第8話 (3) 意見を求めてみた
自室に戻って一人になったところで、今の私は何歳なのかと疑問が生まれたけど、ニアに尋ねたら変に思われるかな。
今のうちに自分で解決した方がいいようだ。
扇子を机に置くと、その横に置かれている学生鞄が視界に入った。
そうだ。
教科書と、ノートの日付を見たらわかるかも。
茶色の鞄の中身を机に広げると、教科書は第一学年のもので、ノートの日付は学園に入学して三ヶ月が経っているようだった。
つまり、もうすぐ13歳の誕生日を迎えるという事だ。
今は12歳だから、あの日からおおよそ八年前って事になる。
12歳の時点なのがすでに遅いと思うか、まだ間に合うと考えていいのか微妙なところだ。
今頃ニアは、自分の部屋で貰ったオルゴールを鳴らして楽しんでいるのかな。
もしかしたらそれは、初めてのことなのかもしれない。
自分の手元にある物を純粋に喜べるのは。
先程の応接間でのやり取りだけでも、ニアは随分と嫌な目に遭っていた。
私がいくら変わろうと思っても、あの両親はどうしようもない気がして、それで私がニアに酷いことをしてしまわないか不安だ。
同じことを繰り返してしまわないかと。
無意識のうちに扉の方を見た。
正確には、扉の向こう側にいつもいた人物の姿を思い浮かべていた。
なんとなく足音を立てないように扉に近付いて、少しだけ開くと、置物のように壁際に立っている護衛騎士の姿を確認した。
さっきまではいなかったけど、この後、おじ様と食事に出かける予定があるから、部屋の前に来て待機してくれていたのだ。
記憶の中の彼よりも随分と若いのに、なんとも言えない貫禄と迫力がすでにある。
この頃のアレックスは確か、侯爵家に来たばかりじゃないかな。
19歳くらいのはず。
アレックスの黒髪黒目の見た目からして実直な姿は、何年経っても変わらない。
おまけに堅物で、今も私と目が合ってもやっぱりニコリともしない。
あの後……アレックスはどうしたのかな…………
ニアとオスカーが亡くなって、私達に何が起きたのか思い出せない。
何かがあったはずなのに。
「アレックス……ケラー卿ちょっと聞いてもいい?」
扉の隙間から手招きをすると、アレックスはこっちに来てくれた。
ほんの少しの隙間から向かい合う。
今のアレックスに、少し聞きたいことがあった。
「……俺は騎士の身分なので、お嬢様にお答えできるようなことは何もありません」
取り付く島もないといった様子だ。
「ちょっと、話を聞いてくれるだけでいいのだけど」
「…………」
12歳の子供相手に愛想のカケラも無く、アレックスの表情は微塵も動かない。
ああ、私って、この頃からアレックスに嫌われていたんだ。
それがよく分かる態度だった。
アレックスの態度が横柄だとか乱暴ってわけじゃなくてむしろ丁寧なのだけど、私に少しも感情を動かそうとしていない。
それもそのはず。
周りにちょっと意識を向けただけで、これだけ色んなことが見えている
客観的に見たらニアに酷いことばかりしていたはずだから、それを間近で見ていたアレックスは憤っていたと思う。
それが、八年。
侯爵家、そして私に仕えなければならないアレックスは、どんな思いだったのか。
口を挟むこともできずに、もどかしい思いをしていたはずだ。
アレックスが雇われたばかりのこの頃からもうすでに嫌われているとは、この数ヶ月でどれだけ私はやらかしているのか。
よく八年もの間、辞めずに私の護衛でいてくれたなって思うよ。
「ケラー卿。私、自分が間違っていたと思っているの。でも、どうすればいいのか、ニアに優しくしてあげられるか自信がないの」
アレックスは無言で私を見下ろしている。
切長の目からは、今現在も何の感情も感じられない。
話は聞いてくれているようなので、言葉を続けた。
「それで、ケラー卿から見て、私がニアに間違ったことをした時、こっそりと教えてもらいたいのだけど」
様子を窺うように上目遣いで見ると、やはり何の感情も見せない顔で、言葉が返ってきた。
「俺の顔色を窺ってどうするつもりですか。俺は、ニアお嬢様ではありません」
「でも、他の使用人は両親に仕えているから、ニアのことを考えてはくれない……」
「俺も侯爵家に雇われている身です。貴女がニアお嬢様の様子をしっかり見ていればいいのではないですか?」
「確かにそうなんだけど……私は今まで自分のことばかりだったから……」
「貴女の中でどんな心境の変化があったのかは知りませんが、貴女が本当にニアお嬢様を思って優しくしてあげたいと望んでいるのなら、それは自然と貴女の行動に繋がるのではないですか?」
「そ、そうかな?それでいいのかな?」
これは、今の段階でのアレックスからの最大限のアドバイスになるのかな?
彼の言葉を頭の中で反芻していると、
「まぁ、お嬢様?何かご用ですか?」
数名のメイドが近付いてきたから、それ以上アレックスに話しかけるのはやめた。
「あ、うん。ケラー卿にダイエットについて尋ねていたの。いい運動はないかなって」
アレックスは自然な動作で離れていき、先程立っていた壁際に戻っている。
もう、私の方を見ようとはしていなかった。
義務だけの、必要最低限の意識を向けているだけで。
「お嬢様が運動なんかする必要はありませんよ。専門の侍女にボディメイクはお任せ下さい」
「うん。そうだね……」
メイドに適当な言葉を返すと、不審に思われないように、彼女達と部屋に戻ってお出かけ用の身支度に取り掛かっていた。
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