第30話 不穏な話

 そういうわけで夏休みが一週間後に迫ったある日の昼休み。


 遊馬は珍しく三人で屋上に昼食を食べに来ていた。


 普段はお互いに少し気まずいので、三人で集まる事は避けている。


 恋人の前でしか見せない顔があるし、三人で一緒にいるとちょっとした事で嫉妬してしまう。


 それが分かっているから、お互いに遠慮しているのだ。


 だが、今日は別だ。


 友でありライバルである青葉と協力して雫に禁欲を強いなければいけない。


「それで、二人はなにを企んでるのかなぁ?」


 ニコニコしながらいきなりそんな事を言われて、二人はビクリと震えた。


 雫に性的に支配されているせいで、すっかり立場が弱くなっているのだ。


 青葉に言われるまであまり気にしていなかったが、確かにこれはマズいかもしれない。


 彼氏の威厳なんかもはやどこにも存在しない。


 というか、なんで話がバレてるんだ?


 もしや伏見の奴、裏切ったんじゃないだろうな?


 青葉にはバイトの件で前科がある。


 雫に秘密にして怒られたら嫌だという事だったらしいが。


 結果的にそれでよかったと遊馬も思うが、裏切りには違いない。


 責めるような視線を向けると、青葉は「あたしはなにも言ってないから!?」と首を振って否定した。


「じゃあなんで雫に勘づかれてるんだ!」

「知らないってば!? 滝沢の態度が怪しかったんじゃないの!?」

「二人とも喧嘩しないの」


 言い合っていると、間に挟まれた雫が困り笑いを浮かべながら両手で×を作る。


「二人とも私に内緒でいっつもコソコソなにかしてるし。三人でお昼食べるのだって珍しいでしょ? だからなんとなく怪しいなって思っただけだよ。当たりだったみたいだけど。それで、どうしたの?」


 どうやらカマをかけられたらしい。


 責任を押し付けるようにジト目を向け合う。


 青葉は溜息をつき、声を潜めて言った。


「別に企んでるってわけじゃないけど。滝沢が新しいプレイを試したいって言うからその相談」

「おい伏見!?」


 なにを平然と人のせいにしてるんだ!?


 そんな気持ちで睨むと、青葉は『あたしが作戦考えたんだからそれくらいいいでしょ!』と開き直った顔で睨み返してくる。


 恋人でもない相手と以心伝心してしまうのが物悲しい。


「そうなの? 遊馬君?」


 雫は雫で、なんとなくお見通しだけど面白そうだから黙っていようみたいな顔で聞いてくる。


 元はと言えば遊馬がどうにかしなければいけない問題だ。


 間女の青葉任せではいけないだろう。


 そんな風に思い直して覚悟を決める。


「じ、実はそうなんだ。その、風の噂に禁欲プレイってのがあると聞いてさ。三人でやってみたら面白いんじゃないかと……」

「ふ~ん。エッチな風だね」


 こちらを向いた雫がニコニコしながら言う。


 肩越しに青葉が『もっと自然な言い方出来ないの!?』と呆れ果てた顔をしている。


 そんな事を言われても、元々は青葉が説明する係だったのだ。


 文句があるなら代わってくれと言いたい。


「ほら、あたし達、三人で付き合うようになってからチョメチョメしてばっかじゃん? 夏休みになったらそういう時間も増えるだろうし。あんまりヤリ過ぎるとマンネリになっちゃうかもしれないし。思い切って一週間くらい禁欲したら熱い夏休みを過ごせるんじゃないかと……」


 一応悪いと思っているのか、青葉が援護射撃を繰り出した。


 歯切れが悪いのはビビっているからだろう。


 遊馬も内心ヒヤヒヤだ。


 だって雫は毎日のように雫と遊馬、どちらかと寝ているのだ。


 場所の都合が付かない時は二人の事を思ってはちゃめちゃに自分を慰めているとベッドの上で聞かされた。


 年中無休の淫乱モンスターなのだ。


 そんな雫に一週間も禁欲しろなんて言ったらどんな反応をするかわからない。


 ショックで泣き出すかもしれないし、ブチ切れて暴れ出すかもしれない。


 遊馬達が雫の性欲に嫌気がさしたと思って落ち込む事だって考えられる。


 勿論そうなったらちゃんと事情を説明するつもりだが、それにしたって雫の性欲が強すぎるから禁欲プレイで我慢を覚えて欲しいなんて言いにくい。


 だから建前上プレイという事にしたのである。


 青葉と話していた時は名案だと思ったのだが、実際に口に出してみると不安になる。


 どう考えても雫が素直に従ってくれるとは思えない。


「いいね。面白そう」


 予想外の反応に二人は顔を見合わせた。


「い、いいのか?」

「二人とも、私が泣いたり怒るかもって思ってたでしょ?」


 見透かされて言葉を失う。


 お互いに彼女には隠し事は出来ないという事だろう。


「……だって雫は嫌がるかと思って」

「……一週間も禁欲したら死んじゃうよ!? とか言う思ったし……」


 二人して悪戯がバレた子供みたいにシュンとする。


「もう、二人とも大袈裟! 忘れてるみたいだけど、これでも私、青葉ちゃんと出会うまではずぅぅぅぅぅぅっと我慢してたんだよ?」

「でも一人ではしてただろ」

「毎日滝沢をオカズにしてチョメりまくってたって言ってたじゃん」


 パンッ! パンッ!


 ごくごく自然に、雫は二人の頬を打った。


「デリカシー」

「「……ごめんなさい」」


 一応声は抑えたのだが。


「まぁ、確か二人の言う通り、私はちょっとだけ一人よりも性欲が旺盛だけど」

「ちょっと?」

「ハチャメチャの間違いでしょ」


 パンッ! パンッ!


「二人ともわざとやってるでしょ」

「否定できな自分が怖い」

「滝沢!? 戻ってきて! 認めたら負けだって!?」


 遊馬だってマズいと思うが、普段天使のように優しい雫にいきなり頬を打たれるのは中々脳にキクものがある。


「とにかく、私も最近しすぎかなと思ってたし。あんまりヤリすぎると二人だって疲れちゃうと思うし。なにより、三人で一緒に出来るプレイっていうのがいいかなって」

「そう言われると妙な感じだな……」

「べ、別に3Pするわけじゃないからね!」


 二人がどう思っているかは知らないが、遊馬的には絶対になしだ。


 二股をしているのは雫だけで、遊馬は別に青葉と付き合っているわけじゃない。


 恋愛感情もない。


 そんな事を気にする以前に、青葉だって遊馬とは寝たくないだろう。


「私的には、チョメチョメしてないだけでこれも立派な3Pだと思うけど?」

「そういう考え方もあるのか……」

「ないってば!? 滝沢は影響されやすすぎ!? 雫も変な事言わないでよ!」

「私は大好きな二人にもっと仲良くなって欲しいだけだもん」


 悪戯っぽく雫が肩をすくめる。


 ホテルに行った時は青葉に嫉妬すると言っていた癖に。


 三年付き合った彼女だ。


 大抵の事はなんとなくわかる。


 でも、わからない時は全くわらかない。


 別の人間なのだから当たり前かもしれないが。


「それで、ルールはどうするの?」


 とにかく、雫は前向きらしい。


 段取りの通りに青葉が説明した。


 今日から終業式の深夜0時までチョメチョメ禁止。


「一人でするのは?」

「ダメに決まってるでしょ」


 当然のように青葉が言うが。


「そうれはそうだけど。男の子と違って女の子はわかりにくいでしょ? 青葉ちゃんの場合はお尻叩くだけでもイケちゃうし」

「マジかよ」

「雫!? シィッ!?」


 真っ赤になって青葉が人差し指を立てる。


 SMプレイをしているというのは聞いていたが、そこまでとは知らなかった。


 雫に尻を叩かれてイクなんて羨ま――恥ずかしい変態だ。


 そんな視線を青葉に向けると。


「潮吹き男に言われたくないし!?」

「なっ!? 声がデカいぞ!?」

「お潮なら青葉ちゃんも負けてないと思うけど」

「やめてってば!? 滝沢の前で意地悪しないで!?」


 涙目になって青葉が懇願する。


 ……こいつ、興奮してやがる!


 遊馬にはわかった。


 言葉とは裏腹に、蕩けた表情にはもっと意地悪してと書いてある。


「とにかく、やましい気持ちがあれば自分で分かるでしょ! 自分が気持ち良くなる事は全部禁止!」

「はーい」


 お道化た返事をすると、思い出したように雫が言う。


「そうだ。折角禁欲プレイするんだし、罰ゲームを決めない? 禁欲出来なかった人は禁欲出来た人の言う事を一つだけなんでも聞くとか」

「……俺はいいけど」

「……それ、雫が困るだけじゃない?」


 遊馬としては一週間の禁欲なんてそう難しい事ではない。


 言い出したからには青菜も同じだろう。


「そう? じゃあ、自分に対する戒めという事で。でも、二人が破ったらちゃんと私の言う事を聞いて貰いますからね?」

「……それは、まぁ」

「……当然だけど」


 歯切れが悪くなったのは、なんとなく嫌な予感がしたからだ。


 雫の口ぶりは、なんだか罠にかけられているみたいに感じる。


「それじゃ、指切りしよ? もし我慢できなくてチョメチョメしちゃったら正直に報告する事。そうじゃないと成立しないし。私は遊馬君への愛と青葉ちゃんとの友情に誓うよ」


 雫が両方の手で小指を立てる。


「……雫への愛に誓って」

「……あたしだって雫の事好きだもん!」


 お互いに雫の小指に小指を絡める。


「それじゃあ、今からって事でいいかな?」


 頷くと、雫が「スタート」を宣言した。


 ……なんで雫が仕切ってるんだ?


 疑問に思ったのは、昼休みが終わってからの事だった。

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