第9話 ソフィアの価値

「私のことなんだからやめて! ロサナさんが気に入らないのは私でしょ? シオンは関係ないじゃない!」


「でもパートナーになろうとして断られたんでしょ? この際彼の考えも聞いたら諦めがつくんじゃない?」



 ソフィアの顔を見て、シオンの胸はざわついていた。

 不安そうな瞳をシオンから逸らして、見られたくなかったというような雰囲気。

 今にも涙が零れそうなのを必死に堪えているようだった。



「魔力を持っているのに歌姫としてバトルフィールドには立てず、できているのは芸能活動の範囲で音楽チャートの常連というだけ。

 これでは歌姫の価値などないと思われても仕方のないことだと思いませんか?

 どうしてそんなソフィアさんが人気あるのか、私には理解できません」


「…………」


「やっとの思いで見つけた軍の推奨値をクリアしているアナタには、パートナーを断られる始末。

 これではソフィアさんになにか問題があるのではと勘ぐってしまいます。

 そうでなければ能力が評判の歌姫が断られる理由なんてないですから」


「ロサナ、ちょっと言い過ぎだ」


「あぁ、そうですね。ちょっと可哀想ですね」



 ロサナと一緒にいるソルジャーがたしなめた。

 このソルジャーは学生ではあるが、Dランクに上がるのは確実と言われているティフ・ライアだ。

 ソルジャーランクはEだが、Dランクフィールドに何度も出撃していることから確実視されている。

 学内にEランクのソルジャーは何人かいるが、逆に言えば何人かしかいない。

 そういう意味でティフは、エリートが集まっているソルジャークラスに籍があるのも頷けることであった。

 

 そしてロサナと女性二人は、エクシアというユニットのアイドルだ。

 シオンはあまりその辺詳しくはないが、彼女たちとは違いソフィアのことは知っていた。

 それくらいには知名度に差があるということでもある。



「ソフィアにその気があるのなら、私の第二歌姫として引き取ってあげるよ?

 ライア家はソルジャーと歌姫の排出も多いから、子供も期待できるだろう」


「ちょっとティフ! どういう意味!」


「ロサナ、そんな顔するな。ライア伯爵家のソルジャーの第二歌姫ともなれば、他の貴族はそうそう手を出そうとは思わない。

 それでは可哀想だろ? 種くらいはあげないと」


「あぁ、そういうこと。驚かせないで」



 胸糞悪い貴族の話である。だが実際にこういうことがないわけではない。

 魔力を持つ者同士だと、その子供が魔力を発現する確率は実際高いことが報告されている。

 それに加えソルジャーという地位はかなり高い。

 Bランクのソルジャーと公爵という地位は同等と扱われている。

 むしろバトルフィールドに立つソルジャーの方が、同格とは言っても上に見られるくらいだ。

 このことから貴族の間では未だに政略結婚が行われている。

 その結果貴族に関しては、魔力を持つ子供の出生率が高い傾向にあった。

 とはいえ貴族の爵位は、今やほとんど形骸化していると言ってもいい。

 爵位が通用するのは貴族間くらいのものである。



「確かにアナタが言っているようなことを僕も聞いたことはあります」



 いったい何を言うのかと、その場にいる者がシオンに注目する。

 今シオンが口にしたこともあるのか、ソフィアの瞳は揺れていた。



「ですがソフィアさんの能力が高いのは事実です。

 僕はステータスを見せていただきましたが、ステータス的には現段階で国内トップ五に食い込むレベルです」



 ロサナたちは一瞬目を大きくし、動揺していたようだった。

 ソフィアの能力が高いということは噂で知っていても、そこまでとは思っていなかったのだろう。



「そんな歌姫に価値がないはずがありませんし、そんなこと関係なく敬意を持つべきです」


「……よく言われることではありますけど、それはバトルフィールドに立っているソルジャーと歌姫の話よ」


「ソフィアさんは立ちますよ。僕の歌姫ですから」


「「「「「――――」」」」」



 シオンの言葉に、ソフィアを含めた五人全員が呆然としていた。一瞬時間が止まったかのように。



「え? アナタ断ったんじゃなかったの? 噂でそう聞いていますのよ?」


「噂なんて知りません。適当なことを言っている人たちがいるんじゃないですか?

 そういうことですので、さっきまでのソフィアさんに対する暴言を謝罪してください。

 あなたがたの勘違いだったのでしょうから、それで終わりにしましょう」



 シオンの提案で三人の女性陣は明らかに困惑していた。だが謝罪などするつもりもないようで、どう振り上げた拳を収めればいいのかわからないというかんじであった。



「そうだな。確かにそれは申し訳ないことを言ってしまった。能力なども関係なく、敬意を持つべきだと私も思う。

 彼女たちのことも含めて、私が謝罪させてもらうよ。申し訳なかった」



 ティフが代表して深く腰を折り、ソフィアに謝罪の言葉を口にする。

 その姿を見て、ロサナたちも口を閉じた。



「では私たちの話をしよう。敬意は等しく持つべきだというのは私も同意だ。

 なら、キミもソルジャーとして・・・・・・・・敬意を示してもいいんじゃないかな?」



 ティフがシオンを真っ直ぐに見る。ロサナたちは合点がいったような顔をし、今度はソフィアが口を挟んだ。



「私のこと言ってたんでしょ! なんでそんな話になるの!」


「今さっき彼が口にしていたことだよ? 私はこの学園でEランク以上のソルジャーはすべて把握している。

 さっきの口振りからバトルフィールドに出撃したことはあると推測するが、キミはEランクにもなっていないよね?

 ならお互いソルジャーとして・・・・・・・・の敬意を持つべきだと思うんだが、キミはどう思う?」



 シオンは顔色一つ変えずティフの前に片膝をつき、左胸に右手を添えて上位のソルジャーに対する敬意を示した。

 シオンの姿を見て、ロサナたちは気が晴れたような顔で去る。

 同時にソフィアがシオンの下へ駆け寄ってきた。



「私のせいで、シオンにこんなことさせてごめんね」



 シオンは立ち上がって、ソフィアを促すようにベンチに座った。



「彼が言っていたように、あれはソフィアさんとは関係ないですよ。ソルジャーの儀礼のようなものですから」


「そうかもしれないけど……」



 高ランクのソルジャーは、脅威度の高いアスラと戦闘を行う。

 出撃回数の頻度というのは高ランクほど少ないが、脅威度はまったく違う。

 そういう部分に敬意を表す意味で、例えば式典などで行われたりするのがさっきシオンが膝をついた姿勢であった。



(求められての敬意に意味があるとも思えないけど。だからソフィアさんも納得できないんだろうし)



「彼が学生のうちからバトルフィールドに何度も出撃していることは知っていたので、それに対して敬意は持っています。

 きっと彼が求めてきたのは、そういうことではないと思いますが。それに……」


「それに?」


「僕が敬意を示すことで場を収めることもできましたし。もうソフィアさんになにかを言ってくることもないと思いますよ。

 少なくともさっきのような理由で嫌味は言えないと思います。それを考えれば、あれくらいのことはなんでもないです」


「…………」


「幻滅させましたか?」


「ううん……してないよ。するわけない」

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