第33話 よくそんなこと言えるな
◇◇◇◇
おれは満面の作り笑いで、次から次へと来る客に挨拶をしていく。
もう、表情筋が崩壊しそうだ。
だけど、やめるわけにはいかない。これでも一応、王族。客の接待ぐらいしなくては。だいたい、自分の結婚式に来てくれてるわけだし。
シトエンは大丈夫かな、と、シャンパンを一口すするふりをして彼女を見る。
おれの斜め前にいる彼女は、貴賓と話をしているが、特に変わった素振りもなく、むしろ楽しそうだ。
疲れなければいいけど、とちょっと心配になる。
もうすぐお開きとはいえ、このあと、一緒に寝るわけだし……。
と、するー、っと考えて。
おれは顔が爆発するんじゃないかと思うぐらい熱くなる。
いやいやいやいや!!!
そりゃ、疲れることではありますけど!!
疲れるようなことをするのを期待しているんですけども!!!
そのために、今ゆっくりしてくれとか、おれ考えてませんからね!!
これは公務!!
公務を疎かにして、そのあとの初夜に力入れてどうすんだ、おれ!!
がばり、とシャンパンを飲み干し、ついでに、首をぶんぶんと横に振る。散れ、妄想!
ああ、だめだだめだ、と、グラスを持っていない方の肩をぐるり、とまわす。
途端に、肩甲骨の外側を何かが
なんか妙な考えを起こしたせいか、今まで気にもしていなかったけど、暑くてかなわない。
脱いでこようかな、とおもった。
もう披露宴も終了間近だ。あと、一時間というところだろう。今のところ、怪しい影はみえないし、そもそも、王都に戻ってから、シトエンは狙われていない。
「やあ、失礼。少しよろしいかな」
そんな時、ふと声をかけられた。
次はどこの誰だ、と目を向けた途端、ヒキガエルみたいな、「げ」という声がもれた。
そこにいたのは、アリオス王太子と、あのバカ女だ。
おれはしかめた顔を隠すために、近くの執事に空のグラスを返し、急いで作り笑いを浮かべた。
「ええ、どうぞ。アリオス王太子とメイル嬢。今日はお疲れでしょう」
どうせ、ティドロス語はわからんだろうし、とカラバン共通語に変えた。
途端にメイルが「はわわああ」とよくわからん声を発する。
「もう、カラバン共通語ってだけで、くまさんがかっこよくみえる! ようやくおしゃべりできますわ!」
さっきの奇声は、いうなれば感嘆の声だったらしい。おれは苦笑いする。
「それはよかった。人語を介する熊ですがね」
もうやけくそだと応じると、いきなりあの女、おれの手を握ってきやがった。
「でも、かわいいくまさんですわ」
そう言って笑うんだが。
それ、媚びうる顔だろ。きしょいんだよ。
反射的に振り払い、つい顔が険しくなった。
「ですが、熊は熊ですよ。気安くふれて、どうなっても知りませんからな」
「まあ、怖い。森に迷った娘のように、食べられちゃうのかしら」
上目遣いに笑みを見せるから、背筋が、ぞわわわわわ、となる。
え!? いまの、どうとったわけ!! おれがお前を、そっちの意味で喰う、って思ったわけ!? 食中毒起こすわ!! おれ、美食家だし!! 自分の顔に自信はないけど、女の好みはうるさいんだわ!
「申し訳ない。現在、王太子妃教育中なんだが」
愕然とするおれと、ねっとりとした笑みをむけるメイルの間に、アリオス王太子の声が、さらりと流れて来る。
助けてくれ、色男!!!
おれは泣きそうになってやつを見る。どうにかして!
「どうにも、人懐っこくてね。困ったもんだ」
アリオス王太子は言うなり、メイルの腰に腕を回して自分の方に引き寄せてくれる。
首輪つけて、縄付けてろ、とおれは厳重注意したくなるのをぐっとこらえる。
「シトエン、シトエン!」
代わりに必死になっておれの嫁を手招く。
シトエンはきょとんとした顔でこちらを見たものの、貴賓との会話はもう終盤だったらしい。互いに会釈を交わして別れ、こっちに来てくれた。
「シトエン。メイル嬢は王太子妃教育の最中らしい」
いいながら、おれはシトエンの腰に腕を回した。
「まあ、そうですか。それは大変ですね」
シトエンは、すぐにカラバン共通語に変えてメイルをいたわる。ついでに、おれの背中に腕を回してさらに身体を密着させた。なんかちょっと嬉しいと同時に、ほっとする。
「少し話が出来たらうれしいんだが……。庭に出ないか?」
アリオス王太子は、ちらりと観音扉を見やった。
ガラス張りのやつだ。庭に出られるようにはなっているが、面倒だな、というのが正直な気分だ。宴もたけなわ。お開きの準備もある。いつ侍従や文官に声をかけられてもいいように、会場内にいたいのが本音だ。
「まだメイルは外国語が不得手なんだ。各国の王族にそういったことを知られるのは……」
おれが返事をしないからだろう。アリオス王太子は、非常に言いにくそうにそう伝えた。
なんとなくシトエンと顔を見合わす。
……まあ、そうだな。
会場内でこうやってしゃべっていたら、「どういう教育なさっているのかしら」とは言われかねないだろう。
「わたしは構いません」
シトエンがほほ笑んで頷く。「ありがとう」と、おれが言うより先にアリオス王太子が言うもんだから、腹が立つ。いまの、おれにシトエンは言ったんだからな。
むっとしながらも、おれはシトエンに左ひじを差し出した。
「では、庭を案内しましょう」
そう声掛けをして背を向ける。観音扉にむかって歩いていると、シトエンが顔を寄せてきた。
「いったい、なんの話でしょう」
シトエンの訝し気な顔に、おれも苦笑する。
「今までのこと、ごめんね、ではないとは思いますよ」
「それは長年の付き合いで、サリュ王子よりよく存じています」
おれたちは互いに顔を見合わせ、くつくつと笑う。
「庭に出る」
おれが観音扉付近にいる侍従に声をかけると、静かに扉を開いてくれた。
ふわり、と夜気を帯びた風が顔に吹き付けてきた。気持ちいい。
日中は汗ばむこともあるが、王宮の周囲を取り囲む堀のせいなのか、夏でも夜は比較的涼しく感じる。
おれは、ふたりが後ろからついてきているのを確認し、さて、どのあたりまで歩こうかな、と考えた。
「
シトエンに話しかけるが、彼女はまだここに来て日が浅い。
王宮の敷地内におれの屋敷はあって、彼女はそこで生活しているが、宮廷のこの建物はまだわからないのだろう。
「お任せします」
と、頷いた。
「少し歩きますが、バラが咲いている東屋があります。いかがですか?」
振り返り、アリオス王太子に声をかけると、彼は鷹揚に頷く。
「参ろう」
そう言って、腕を組んでいるメイルを促し、おれたちに並んだ。
「随分と仲がいいんだな」
不意にアリオス王太子がそんなことを言うから、ぎょっとした。
いきなり親し気じゃねえか、と思ったら。
なんのことはない。
彼は、シトエンに話しかけていた。
「ええ。サリュ王子にはよくしていただいています」
シトエンが微笑みを崩さずに応じる。
「それは皮肉か」
アリオス王太子は片頬をゆがめた。
「ルミナスにいるときとは、なにもかも違うそうじゃないか。なぜ、わたしには隠していた」
「ティドロスでは状況が違いますもの」
よどみなく話すシトエンに、おれよりもアリオス王太子が驚いている。
「わたしがなにをしたというんだ」
アリオス王太子がシトエンを睨みつけるから、おいおい、と割って入ろうとしたのだけど。
「王太子殿下はなにもなさいませんでしたわ。ただ、信じたいものを信じただけでございましょう」
シトエンがすげなく返している。
「未練でもあるんですか、シトエンに」
なんとなくおれは呆れた。
あれだけ公の席でけちょんけちょんにしておいて、よくそんなこと言えるな、と。
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