第38話 何度生まれ変わっても
◇◇◇◇
数日後。
おれとシトエンは訓練場にいた。
護身術を教えるためだ。
動きやすいように、と彼女は他の騎士と同じように団服を身にまとっているが、腰に剣は佩いていない。どうもあれがあると、重さのせいか、彼女の姿勢が非常に悪くなる。
まあ、剣は使わないしな、とベルトを外して、代わりに布のサッシュベルトを腰に巻いてもらった。
……その、なんというか。
うちの団服、上着の丈が短いんだよ。
そしたらさ、ズボンのラインがそのままわかる、というか。
ようするに、お尻から太ももの形がそのまんま出てるわけ。
そりゃ、周囲はうちの団員ばっかりだから、じろじろ見るやつはいないけど。
夫としてはいやなわけで。
ラウルに言って、シトエン用の、上着の丈が長いやつを作ってもらってるんだが、まだ仕上がっていない。こう、燕尾服っぽくなっているやつ。
それまでは、腰回りをちゃんとかくして、と、サッシュベルトを巻いてもらっている。
「はい。じゃあ、手首を掴まれました。どうぞ」
おれは向かい合ったシトエンの右手首を、同じ右手でつかむ。
さっき教えた、腕抜き。
シトエンは、まず掌を下にして大きく開く。
で、おれ、というか、掴んだ相手に向かって、大きく一歩踏み込む。
同時に捕まれた腕の肘を緩く曲げる。だいたい、肘の高さは自分の腰の高さぐらい。
次に、踏み込んだ足を軸足にして、ぐるん、とおれに背中を向ける。
そしたら、まあ、掴まれた自分の手首を使った‶てこの原理〟で、あっさり相手の手が離れる。
離れるんだけど。
「えいっ」
なぜだか、腕を抜く時に、なんとも可愛らしい声で気合を発する。
えい、って。
いや、言わんでも、あっさり抜けるんだけどね。
だけどもう。
だけど、もう、これが死ぬほどかわいい。
おもわず顔を両手で覆っていたら、「なにか間違えましたか?」とシトエンが顔を覗き込んでくる。
いえ、あなたが可愛すぎて悶え死ぬところでした。
「ほらもう。おちゃらけるんだったら、どっか余所に行ってくださいよ。邪魔邪魔」
ラウルが背後から冷ややかな声を投げつけて来る。
不思議だ。なぜ、この愛らしさが万人に伝わらないだろう。あいつには人の心がないんだろうか。
「だいたいねぇ。護身術って。相手が男なら、股間を蹴りつけるのが一番ですよ」
ラウルがもっともなことを言った。いや、それ言っちゃったらおれの指導が意味をなくすわけだろ。
「そうそう。それか、大きな声で助けを呼ぶ。これに勝る護身術はありません」
剣の稽古に来た騎士が、ぬっと割り込んでくる。
「シトエン様の悲鳴なら、誰よりも先に『ティドロスの冬熊』がすっ飛んでいきますから、御身は無事でしょう。さ。だから、そろそろ団長を返してください」
「そうです、そうです」
別の騎士までやってきて、おれに木刀を投げつけて来た。ああ、そうだ。剣の相手を務めてやる、って言ったんだっけ。
「それでは意味がないんです。わたしは、わたしの身を自分で守りたいんですから」
シトエンは随分と不満顔だ。
まあ。結局まだ襲撃者の身元はわかっていない。
鋭意捜査中というやつ。
彼女を襲う理由さえよくわからないもんだから、そりゃあ、幾ばくかの術を覚えて、おれが助けに入るまで時間を稼いでくれるのは助かるんだけども。
「ちゃんとシトエンの護衛術は教えますよ。だけど、達人ほど、自分の力量というものを把握します」
おれは腰を屈め、シトエンと目を合わせる。
「もし、これはかなわないな、という相手が来たら、迷わずおれを呼んでください」
それでも、彼女はむすっとしているから、木刀を持っていない方の手で、ぽすぽすと頭を撫でた。
「その代わり、おれが怪我をしたら、大声でシトエンを呼ぶから。『たすけて、シトエン!』って」
おれがそう言うと、ラウルが笑って「衛生兵ー」とおどける。
「……わかりました。その代わり、絶対危ないことはしないでくださいね。わたしだって魔法使いじゃないんです。治せない致命傷なんて、絶対いや」
ようやくシトエンが折れる。どうやら、周囲の様子を窺い、おれをそろそろ解放しようと思ったのだろう。空気の読める子だなぁ。
感心していたら、ぐい、と顔を近づけて来た。
「もう、ひとりになるのはいや」
はっきりとそう言い切る。
ああ、とおれは内心苦笑いした。
アツヒトとかいう男に死に別れたことがまだ堪えているらしい。
「しない。シトエンをひとりにしない。絶対に」
おれはもう一度腰をかがめ、シトエンの頬にキスをする。
「君を庇って死ぬなんてヘマはしないから。だから」
シトエンを見つめて笑った。
「ずっと、おれの側にいてくれ」
彼女は紫色の瞳にきれいな光を宿したまま、嬉し気に頷いた。
「もちろん。絶対に絶対に、離れない」
今度はシトエンがおれの頬にキスをする。
ああ、なんておれは幸せなんだろう。
シトエンの顔を見て思う。
何度生まれ変わっても。
たとえ世界が変わっても。
姿が変わっても。
身分を失っても。
記憶をなくしても。
きっとおれは君を見つけるだろう。
そうして、また大事にするんだ。
絶対に、絶対に。
腕に囲って、キスをして。
怖いことからも辛いことからも君を絶対に守って見せる。
君を守る。
君だけが、好きなんだ。
ずっと、ずっと。
どこにいても。
どんなときも。
何度生まれ変わっても。
了
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