第15話 エーベルハイン侯爵家

 シュティーナが学園を訪れていたことはニュースにもなっていた。

 学園で張り込んでいる取材班がいたのもあり、すぐにこのことは記事になる。

 また学生が撮っていた画像や動画などもSNS上に上がっており、これが輪をかけてシオンとソフィアのことは騒がれていた。


 世間的には騒がれている二人であったが、現在ソフィアの実家であるエーベルハイン侯爵家にアイズの運転で向かっている。

 すでに形骸化していると言ってもおかしくはない貴族という身分だが、恋愛関係に発展することもあるパートナーについて貴族社会では軽く扱えないことだからだ。

 子供の魔力発現という観点から政略結婚が行われるゆえである。



「アイズ、待たせちゃうと思うからよかったのに」


「今は世間の注目が高いから車の方がいいだろうし、今後のことを考えても気になるところではあるしね」



 アイズと話したソフィアだったが、ソワソワした様子でシオンに目を向けてきた。



「……あのね、お母様はそういう感じしないんだけど、お父様と兄がちょっと選民意識があるからシオンに失礼なことを言っちゃうかもしれない」


(朝からなにか落ち着きがなかったのは、これが言いにくかったからかな)



 形骸化しているとはいえ、未だに貴族という身分は横の繋がりなどは大きい。

 ソフィアの父であるヴィトールは王宮で要職に就いている人物である。

 これは珍しいことではなく、大抵の貴族は既得権益で財閥になっているか政府の要職に就いていることが多いのだ。



「わかりました。先入観は持たないようにしますが、なにか言われても気にしないようにしますね」


「うん、ありがとう」


(こういう場面で謝罪じゃなく、ありがとうって言えるの素敵なところだよな)





 シオンたちがついたエーベルハイン侯爵家は、高い塀に囲まれた一軒家であった。

 白い壁に黒の鉄格子の門で、アイズがインターホンを押すと執事と思われる初老の男性が出迎えに出てくる。

 アイズは指定された駐車スペースへと車を進め、シオンたちとは別室で待つことになった。


 車を降りてシオンが見た家は、まさに貴族を思わせる家だった。

 貴族制度は昔から続いている制度であり、その結果だが敷地の広い家が多い。

 家自体はわりと古いヴィンテージの建物が多く、風格のような物を感じさせる。

 二人は応接室へと案内され、そう待たずにソフィアの家族が現れた。



「ソフィア、待っていたぞ」


「お父様、お母様、ただいま戻りました。こちらがパートナーになったシオン・ティアーズです」


「お時間をいただきありがとうございます。シオン・ティアーズと申します」



 ソフィアに紹介され、シオンはその流れで先に名前を告げた。



「もうわかっていると思うが、ソフィアの父、ヴィトール・エーベルハインだ。

 こっちは妻のデリナで、息子のパトリックはキミと同じソルジャーだ」


「妻のデリナです」


「パトリック・エーベルハイン。Bランクソルジャーだ」



ソフィアの両親は珍しいことではないが年の差婚だと思われた。見た目からの印象であるため確かではないが、一〇歳くらいヴィトールが上で五〇歳あたり。

 ソフィアは大きな猫目が印象的だが、どうやら目はデリナ似のようだ。

 ヴィトールに促され、シオンたちもテーブルにつく。

 すぐに紅茶が用意され、ヴィトールがいろいろと訊ねてきた。



「噂は聞いているよ。私も記者会見を観たからね。シオン君は本当に魔法属性がないのかな?」


「はい、僕に魔法属性はありません」


「その話は本当だったんだな……。キミもわかっていると思うが、魔力の有無は当然だが魔法の素養も大事な部分だ。

 特にソフィアは歌姫として高い能力を持っていて、世間も期待している。

 それに見合うだけのものがキミにはあるかな?」


「私と推奨値をクリアできるソルジャーがいないのはお父様もご存知のはずです。

 それだけでも私にとっては十分なものです」


(前情報で予想はしていたけど、やっぱりこういう流れになっちゃうよね。

 ソフィアさんはこういうところはあまり好きじゃないから、芸能活動を始めて家を出たって言ってたけど……。

 当たり障りない感じでやり過ごすのが一番いいのかな)


「記者会見では公表されていなかったが、キミのソルジャーランクを教えてもらえるかな?」


「お父様!」



 ソルジャーランクはソフィアすら知らないことというのもあって、不安そうな目をソフィアはシオンに向けてきている。

 シオンもソルジャーランクが気になるのは理解できることであったが、言えることはなにもなかった。



「申し訳ありませんが、お答えできません」


「なら同じソルジャーである私から訊ねよう。私はソルジャーランクを明かしているし、同じソルジャーなら答えられるだろう?」



 パトリックが少し威圧した態度でシオンに言った。ソルジャーランクは軍で言えば階級のようなもの。

 Bランクであるパトリックであれば、訊き出すことができると考えたのだろう。

 このソルジャーランクの質問が出た時点で、シオンの気持ちは沈んでいた。

 シオンはこのあとなにを言っても、微妙な空気を変えられるとは思えなかった。



「申し訳ありませんが、お答えできません」



 この返答にはソフィアも少し驚いているみたいであった。



「Bランクの私が訊いているのだが、それでも答えられないのか?」


「はい」


「わかった。なら私が軍に照会するとしよう」


「お兄様! なにもそこまでしなくても――」


「これはソルジャー同士のことだから、ソフィアは静かにしろ。会見ではお前にすら教えられていないと言っていたが、お前だって気になるはずだ」



 パトリックが携帯を出し、自然とその場にいる者の視線が集まる。

 ソフィアは不安そうにし、ヴィトールとパトリックは自信を持っている様子。

 デリナとシオンだけは顔色一つ変わらずにいた。 



「この電話が鳴ったら、キミのランクがわかる」



 すぐにパトリックの携帯が鳴り、同時にシオンの携帯まで鳴っていた。



「――――。私はBランクのソルジャーだぞ? 一般人ではないのになぜ照会できない?」


『ソフィアさんの御兄妹のパトリックというBランクソルジャーが、シオン様のソルジャーランクを照会させてほしいと求めてきました。

 私の方で遮断させていただきましたが、なにか問題がありましたか?』


「いえ、大丈夫です」



 シオンに連絡をしてきたのはディーナだった。



「今キミに連絡してきたのは軍か?」


「そうですが別件で連絡がきました」


「…………同じソルジャーがソルジャーランクを照会するだけでブロックされるなんて聞いたことがない。キミがなにかしたのか?」


「僕はパトリックさんが連絡するまで、みなさんとお話させていただいていただけです。

 こちらにはご挨拶に伺っただけで、僕はなにもしていません」


「パトリック、もういい。私の方でも動いてみたが、どういうわけか無理だった。わからんものはしかたない」


「ならもういいでしょう。忙しいので私は失礼させていただくよ」



 そう言い残してパトリックは席を立った。それが合図だったかのように、今回の挨拶は終わりを告げた。

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