が席から立ち上がると、ラジオパーソナリティの表情からようやく笑顔が抜け落ちた。彼だけでなく、窓越しに生放送を見守るラジオ局の人たち、そして父母が唖然としているのが視界の端で確認できた。私は、ざまあみろ、と内心でほくそ笑んだ。

「歌の——私の話をしないなら帰ります」


 私はそのまま収録室を出ると、背後から追ってくる母と誰かに謝っている父の声を振り切ってラジオ局を出た。出入り口では、「一旦、玲那ちゃんの曲を聞いてお待ちください〜」と懸命に取り繕う生放送が流れ続けていた。

 ついにやっちゃった、言っちゃった。そんな後悔の言葉が湧いてくるのに、そいつらは私の頭の中で愉快にダンスをしていて、つまり、悪い気分ではなかった。鈍臭い足取りで駅まで走っている間、私の口角は上がりっぱなしだ。


 家に帰ったら、親と大喧嘩だ。

 アズマさん、心配して連絡くれるんだろうな。

 じいちゃんが生きていたら、私の気持ちを分かってくれるかな。

 彩香、このラジオ聞くって言ってたな、笑ってからかってくるだろうな。

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